1−3 迫る連休

 それからも僕たちのデートおでかけは続く。


 鈴華ちゃんが洋服を見たいと言ってきたのでショッピングモールの服屋さんを巡ることにした。


 中学生になって新しい服が欲しいらしいんだけど、姉さんが最近忙しくてゆっくりと買い物ができなかったんだとか。


「GWのお出掛けの時に着る服が欲しかったの。今年は長野に行くんだって」


「姉さんがしっかりと休みを取れて良かったよ。楽しみにしてる」


 僕たち三人はGWの連休にどこかへ毎年出掛ける。今まで家族として過ごせてこなかった時間を取り戻すかのように。


 場所は大体姉さんが行きたい場所を予約してしまう。唯一の大人だし、旅行先の宿泊予約は姉さんにしかできない。高校生の僕には無理だ。


「みっちゃんも売れ出したのに、GWは休み取れるんだね?」


「顔出しのイベントとかはないからね。どこかのホールを借りてイベントをすることもあるらしいけど、僕はGWにはそういう仕事が入ってないから」


 GWには、だけど。


 声優さんは芸能人だからカレンダー通りの休みなんてほぼない。年末年始くらいじゃないだろうか。


 お客さんを相手にする握手会や作品関連イベント、ライブとかは土日に開催しないとお客さんがなかなか来られない。


 ドームツアーとかする歌が上手い声優さんとかは平日の夜にライブをするけど満員御礼だったりする。そういう人ってファンの数が圧倒的だから平日に開催してもチケットは完売する。


 でもやっぱり普段のイベントは土日だったりGWに開催することが多い。会社勤めの人は土日休みが多いからね。


「イベントとか開催したり、僕たちの声を収録してくれるスタッフさんたちも会社勤めの人たちだから。土日や祝日に仕事をたくさん詰め込むわけにはいかないんだよ」


「ああ、そっか。限度があるってやつだね」


「そうそう。まあイベント企画とか芸能界関連のお仕事の人は土日休みなんて諦めてるらしいけど」


 職種によったら土日なんて関係なくなるからなあ。今日僕たちは遊びに来ているけど、飲食店もゲームセンターもショッピングモールの中のお店の人たちも。


 みんな働いてるんだもんなあ。


 芸能界関連だけが特別ってわけでもないんだよね。今の世の中。


「そういえばみっちゃんって顔出しイベントの時の服ってどうしてるの?」


「私服か、スタイリストさんの持ち込みの服を買い取りかな。僕は普通に私服で出た」


「へー。そういうものなんだ」


「イベントによってはテーマがあったり、コスプレを要望されることもあるらしいから。コスプレはどうにもできないから、もしそうなったら買い取りかなぁ」


 世の中には凄い声優さんもいて、自前でコスプレの洋服を揃えたりコスプレのオーダーメイドを本職の方にお願いして買ったりしているらしい。


 キャラ愛や原作愛が凄いとそうなるのだとか。僕もいつかそうなるんだろうか。僕は関わった作品一つ一つが大事だから優劣なんてつけたくないけど。


 そんなこんなでブティックに着く。


 鈴華ちゃんはあまりお金を持っていないからもちろん僕が支払いをする。姉さんにあまり鈴華ちゃんを甘やかさないでほしいって言われてるけど、可愛い姪っ子に叔父さんが服を買ってあげるのは普通だと思う。


