1−2 迫る連休
土曜日の朝、鈴華ちゃんが一人で家にやってくる。また姉さんが仕事で打ち合わせがあってしばらく缶詰になるようで僕にお世話を任されたわけだ。
もうすぐGWだっていうのに大変なことだ。
いや、今も一応GWに分類されている。世間ではすでに十連休に入っている人もいるんだとか。
僕は仕事も学校もあるからそんな長いお休みはない。お仕事自体は数も少ないけど、いくつかはある。
芸能界って暦通りの休みなんて取れなくて当たり前だ。それでもお休みはちゃんと他で確保されているから年間休日はしっかり保証されている。
週間休暇や月間休暇は、うん。個々人の忙しさによるとしか言えない。僕も一時期は年末年始だろうが夏休みだろうが忙しかった。休みが貰えても平日だから学校に行かなくちゃいけなくて休みなんて呼べなかった。
姉さんも一応芸能界に関わる職業だからカレンダー通りに休めない。それでもまだ融通が利く方だとか。本当に休めないのはキャストやカメラマンに番組ディレクターとかだ。
僕が東京に来てから鈴華ちゃんを預ける先ができたって姉さんが喜んでくれたのは嬉しい。僕としても鈴華ちゃんと遊びに出掛けて泊めるだけだから気苦労とかない。
「鈴華ちゃん。今日一つだけオーディションがあるからその間だけは一人にしちゃうけどごめんね」
「良いよー。場所どこ?」
「原宿のスタジオ」
「なら近くをブラブラしてるよ。お昼は?」
「外で食べよっか。一時からオーディションだからその前に食べちゃお」
「OK!美味しいお店期待してるね!」
そう言われるだろうと思って下調べはしてある。予約もしてあるから問題ない。
出発まではもう一回台本を読んでおこう。
「みっちゃん、今度はアニメ?ゲーム?」
「アニメだよ。ライトノベルの、メカ要素のあるハーレムもの。女の子がいっぱい出てくるアニメ」
「主人公受けるの?」
「そう。主人公だからたくさんの人が受けるみたい」
作品名を言ってないからコンプライアンス違反にはならない。台本も鈴華ちゃんには一切見せてないし。
作品の主人公ともなれば三十人くらい受けるのだとか。複数のヒロインもそれくらい受けるみたい。数が多すぎたら事務所で録音してあるサンプルボイスで決めたりするけど、今回は直接オーディションがあった。
なんだか最近は社長と高芒さんのおかげで業界でもペパームーンの評判が良くなってきて結構オーディションの数が増えてきたみたいだ。野原さんが結構オーディションを受けて受かってきたらしい。
僕にもこうやってチャンスが回ってくるからありがたいことだ。
ということで台本を読んで鈴華ちゃんと一緒に原宿へ。原宿に電車で着いたらすぐに予約していたお店に向かう。
「予約していた間宮です」
「え、みっちゃん予約してたの⁉︎」
そのことに鈴華ちゃんは驚いていた。オーディションの時間に遅れたら困るからね。並んでいる間に時間になっちゃいましたとなったら目も当てられない。
原宿でもそれなりに評判の、小洒落た店内でテラス席もありながら完全個室もあるようなホテルと見紛うようなお店。
結構人気店で予約を取るのが苦労しちゃったり。
「コース頼んじゃったけど大丈夫だよね?」
「それは良いけど……高くなかった?」
「全然?」
シャトーブリアンに比べれば。先輩に奢ったものに比べれば身内のための出費だし全然痛くない。
魚料理と肉料理のWメインコースという四品のコースだけど、予約の時点でメニューを頼んでしまっていた。
完全個室に案内されて、鈴華ちゃんにメニューを見せる。
「鈴華ちゃん。この四つ全部くるから、食べたいの食べて。デザートとドリンクも選んでね」
「真鯛とサーモンが魚料理で、お肉はハンバーグとステーキ?うわあ、お母さんにバレたら怒られそう」
「姉さんには秘密で。ファミレスで食べたってことにしておこう」
「了解ですみっちゃん隊長!」
予約をしておいたからか、すぐに料理が出てくる。鈴華ちゃんはサーモンとステーキを選んで、僕は残りの真鯛とハンバーグを。結局そっちも食べたいっていうから交換して食べたりもしたけど。
メインを食べ終わって、食後のデザートとドリンクを飲んでいる時、鈴華ちゃんがハフゥと息を艶っぽく吐きながらえへっと笑う。
「美味しかった〜。幸せー……」
