エピローグ Voice for you
というわけで心機一転。
月曜日から僕は色々と変われたような気がした。
学校に行けば友人が何か良いことがあったかと聞いてくるし、火曜日は珍しく高芒さんと野原さんが出演しているアニメ作品に、バーターとして僕も出演することになった。なのでこの日も午前中で学校を早退してスタジオに向かう。
バーターとはいわゆる、事務所のセット販売と言うべきだろうか。有名な人が出演しているので、まだ知名度が低い僕をついでに使ってくれませんかという事務所の仕事の取り方の一つだ。
アニメのモブ役はこういうバーターで基本は決まる。後は監督や音響監督がオーディションでは落としちゃったけど気になった声優を指名してモブで使ってみたりなんてこともある。
事務所としても新人声優に場数を踏んでほしい。アニメ監督からすれば有望株に唾をつけておきたい。そういう思いでモブに使う声優を選ぶ。
事務所がいくら推しても、監督などに気に入られなかったらそれ以降は使ってもらえなくなる。監督から事務所に他の子をくださいと言われてしまうのだ。だから新人は折角のチャンスを逃さないようにと必死になる。
今回僕は『パステルレイン』で僕のことを知る関係者が多くなって、監督がモブとして使ってみたいと言ってくださったから仕事が回ってきたとか。まだ高校生だからと流山社長も平日のアフレコを増やすのはどうかと悩んでいたらしいけど、僕は仕事ができるなら嬉しいので快諾。
そういうわけで晴れて僕は『アホとギャンブルとグランドフィナーレ』という青春ラブコメギャグ漫画が原作のアニメのアフレコにやってきた。
高芒さんがサブヒロインを。野原さんがサブレギュラーとでも言うべきクラスメイト役を。そんな感じでペパームーンのメンバーが活躍しているのでバーターとしての仕事が回ってきたわけで。
僕は主人公たちと敵対するクラスの一人の役。
ギャンブラー育成学校という凄い学校で、一番のギャンブル王を目指し日々ギャンブルをするというド派手な設定。クラスで競ったり学年で競ったり、はたまた個人で競ったりして各々のギャンブルスキルを鍛えていくというのが大筋。
そんな競い合いの中にギャンブルによるギャグと学校生活の青春要素が混ざっているという中々にカオスな作品だ。タイトルの頭を取って『アホギャング』の愛称で知られる人気漫画。
ウチの事務所から二人も出演しているからと事務所に原作の漫画があったので読んでから来たけど、ギャグが強烈で事務所で思わず笑ってしまった。人気になるのもわかる作品だった。カオスだけど。
モブなので早めにスタジオ入りをする。ゴミなどがないかのチェックをして、見た所差し入れもなかったので袋開けのようなこともすることはなかった。まあ、差し入れって収録後とか、テストと本番の間に唐突に来ることもあるけど。開始前にはなかったみたいだ。
マネージャーの松村さんも来た。三人も出演している作品だし、高芒さんはこの作品でラジオや取材などもある。そのチェックにはマネージャーが直接現場にいた方がいい。
今日も僕はモブなのでやって来る声優さんたちに初めましての挨拶をしなければならない。初めてこの作品に関わるので、挨拶をするのが決まりだ。
学園モノなので出演声優さんも多かった。当番表を確認すると十五人を超えていた。主要メンバー以外にもギャンブル対決をする僕のようなモブだったり、敵クラスの主要メンバー、それに教師役の声優さんもいるので学園モノや戦争モノ、スポーツモノは声優さんが多くなる。
とはいえ、全員が現場に揃うわけじゃない。忙しい声優さんは収録がブッキングすることもあるから別撮りの人もいる。収録が被っていない人やメインどころの人たち、それに仕事がこれしかない僕のような人が集まって本収録になる。
別撮りの人が多いとゲームでもそうだけど相手の反応がわからないから台本だけで予想しないといけないから結構苦労する。今日は四人別撮りみたいだ。
