二章 高校生(五月〜)

プロローグ 親友と、久しぶりに

 間宮光希。職業声優。元子役で、子役の頃の夢を叶えた幸せ者だ。


 そんな僕は今年の四月から晴れて高校生になった。早速仕事で出席はボロボロだけど。


 今日は学校帰り。久し振りに連絡をくれた友達がいるのでその友達と会うために注文の際に長い呪文を言うことで有名なチェーン店の喫茶店へ来ていた。


 いや、無料のトッピングをそこまで追加しなければ呪文になることはないんだけど。僕はその友達と店の前で合流すると、一緒にレジで注文する。お互い呪文は言わなかった。


 カプチーノのトールサイズが二つとチョコレートチャンクスコーンを二つ頼んだだけ。


 店内は女性が多いからちょっと浮いていたかもしれない。男子高校生が二人で使っているなんて稀だ。仕事終わりだったりする女性や学校帰りの女子高生、あとはカップルばかり。


 友達が大人になったんだからコーヒーとか飲んで話し合いたいよなって言うから来たんだけど、これは失敗だったんじゃないだろうか。喫茶店でもこじんまりとしたところとか行けばよかった。


「ひゃー、スタバとか初めて!SNSに上げちゃお」


 そう言って写真をスマホで撮る友達の草津雄大。なるほど、そうやってSNSは使うのか。僕も真似しよう。


 僕も写真を撮って一口飲んで。話題に移る。


「久しぶりに連絡が来たのもびっくりしたけどさ。今忙しいんじゃないの?雄大って今結構色んな映画に出てるからバラエティとかにも出てるよね」


「お、チェックしてくれてんの?」


「たまにテレビ点けたら出てたからビックリしただけ。今はドラマとか映画って見る暇なくなったからね。学校がなければ勉強ってことでそういうのもチェックする時間があるんだけど」


「あ、学校ちゃんと行ってるんだ。俺ほぼ行ってないぞ?籍だけ置いてる感じ」


 話を聞くと雄大は芸能学校のような場所に行ってるんだとか。だから芸能界の仕事をしている限り出席しなくても単位はくれるんだとか。


 芸能人とはいえ中卒というのは世間体がよろしくない。だからもう仕事をしている高校生はそういう芸能学校に進むことが多い。本当に籍を置いてるだけで一年に何度学校に行くかわからないのだとか。


 ダンスやボイストレーニング、舞台などで必要なトレーニングがあったらその練習に行っても公欠が貰えるのだとか。凄い。


「なんだか学校行く頻度、光希とひっくり返っちまったなあ」


「いやいや、中学校はちゃんと行った方が良かったよ。僕は今絶賛苦労してる。義務教育って大事だよ」


「やーい。義務教育サボりまくった天才〜」


「今や天才子役なんて雄大の称号でしょ。いや?もう高校生になったから子役じゃないのかな?」


「俺は一度も天才子役って呼ばれたことねえ。今はイケメン俳優だ」


 まあ、凄い整った顔はしてる。子役の頃からも結構そのイケメンな顔で役を貰っていた。


 今では演技も伴って若手俳優の一番の注目株って言われている。ワイドショーとかでも結構見るようになってきた。


 こうやって僕は呼び捨てにしてるけど実は二つ上の先輩だ。向こうが敬語も畏まるのも禁止って言うからそれに従ってこうやってタメ口で話している。


 芸能関係の人に見られたら怒られるようなことをしてるけど、一応親友同士だから問題ないはず。


「こうして会うのも一年ぶりくらい?忙しかったでしょ」


「まあな。どこぞの天才子役、『間宮沙希』が消えたせいで俺たち男の子役はそいつの残して行ってくれやがった仕事を餌に食いつく鯉のように食い尽くしたさ。そのおかげで仕事が増えて名前も売れて今がある」


「良かったじゃん」


「良くねえ。同年代からの『間宮沙希』評判良くねえぞ?実際『沙希』の代わりを押し付けられて潰れた奴を何人か知ってる。そいつらはボロクソにお前を貶してるよ。好意的に捉えてるのは本当に売れた一部だけだ」


 ライバルが減って、そのライバル本人を貶すってよくわからない風潮だ。なんでも僕の引退が学業に専念するためだったために勝ち逃げされたとか、情けをかけられたとかって思い込んでる人が多いらしい。


 いやいや、まともに走れなくなった俳優が自主的に辞めただけだから。物理的に仕事ができなくなったから泣く泣く引退しただけだから。


 僕が引退した本当の理由を知っている芸能界の人は当時お世話になった監督とかプロデューサーとか一部の偉い人たちだけ。他の人からすれば人気絶頂の内に逃げた臆病者って扱いらしい。


 もう『天才子役間宮沙希』はいないからどれだけ扱き下ろしてもいいけど。


「実際お前が引退してからの俺らは地獄だったぞ?基準がお前になってたからな。『そんなこともできないのか』『台詞覚えが悪い』『もっと動け』『声が小さい』『表情が作れていない』『感情がこもっていない』『沙希ならもっとできた』。そればっかりだったからな。そりゃあ潰れる奴も出てくる。誰も彼も代用品として求められたら辛えよ」


