1−1 迫る連休

 金曜日。いつもの如く『パステルレイン』の収録があった。


 今回はとうとう始まった綾人くんの夏の大会。甲子園に出るための地方予選が始まって綾人くんが大活躍するという試合運びがダイジェストで流れる。


 その活躍にキララちゃんがキャーキャー言うんだけど、そんな活躍を二年生でされちゃったら他の女子も放っておかなくて。同じ学校の生徒やら他校の生徒まで綾人くんがモテモテになるという話。


 もちろんそれにキララちゃんはジェラシーを妬いてしまう。恋心を自覚したけど、兄だからと一線を越えられないキララちゃん。他の子は他人だから平然と恋心を口にできる。


 そんな周りの子を羨ましがっていると、綾人くんに意味深な視線を向ける少女の横顔がワンカットだけ流れて終了という伏線じみた終わりを迎えた今回。


 次の話からこの恋のライバルキャラが本格的に登場するのだとか。誰がキャストになるんだろう。


 収録の前に全体の流れを確認していた時に、綾人役の津宮健斗さんが原作者の黒咲カノン先生と監督に質問をしていた。


「綾人ってやっぱり宮下智紀がモデルなんですか?漫画だと結構笑顔で野球をやっているので違和感があって……」


「そうそう!綾人君は智紀さんがモデルですよ〜。漫画を描く前に取材をしたことがあるんですけど、本人的には試合中も練習中も野球を楽しんでいるって仰っていて。なら漫画だし表情に出しちゃおうってなったんです」


「そうなんですか?知りませんでした。彼、どんな時もクールに投げるので」


 スタジオにいる全員に聞こえるように話していたので僕にもその会話は聞こえてきた。


 最近よく名前を聞く宮下智紀さん。あの人がモデルだったのか。この前雄大と話題にした宮下喜沙さんの弟で、野球をあまり知らない人でも知っている有名人。


 何かと話題になる人だし、甲子園やプロ野球でも記録を作っていて大騒ぎになった。僕も子役で忙しくても彼のことは知っているくらいには色々と騒動があった。


 綾人くんは智紀さんと同じように投打で活躍する人だ。漫画とかでもモデルの話をしていなかったけど、確かに投げ方とか打ち方とかそっくりかも。


「だから絵の方でも彼の投げ方や打ち方をCGで取り込んで、そこに絵を重ねるって手法を取っていてね。まあでもモデルはモデルだから。津宮君がこうって決めた綾人君があるならそれで良いよ。今の所キャラもブレていないし」


「わかりました」


 カノン先生と監督、それぞれの意見を聞いて津宮さんが台本に書き込んでいく。


 津宮さんと智紀さんは同い年で、だからこそ同年代の彼を尊敬しているんだとか。


「やっぱり宮下さんや羽村さんって津宮さんからするとスターですか?」


「そりゃそうよ、みーちゃん。というかあの世代はスターが多かった。高卒プロも多かったし、色々とドラマがあったからなあ。で、あの二人は特にズバ抜けてた。まさか今年に揃ってメジャー行くとはなあ」


「それで活躍してるんですからね。ビックリですよ」


 昨日のニュースでも、智紀さんがまた勝ったとか羽村さんが二打席連続ホームランを打ったと報道していた。


 羽村涼介さん。ポジションはキャッチャーで、智紀さんのライバル。智紀さんが打者と投手の二刀流をやっているから一般人の話題性は上かもしれないけど、野球の成績を見たら羽村さんの方が上だとか。