一人一人に挨拶すると、高芒さんから聞いてたのか「みーちゃんだー」と言われることもあった。根本さんや東條さん、津宮さんが他の現場で話しているのだとか。あの人たちは全く。
主要メンバーに挨拶が終わった頃、僕が知っている声優さんがスタジオ入りした。津宮さんのように間宮光希として共演したことのある声優さんというわけではない。
子役の頃、『間宮沙希』として『破面ライダー』で共演したことのあるベテランの声優さんだ。
「おはようございます」
「おはようございます、大塚さん」
凄い耳に残る低音ボイス。バリトンボイス、とでも言うべきなのかな。五十代の、凄く貫禄のあるがっしりとした男性。こんな声が出せるのも納得の体格だなって当時も思ったっけ。
僕は今日唯一の初モブ声優だったので一番に大塚さんの元へ向かう。他のモブの方々は全員誰かしらのバーターとして今日より前から現場入りしていたので僕が一番を譲ってもらった。
「
そう言って頭を下げる。下げたんだけど、返事がなかった。大抵よろしくとか一言だけでもすぐに返事をくれるんだけど、それがない。
頭を上げてみると、大塚さんは僕をマジマジと見ていた。何というか、顔をしっかりと。
その後僕じゃなく松村さんの方を見て、僕に向き直って。
ようやく口を開いてくれた。
「
「二つやらせていただきます。どちらもセリフは少ないですが」
「そうか。期待してるよ」
肩をポンと叩かれて、大塚さんは他の人にも挨拶をしながら席に向かう。
多分気付かれてるなあ。あの頃からは身長もだいぶ伸びたし、声変わりもしたんだけど。松村さんが現場に来た時に挨拶してたから当時から覚えていたんだろうな。凄い方だ。
その十分後にはキャストもスタッフも全員揃って、テストが始まった。そのテストは順調に進んで、僕はAパートとBパートで違う男子生徒の役を演じた。
『オレは1000
最初の役は掛け金をどんどん多くしていき、自信満々に挑むことで相手を心理的に追い詰めていくというハッタリが得意な役を。ずっと自信満々で演じたらそれでOKを貰えた。
たとえブタでも仮想金貨をどんどんベットしていくのは凄いなと思った。僕はギャンブルができない年齢だけど、こんなの絶対できない。
『さあ、我輩のトリックが見破れるかな?』
『ボールはそこだ!』
『Noooooooooo!』
もう一つはマジシャンとでも言うべき、様々な手品で相手に何かを当てさせるという役。こちらは何度もめげずに勝負を挑んでは負けるという残念な役だった。
我輩はキャラ付けのための一人称らしい。ちなみに主要キャラ全員に打破されるというある意味美味しい役だった。負ける度に「No」というキャラだったので全部違う感じで言ってみた。最後の方なんて泣いていた。
テスト終わりにこうしてほしいという音響監督の要望を聞いて、休憩を挟んで本番に移る。その本番も問題なく終わり、収録は順調に進んだ。
NGも出ない、トチらない収録だったので順調に進みすぎて五時過ぎには収録が終わっていた。二時間かかっていない。凄い。
いや、主要キャスト全員が僕でも知っているような有名声優ばかりだったけど、まさか実力がある人ばかりだとこんなにもあっさり進むなんて。野原さんと高芒さんに聞くとこの現場はいつもこうなのだとか。
プロ意識が高いって凄いなあ。
野原さんはバイトがあるからと色々な人に挨拶をして帰っていった。高芒さんはラジオ前に一緒に収録する女性声優さんと夕食を食べに行った。
僕も松村さんに言って家に帰ろうと思ったら、大塚さんが声をかけてきた。
「間宮くん。一緒に食事はどうだ?」
「いいんですか?」
「ああ。こんなおじさんと一緒で良かったらだが」
「滅相もない。光栄です。行かせてください」
松村さんに断って大塚さんと一緒に外に行く。良いお店を知っているとのことで向かったのはカレー屋さん。老舗で五十年以上続いている大塚さん一押しのお店らしい。