 お互いが学生ってことを除けば、だけど。


「みっちゃん、これどう?」


「やっぱり鈴華ちゃんには明るい色が似合うよ。ただちょっと丈が短いかな」


「えー、そう?」


 鈴華ちゃんがスカートを手に持って腰に当てる。うん、それだと生足が見えすぎだと思う。姉さんが許すだろうか。


 これから暑くなるんだからタイツとかで誤魔化すわけにもいかないし。最近の五月って夏かと思うくらい暑いもんなあ。


 そんな感じで鈴華ちゃんとあれこれ見比べていると女性の店員さんがこっちに近付いてきた。


「お悩みですか?この時期ですと、こういった薄手のスカートをお勧めしています」


「うわー、本当に薄い!これなら涼しそう」


「彼女さんは髪を染めているので、やっぱり暖色系がお似合いかと」


「うーん、迷っちゃうなー」


 鈴華ちゃんがお勧めされたスカートをいくつか見比べている。鈴華ちゃんはスカートに夢中であまり店員さんの話を聞いていない。


 やっぱり彼氏彼女に間違われちゃうか。それにその髪、染めてるわけじゃなくて地毛なんだけど、また会うかわからない店員さんに話すことでもない。


「学生さんですよね?予算の上限ってどのくらいですか?」


「あ、別に気にしてません。結構多めに用意しているので」


「……?ウチって結構良いところのブランド品なども置いているので、バイト代だと少し厳しいところがありますが……」


 店員さんが僕の懐事情を気にして心配してくれている。


 優しい人なんだけど、僕のお財布はそんなに軽くない。鈴華ちゃんとお出かけだとわかって結構な金額を下ろしてきた。


 こんな子供がそんな大金を持ってるなんて思わないんだろうな。


「えっと、じゃあ財布の中身を見せますけど。上限は八万円です」


 この時間だと夕飯も食べて行くことになるだろうから少しとっておくにしても、八万円までなら使える。


 実際に一万円札を八枚見せたら店員さんが驚いていた。


 スカートは一万五千円くらいだからトータルコーデをしても問題なさそうだ。


「みっちゃん、あの可愛いベレー帽も良いの?」


「良いよー。好きにして」


 値札を見ても問題ない。そんな剛毅な僕に店員さんは唖然としていた。学生カップルの予算上限が八万円だなんて思わなかったのだろう。


 いくら東京のアルバイトの時給が高いとはいえ、八万円はかなりの高額だ。普通の学生カップルだったらこうはいかないだろう。


 僕が子役として貯金がめちゃくちゃあって、今も声優として月の生活は問題ないくらい稼いでいて、僕が姪っ子大好きな甘やかし叔父さんだからこその予算だけど。


 いやあ、事前に十万円下ろしておいて良かった。


 結局鈴華ちゃんはオレンジ色のスカートに若草色のスプリングコート、それにさっき手に取っていたベレー帽を被っていた。


「うん、可愛い」


「えへへ。ありがとー」


「鈴華ちゃん、そのまま着て帰る?」


「そうして良い?」


「店員さん、良いですか?」


「あ、はい。じゃあお会計をしますね」


 トータルで五万円かからなかった。インナーも買ってたら超えそうだけどそれは良いと鈴華ちゃんが買わなかった。


 元々着ていた服をお店の袋に入れてもらってブティックを出る。その際に鈴華ちゃんは僕の左腕に引っ付いてきた。


 姉さんがいるとやらないけど、こうして僕と出掛けるとよく引っ付いてくる。まあ、お兄ちゃんくらいに思われてるんだろうけど。


「鈴華ちゃん、良い時間だけど夕飯どうする?」


「ハンバーガー食べたい!Mバーガー!」


「お昼もハンバーグ一口食べてたよね……?」


「むしろ食べたくなっちゃったり?お母さんとはあまりハンバーガー屋さんには行かなかったからなー。みっちゃんや友達としか行けないけど、友達とはもっぱらメックに行っちゃうんだよね」


 Mバーガーもメックもチェーン店のハンバーガー屋さんだけど、世界的に有名なのはメックだ。学生がよく使ってる。安めだからね。


 Mバーガーはちょっと高いけど、食材は全部国産に拘っているチェーン店だ。僕はどっちもあまり行ったことがない。


 携帯で場所を調べて近場のMバーガーに向かう。メニューを見てハンバーガーといえども照り焼きチキンのような鶏系統もあるのかと感心していた。


 全然知らなかったので僕はお店の名前が使われているMバーガーとチーズバーガー、それにMシェイクのバナナを選ぶ。鈴華ちゃんはMバーガーと照り焼きチキン、それにイチゴのMシェイク。


 ポテトは頼まなかった。


 そのまま店内で食べる。初めてMバーガーを食べたけどトマトもお肉もパンズも美味しい。これならメックより高くても良いかも。


「みっちゃんはダメダメだね。わたしだから良いけど、付き合った女の子に今日みたいなことしちゃダメだよ?」


「……えっと、ごめん。何がなんやらさっぱり」


「甘やかしすぎなんだよー。女の子がしたいって思うことを何でもしてあげて、お金も払ってくれて。カップルって言うより金蔓に思われちゃう」


「恋人と鈴華ちゃんや姉さんは違うからなあ。好きな人ができたら僕はどうするんだろう……?」


「断言するね。みっちゃんはとにかく甘々にしてみっちゃんという沼から抜けられなくするんだ。依存系女子を作っちゃうんだよ。怖いなー」


 鈴華ちゃんはニコニコしながらハンバーガーをパクパク食べている。可愛い。


 依存系女子かあ。僕らの業界で言うところのヤンデレ女子とか拘束系ヒロインとかが似てるだろうか。こういうところでもゲームやアニメ、ドラマとかから類推するのは職業病かな。


「鈴華ちゃんは良いの?」


「わたしは良いんだよ。だってジャンルが違うから。恋人と家族は違うでしょ?だからわたしはみっちゃんに際限なく甘やかされることを信条としてるの」


「良いけどね。うーん、誰かと付き合うとか想像も付かない」


「子役の頃とか告白されなかったの?」


 子役の頃か。


 告白されたことはある。


「学校の子とか、それこそ同じ子役の子とかに告白されたことはあるけど、全部断ったよ」


「何で?」


「そんな余裕なかったし。姉さんを探すことと、二人の生活状況を知ったらもっと活躍しないとって思ったから。僕の両手は姉さんと鈴華ちゃんの手を掴んだらそれでいっぱいいっぱいなんだよ。元々器用じゃないからたくさんのことを同時にできないし」


 子役に全部のリソースを注ぎ込んでいたから、勉学やその他の遊びとかにも全く労力を割けなかった。趣味とかもないつまんない子供だったと思う。


 それだけ真剣で。仕事以上に楽しいことなんてなくて。それで満足していた子供。


 恋愛が楽しいかどうかは、今の僕もわからない。


「はぁ〜……。みっちゃん。将来付き合うことになる女の人にはわたしやお母さんのことは話さないこと。良い?」


「え、何で?」


「その女の子が自信をなくすから」


 鈴華ちゃんは何を言いたいんだろう。


 むしろ真剣に付き合う女性には家族である姉さんと鈴華ちゃんを紹介するのが礼儀だと思うけど……。


「みっちゃんはこれからも女の子のファンとか増えるんだろうから、あんまり不用心な発言しちゃダメだよ?」


「気を付けてはいるけど。そんなに釘刺されること?」


「うん」


 その即答が、鈴華ちゃんに信用されていないようで悲しかった。


 家族を甘やかすことってそんなにダメなことなんだろうか。

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