 羽村さんの凄いところは甲子園に五回出ていること。春と夏しかないのに五回ということは参加できる大会全てに出ているという結果を残している。


 その上数少ない学校しかやっていない春夏連覇も遂げているために高校の実績では羽村さんの方が上だと言われている。あと、羽村さんと同じ学校のエースだった柳田さんも。


 智紀さんはその後のプロで柳田さん以上の結果を出しているために今はその二人が若手のホープと呼ばれている。柳田さんも日本のプロで結構活躍してるけど。


「いやあ、帝王学園と習志野学園の直接対決はどっちが勝つかって学生時代に友達と賭けもしてたなあ。俺らの頃の甲子園って社会現象になってたよ」


「津宮さん、学生で賭けなんていけないんだー。みーちゃんはそんな風になっちゃダメだよ?」


「ラーメン奢るかどうかって位なんだからいいだろ⁉︎」


「ら、ラーメンか。それなら良いのかな?」


 キララ役の根本明菜さんが茶々を入れてたけど、可愛らしい賭けに目線を外した。正確には泳がせた後に僕の方をチラチラと見てくる。


 ああ、この前シャトーブリアンのコースを奢ったことを気にしてるのかな?そういう気分転換をしたかったんだし、姉さんや鈴華ちゃん以外の誰かに頼りたかったから気にしなくて良いのに。


「いやー。それだけ帝王学園のこと褒められちゃうと、あたしも鼻が高いね」


「え?ハルちゃんって帝王出身だったけ?」


「うんにゃ?あたしはふっつうの女子高出身だよ?帝王行っちゃったら全校応援行かなくちゃいけなくて養成所に通えなかったから選択肢としてはパスした」


 キララちゃんの親友、川崎優奈役の東條春香さんが根本さんの質問にそう答える。


 そうしたら何で帝王が褒められて嬉しいんだろうか?