「ハードル上げちゃったとしてもなあ。そんなもの、全部子供の努力でどうにかなった範疇だし。凡才の僕がやれたことならできる人は多いでしょ」


「……努力の天才に、それまでのほほんと過ごして来た奴がいきなり追いつけなんて無茶なんだよ。その頃のお前は十年芸能界で戦ってきたベテランでもあるんだからな」


 その辺りは僕も口を出せない。僕の不注意で不幸になってしまった人がいても。


 僕は僕のために芸能界でまさしく命を削ってでも進んでいった。それを中学生になってから突きつけられても、それに耐えられなかったとしたら。


 結局その程度の人だったということだろう。雄大みたいに伸び代があったわけじゃないと思う。


 芸能界に入ろうとする人は多いんだから、努力ができなかったり才能がなかったりしたら淘汰されて行く厳しい世界だ。たった一人の喪失で、亡霊に負ける程度の人じゃ生き残れなかっただろう。


 早めに違う道を示してくれたその監督さんたちは優しい人だと思うけど。怒られることがトラウマにでもなったらそれは知らない。


 中学生にでもなっていたら芸能界が大変な場所だってわかってるはずだし。新人の中学生がそういう扱いを受けたのならごめんなさいって謝ろうと思う。


「まあでも?新しい仕事も順調そうじゃん?先輩たちには弄られてるけど、十年間のキャリアは健在なわけだ」


「ベースが共通してるからね。事務所も良い場所に拾ってもらえたし、最近は仕事も多くなってきてるよ。……先輩方が変なのは俳優さんとも変わらないよ。尊敬できる人もいるけど」


 結局は演じるということだから、そこまで変わった感じはない。外からスタジオに戦う場所が変わっただけって感じ。


「まさか僕の仕事が安定してきたからって、その様子を聞きたくてこうやって呼んだの?」


「そういう側面もある。けど、一番は自慢したいことができたからだ」


「自慢したいこと?」


 全く思い浮かばない。雄大は姉さんのことを知らないから、姉さんの作品に出るとかじゃないだろう。


「俺、次回作の『破面ライダー』の主役やることになったんだ」


「……コンプライアンス案件に引っかからない?大丈夫?」


「お前がこれでウチの事務所の株とか買わない限り大丈夫だろ」


「買えないけどさ。新作発表って冬じゃなかったっけ?もう決まってるの?」


「最近シリーズ物のオーディションはやたら早いんだよ。俺も新作ってだけでタイトルも仮しか知らないし、決まってるのは主役の俺だけだぜ」


 僕の頃はどうだっただろうか。新作発表の前にはオーディションの結果は出てたけど、こんな五月の頭には決まってなかったと思う。


 決まった時は今のマネージャーでもある松村さんがすっごい喜んでくれたからなあ。印象に残ってる。僕の出世作って堂々と言える作品だし。


 『破面ライダー』シリーズや同じ特撮で日曜の朝にやっているような作品は四月に新番組が始まるので大体冬に新作のタイトルやコスチューム、キャストやシリーズ構成が発表される。


 今年の『破面ライダー』なんてまだ始まったばかりだ。それでもう次回作の主役が決まっているというのはすごく早いと思う。


「うん、おめでとう。大変な現場だと思うけど頑張ってね」


「おうよ。ありがとう。光希もこれから頑張れよ」


 そんな話をしながら、コーヒーとお菓子を食べていく。雄大は伊達眼鏡をつけていたために周りの女性客にバレなかったようだ。僕もあまり顔が知られていないはずなので気付かれることはないだろう。僕なんて今はほぼ無名だし。だから変装はしていない。


 もうコーヒーの中身もなくなるという時に、雄大はもう一つ自慢話をしてきた。


「そうそう、俺この前宮下喜沙と共演したんだぜ?いいだろー」


「へえ、喜沙さんと?おめでとう。相変わらず綺麗な人だよね」


「……あんまり驚いてないな?」


「だって僕、あの人と何回か共演したことあるし。バラエティで三回、ドラマと映画で二回、ニュース番組とかでも数回一緒に取り上げられたかな?」


「マジ⁉︎その事実の方が驚愕だわー……。俺なんて初共演だぞ?」


「でもあの人も凄いよね。アイドルだけど演技がすっごく上手いからさ。女優さん顔負けだよ」


 今は連絡先を知らないけど、当時は連絡先を知っていた。今考えると当時日本一のアイドルと連絡先を交換してたって凄い事実だよね。


 今でも凄い人気だけど。まだ二十代後半だし、バリバリ働いている。そんな人のこと、そこまで気にも留めずにただの仕事相手として流してた当時の僕が恐ろしい。


 いや、言い訳させてもらうと姉さんと鈴華ちゃんのことしか気にしてなかったんだよね。凄い美人さんを相手に失礼なことをしたものだ。


「あの人も結構吹き替えとか声優やったりするからなー。お前も今後共演することあるんじゃね?」


「いやー、声優も多いし、作品も多いからどうだろう?それに喜沙さんが出るような作品って他のキャストも俳優さんやお笑い芸人さんとかで固めて、声優は二人くらいとかがザラだし」


 映画作品はそういう住み分けのようなものができている。声優がキャストをたくさんやる作品と、俳優さんたちでメインを固めてしまう作品と。


 一般の知名度を選ぶか、演技の上手さを選ぶか。監督の意思じゃなくて配給会社の采配次第だ。


 そういうことで僕が喜沙さんと共演する可能性はかなり低い。


「お前、喜沙さんのサインとか持ってんの?」


「持ってるよ?昔もらった。僕も書いたよ」


「えー。俺握手してもらっただけだ」


「それだってあの人のファンからすれば羨ましがられるよ」


「だよなあ」


 そんな感じで久しぶりの旧友との交流が終わる。


 まさかこの会話がフラグになるなんて、思いもしなかった。

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