「それは良かった。次は姉さんと夜に来ようか」
「そうだね。これをお母さんに秘密にするのは可哀想」
ただ姉さんはなあ。こんな高級なお店で食べられませんとか言いそう。鈴華ちゃんを育てる時は質素な生活を心掛けて節制をしてきたみたいで高級店とか耐性がないっぽい。
何回分の食費だと思ってんのよ!とか言われそう。たまのご褒美って言っても来てくれるだろうか。
先に予約しちゃって、キャンセル料金発生しちゃうって言えば良いか。退路を絶っておけば来ざるを得ない。
「うーん、みっちゃんに太らされる……」
「鈴華ちゃん、気にする体型じゃないよ。むしろ細くて心配しちゃうけど」
「乙女には色々あるんです〜」
そう言うけど、鈴華ちゃんは手足もスラッとしていてウエストも十分細いと思う。それでダイエットとか言い出したらむしろ止めるけど。
お会計をして、お店を出たら一旦鈴華ちゃんと別れる。鈴華ちゃんはショッピングモールで時間を潰すらしい。僕はそのままオーディション会場へ。
会場もスタジオ設備があって、そこで収録する。その収録した音声を持ち帰って検討したりするんだとか。
僕は礼儀正しく挨拶して、台本を読んで。相手から注文があったらそのまま答えるだけ。たまに違う役の台本をその場で渡されて読まされることがあるらしいけど、僕の場合はそんなことはなかった。
そもそもこういうハーレムものの作品って主人公以外男子キャラがほとんど出てこないから台本を渡せるようなキャラがいないのかもしれない。
会場には同じように主人公役を受けに来ていた声優さんが数人いた。その人たちに挨拶をして順番を待って演技して。どうやら少しスケジュールを押していたらしいけど一時間はかからなかった。
待合室には僕も知っているような有名な声優さんがいて驚いた。もう四十になるのにまだこうやって主人公役をたくさんやるベテラン声優だ。男性声優は一般的に遅咲きで活躍の期間も長いから不思議なことじゃないらしい。
あと驚いたことに女性も男主人公を受けに来ていた。中性的な主人公だと男女どちらも呼ばれるけど、今回はがっつり男の主人公だからびっくりした。
オーディションが終わってすぐに鈴華ちゃんに連絡を入れる。ショッピングモールで合流して、鈴華ちゃんの要望でゲームセンターに行った。
そこで音楽に合わせて踊るゲームがしたいと言うことだったのでお金を払って僕は見学。床にあるパネルを画面に表示されたものに合わせて踏むゲームだけど、鈴華ちゃんはほとんどミスをせずにやりきっていた。
凄いなあ。僕はもうああいう激しいゲームはできないから感心するばかりだ。
鈴華ちゃんの容姿が珍しいからか、スコアが良かったからか、男女問わず鈴華ちゃんに注目している。東京とはいえ、金髪碧眼は珍しいからね。
終わった時には拍手が起きていた。おおー、こういうこともあるんだ。僕もつられて拍手する。
鈴華ちゃんは汗をかきながら僕の方へダブルピース。
「みっちゃんイエーイ!ハイスコア更新しちゃった!」
あ、本当だ。店舗で一番のスコアだったみたいだ。鈴華ちゃんが名前を登録している。
いやいや、『間宮沙希』って。それ君のお母さんの名前だから。素直に鈴華にするか、まるっきりわからないようなニックネームにすれば良かったのに。
それと鈴華ちゃんの知り合いが誰かと見てきた周囲の人がちゃん付けされているから女の子だと思っていたら
「ちっ、男連れかよ」
「期待させやがって……。百合の花が見られると思ったのに」
「むしろあの子もいいかも」
「アンタ、ああいうのが好み?」
ゲームセンターの騒がしい音で何を話しているのかわからないけど、多分嫉妬に満ちた言葉だと思う。鈴華ちゃんの容姿は姉さんに似て可愛らしいから。
鈴華ちゃんはネーム登録が終わったのか、ゲーム台から降りてきて僕の腕を取ってゲーセンの奥の方を指差した。
「みっちゃん、プリクラ撮ろう!わたしやったことない!」
「うん、いいよ。撮ろうか」
それからもゲーセンで楽しく過ごした。
周りにはどう見えただろうか。恋人、兄妹、その辺りだろう。
まさか叔父と姪だなんて関係性を見抜けていたらその人は超能力者だ。
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