「んー……?話が見えないんだけど?」


「あれ?言ってなかったっけ?あたしのお父さん、帝王学園の野球部監督だよ?」


 そのあっさりとした回答に。


 誰もがその意味を頭の中で反芻させて、次の瞬間には叫んでいた。


「えー⁉︎あの常勝軍団の監督が父親ぁ⁉︎」


「監督としては異例の若さで甲子園勝利数五十を突破したあの東條監督の娘⁉︎」


「あ、ホントだ!同じ東條だ!」


「いやいや、芸能界なんて芸名も多いんだから気付くかっ⁉︎」


「誰にも言ってなかった?リサっちには言ったんだけどなー」


 収録前に爆弾発言が出てきてスタジオは大盛り上がり。カノン先生なんて東條さんに詳しい話を聞こうとしていた。


 この作品は野球要素も結構濃厚だからか、スタッフの中にも野球好きがたくさんいたみたいで東條さんが囲まれて質問責めにあっていた。


 世間って狭いんだなあと思った出来事だ。


 そんな騒ぎもあったけど収録はしっかりと問題なく行われた。


 僕の藤堂奏太役としての出番は綾人くんの応援に向かうキララちゃんを家から見送るだけの短い会話だけ。


『まだ初戦だろ。綾人が負けるとは思えないから応援には行かない。甲子園に行ったら応援してやるよ』


『もうソウちゃんったら!行ってきます!』


 ある意味信頼の裏返しというか。綾人くんがそんな簡単に負けるとは思っておらず、むしろ甲子園に行って当たり前だと思っているからこそ家事を優先していた。


 奏太としての演技はそれだけで、僕としては兼ね役で綾人くんのチームメイトの一人も演じさせてもらっているのでそっちが今日はメインだった。


 試合中に綾人くんに声をかけたり、打席で打ったり。


 『パステルレイン』の序盤では家族としての面がフィーチャーされすぎてて奏太の出番ってあまり多くないんだよね。


 まあ、サブヒーローだから。


 そんなわけで収録も無事に終わったところで、監督とカノン先生からキャストは残るようにと言われた。何だろうと待っていると重大発表があるのだとか。


「突然ですが、『パステルレイン』のDVD・BDの初回限定版特典としてカノン先生の短篇漫画『星々を渡る不思議な湖』をアニメ化することになりました」


「いえーい!」


 監督がそう言い、カノン先生がはしゃいだのでパチパチと拍手する僕たち。


 でも津宮さんに聞いてみる。


「特典でアニメって珍しいですよね?」


「五分くらいのショートアニメなら珍しくもないけど……。『パステルレイン』に関係ない作品なら珍しいぜ。普通はドラマCDとかキャスト座談会の映像とかだな」


 僕も聞いたことがあるのはその辺りだ。あとはキャストコメンタリーとか、原作者の書き下ろし漫画とかがメジャーな特典だろうか。


「それでキャストさんなんですけどー。今回の収録で皆さん凄い良かったので全員を使うことを制作会社さんとさっき決めました〜」


「え、別枠でお仕事頂けるんですか⁉︎」


 これに反応したのはモブで参加した新人声優の男性の一人だった。まさかモブとしてお仕事をしにきたら別のお仕事も振ってもらえた、なんてことになるとは珍しい。


「そうなります。『星々を巡る不思議な湖』は戦争も描かれているのでその辺りでキャストが多く必要で。DVDは九巻出す予定で、一巻ごとにアニメをつけます。一巻十分ぐらいを今の所想定していますね」


 となるとトータル九十分。


 アニメ映画くらいのボリュームがある。凄い力の入れようだなあ。


「で、メインキャストですけど。主人公を東條さんに。ヒーローを間宮くんにお願いすることになりまして」


「やったねみーくん!お仕事ゲットだぜ!」


「はい。よろしくお願いします」


 そこは津宮さんと根本さんじゃなくて良かったんだろうか。いや『パステルレイン』と丸かぶりを避けたのかもしれない。


 主人公もヒーローも同じキャストだと『パステルレイン』でいいじゃんって言われちゃうかもしれない。だからあえてサブヒーローの僕と親友役の東條さんをメインに添えたのだろう。


「えー。いいなあハルちゃん」


「この作品の座長が抜かしおる」


「だってカノン先生の作品ってことは恋愛ものでしょ⁉︎それをみーちゃんとメインで演じるなんて!」


「あー……。根本さん?私の『星々』、悲恋ものですよ?」


「ならいーや!ハルちゃんもみーちゃんも頑張ってね!」


「アンタも出るのよ。どんな役かはわかんないけど。っていうか掌返し早いな……」


 凄いな。こんな発言しても「根本さんだし」ってキャストにもスタッフにも思われているのはある種の才能だ。これで炎上しないんだからビックリ。


 一応諸々の発言が怖くなってエゴサーチをしたけど、あまり燃えてはいなかった。根本さんの普段の姿を知らない人が少し悪口を言っていたし僕に暴言を吐いていたけどそれは少数。


 そんなに目に留まることはなかった。


「『パステルレイン』と同時進行で進めているので、収録はもう少し先になります。台本なども事務所に送らせていただきます」


「それでですね。『星々』が収録された私の単行本が七月に『パステルレイン』の最新刊と同時発売されるんですけど、その見本刷りが完成しているのでキャストさんに配っちゃいますね。ストーリーはこのままの予定なので参考になると思います。一応発売前の物なので取り扱いにはご注意ください」


「カノン先生!私サイン欲しいです!」


「あたしもー」


 カノン先生が同年代だからか、根本さんと東條さんが背表紙にサインを描いてもらっていた。せっかくだからと他のキャスト全員で描いてもらった。


 今日は家に帰ったら読んでみよう。どうやら『星々』は『パステルレイン』の掲載誌で行われた新人賞に向けて投稿された作品みたいなんだけど、まさかの百ページオーバーで規定違反で賞を貰えなかった作品らしい。


 カノン先生曰く、中途半端に終わらせたくなかったから全部描いて送ったらそんなことになってたとか。それでも前編後編の前編だけ送ったらしいけど。


 この熱意とストーリー、絵の上手さから『パステルレイン』の連載に繋がったのだとか。短篇集と銘打ってあるのに二百ページ超えてる。


 『星々』の他に『パステルレイン』の読み切り版も収録されてるみたい。純粋に読みたくなってきた。


 僕の今日の仕事はこれだけだったので家に帰って早速読んでみた。


 そして思った以上に任された役が難しそうで頑張らなきゃと意気込む。そんな中、鈴華ちゃんから連絡が来ていた。


「みっちゃん。明日明後日また泊めて?」


 すぐに了解の返信をする。


 土日の予定が埋まったのは良いことだ。オーディションもちょっとあるけどその間はどこかで時間を潰していてもらおう。

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