「俺も昔はこうやって先輩声優に連れられて色々な場所に食事に行ったもんさ。一番は飲み会でも開いて色々と話を聞くのが良いんだが、君の年齢じゃ連れていけないからな。この現場でもこの前は飲み会を開いたんだぞ」
「憧れます。後五年は待たないと参加できないので、もどかしいですね」
「……『沙希』くんとお酒を飲める日が来るのを、楽しみにしているよ。今日の演技も良かった。君は昔から俺の度肝を抜いて来る」
苦笑しながら、大塚さんはそう言う。
褒めてくださるのは純粋に嬉しい。しかも大ベテランのこの人に言われるのなら、天にも昇る気持ちというものだ。
「やっぱり、わかりますか?」
「君ほどの子役はいなかった。あれほど真剣に台本を読んで、大人たちに演技のことを聞いて、そして全身余すことなく表現を魅せつけていた。とても真面目で勤勉な子役なんて見たことがなかったよ。仕事の重みを知らないで流れでやってる子が多いからこそ、異端で目立っていた。だからこそ、輝いて見えた」
姉さんを探すのに必死で、姉さんを見付けた後は姉さんを支援するために必死で。一つでも多く仕事が欲しかった時期だ。
お金に執着してる子役なんて、子どもらしくはないだろう。なんてませたガキだったんだろう。当時の僕。
「ああも役に成りきる人物を、俺は他に知らないよ。引退したと聞いた時は惜しいと思ったが、こうして演技の世界にまた足を踏み入れてくれて嬉しい。俺は君のファンなんだ」
「……こんな子どもですよ?今は実績のほぼない新人です」
「あれだけ日本中を魅了しておいて良く言う。……でも、あの時からはまた変わったな。何もかもに必死だったけど、今はどこか余裕があるように見える。今の柔らかい君も魅力的だ。ウチの津宮が絶賛してたぞ」
「恐縮です」
そうか。大塚さん、津宮さんと同じ事務所だったのか。
で、あの人は事務所の先輩にも言いふらしているのか。
「今後は、声優として生きていくのか?」
「はい。実は怪我をしちゃいまして。それが子役の引退の理由なんです。俳優はできなくて、でも演技は好きで。それで流山社長に拾われる形で声優になったんです」
それからもカレーを挟みながら大塚さんと当時のことや声優になった経緯、今どうしているかなど話し合った。会計もご馳走になってしまい、ただただその人柄に感服してしまった。
家に帰るまでにやったのはSNSのプロフィール画面の編集。文章のところに尊敬する声優で大塚さんを書き足した。
するとすぐさまアプリに反応が。『パステルレイン』で共演している例の三人からだった。
「私・俺のことは⁉︎」
みたいな反応だったので、一声優として、先輩として敬っていますということを呟いておいた。こういうのはネタとして消化するのが一番だと思う。
自分のことも書いてと先輩方がうるさかったのでもう一度プロフィールを更新した。
尊敬する声優に流山社長を追加して、好きな声優に野原さんと高芒さんを足しておいた。
このことを高芒さんがSNSで根本さんたちにドヤ顔付きのつぶやきでマウントを取っていたのが面白かった。あと姉さんが脚本家の方のアカウントで一連の流れをリツイートしてるのも。
なんだか色々な人に声優『間宮光希』が認められた気がして、ようやく一歩を踏み出せたかなと思う。
──僕の声は、届いていますか?
あなたは今、笑っていますか?
あなたの声も聞かせてください。
僕ともっと、お話をしましょう。
まだ少しは距離があるけど、声は届く場所にあなたはいるのだから。
あの頃の僕とはちょっと変わっちゃったけど。僕は僕のまま。
あなたも、あなたのまま。
さあ、僕と一緒に笑いましょう?
もう踊れないけど。同じように追いかけられないけど。
いつでもお話はできるから。
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