4−1 間宮光希と『間宮沙希』
僕の最初の記憶って、姉さんと一緒に部屋で遊んでる時のことなんだよね。実家の部屋で積み木で遊んでる記憶。多分二歳の時のもので、姉さんは歳の離れた僕をよく可愛がってくれたよ。それは今の様子を見れば分かるでしょ。
父さんや母さんよりも姉さんに可愛がってもらった記憶が多いかな。母さんって結構淡白な人だったし、父さんも仕事が忙しかったからね。姉さんが面倒を見るのが当たり前だったんだよ。
で、いつからか姉さんがよそよそしくなって。その頃は僕も幼稚園に入ってたから僕の面倒を見る必要も少なくなったんだろうけど、それにしたって姉さんは日に日に落ち込んでいってね。
で、ある日。姉さんが母さんに怒られていてね。怒られて、というより怒髪天って言うべきかな。僕は怖くて何もできなくて部屋に閉じこもってた。
その次の日に姉さんは勘当されたようでね。家を出て行ったよ。当時十四歳の女の子を身一つで放り出すのは忍びなかったんだろうね。父さんが貯蓄を減らして姉さんの生活を支援してたんだよ。母さんにバレないようにコッソリとだけどね。
ん。まあそうだね。姉さんが勘当されたのは鈴華ちゃんがお腹にいたから。鈴華ちゃんも中学生になったから少しは分かるだろうけど、学生で、しかも中学校っていう義務教育中に妊娠なんて周りの目が厳しいし、親も何を言われるのかわからない。
だから母さん……君のお祖母さんはそういう風聞を気にして姉さんを勘当させた。潔癖症なんだよ、あの人は。
それで姉さんは地元の埼玉を離れて東京に行ったんだ。東京なら地元の目も誤魔化せるくらい真っ暗だし、仕事はありふれてるから君を育てながらでも生計を立てることができたんだよ。父さんの支援ありきだけど。
で、僕はそんな姉さんと離れ離れになるのが耐えられなくてね。僕を一番お世話してくれたのは確実に姉さんだったし、三歳で離れ離れになるなんて幼心に効いて。父さんから東京に行ったことは教えてもらったから子役になって探そうと思ったんだよ。
こらそこ、シスコンって言わない。いきなり家族が一人減っちゃったら悲しいよ。
僕が有名になれば姉さんと会えるかもって思ったし、お金をもらえれば姉さんの支援にもなるはずだから。
え?あ、うん。僕の子役としての給料は姉さんにそれなりに送ってるよ。東京は色々お金かかるから僕と父さんで支援したんだ。そうじゃなきゃ脚本家として成功するまでの姉さんの収入でシングルマザーは無理だよ。
それでも僕の貯蓄がいっぱいあるのかって?まあ、三歳から十三歳まで子役として引っ張りだこだったから。子役だけにしかできない役回りってあるし、学校にほとんど行けなかったくらいには有名だったよ。
当時の事務所で一番の稼ぎ頭だったからね。大人も合わせてだったらしいよ?芸能界って売れちゃうと本当に仕事がたくさんだからね。お給料もすごいことになるよ。税金ですっごく持っていかれたけど、僕たち三人を養うくらいは余裕だって父さんが言ってた。
姉さんも僕をCMで見付けて、脚本家の募集をたまたま新聞で知って送ったら賞を取っちゃったって言ってたから、それでいいんだよ。僕たちの生活が安定したのなら、姉さんを見付けられたのなら、それ以上に良いことなんてないからね。
姉さんと再会した時には鈴華ちゃんももう五歳だったから覚えてるでしょ?あの頃はお兄ちゃんって呼んでくれたのになあ。実際は叔父さんだったんだから最近はみっちゃん呼び固定だね。
この見た目で叔父さんって呼ばれるのも微妙だから良いけど。
僕が子役になった理由なんてシンプルでしょ?今ではすっかり演じることが楽しいけどね。きっかけなんてそんなものなんだよ。
鈴華ちゃんはさ、売れる子役ってどんな人だと思う?
容姿が優れてる。うん俳優さんでもそうだからね。正解。僕のこと可愛いって言わないで。
声が良い。子役はそこまで重要視されないかな。声変わりもあるから気にされることは少ないかな。不正解。良いに越したことはないけどね。
滑舌が良い。それはそう。劇団とかに入って言葉の発声は子役でもかなりさせられるからね。正解。言葉を伝えられなくちゃ意味が通じないから、劇団ではすごく徹底した指導が入るよ。
表現力。演技力。泣いてるシーンとかで悲しい表情ができなかったら仕事を回してもらえなくなるからそれも正解。これもやっぱり劇団で喜怒哀楽を表現できるように指導されるよ。
記憶力。台本の覚えが良いと監督とかの製作陣に喜ばれるからね。正解。
あとは礼儀正しさとかかな。求められるもの多いでしょ。
たくさんいる子役ってね、どうして子役になりたいと思う?
純粋にTVに出たかったり、目立ちたかったり。あとは貧困家計だから親の収入を増やすためとかが多い理由かな。それで芽が出ないと飽きてすぐ辞めちゃうんだよ。子供だからね。
僕が売れたのってさっき言ったほとんどの条件を、時間を費やすっていう努力で全部強引にこなしてきたからなんだよ。滑舌や演技力、記憶力なんてものは劇団に必死に通って磨いてきた。
多分周りと僕の差はそこだ。どれだけ必死だったか、それだけのことなんだよ。幼少期の努力って凄い差が出るらしいからね。
僕は姉さんにもう一度どうしても会いたかった。幼稚園やら小学校やらを全て投げ捨ててでもね。劇団の先生にも驚かれたよ。これほど真剣な子供は初めて見たって。
僕が唯一姉さんを探せる手段だったからね。母さんに隠れて探すとなったらこれしかなかった。父さんも名義人になってるだけで住所や連絡先を知らなかったから、必死になるよね。
で、何もしなかったり普通の努力をしてるだけの子よりは努力の積み重ねが違う僕が選ばれるのはどこの世界でも共有できることでしょ。
本当は天才じゃなくて、影でジタバタしてる亀なんだよ、僕は。兎でもなければ、慢心しない他の動物でもない。寝る間も惜しんで与えられたことをこなそうとしてるだけのおかしな子供。
それが天才子役と言われた「間宮沙希」の正体なんだよ。
姉さんを見付けた後もいきなり引退しますは事務所や母さんに怪しまれるし、姉さんの生活状況も聞いたから続けたけどね。
その頃には他人になるっていうことの沼にはまり込んでいたけど。
そういうわけで順調にキャリアを重ねていって、僕は有名になって。僕も姉さんも鈴華ちゃんも生活は安定して。僕は不幸な事故によって子役を引退することになって。今は声優を続けてるんだよ。
流石に引退する時は走れなくなって利き腕もまともに動かせなくなったからなんて言えないから、学業に集中するためってことにしたけどね。
僕って昔からそうだけど、これって決めたことは周りを見ずに進んじゃうからさ。国語とかは台本を読む関係で問題なかったけど、引退してから久しぶりに行った中学校で国語以外の授業まるっきり分からなくて焦ったもん。
入院してる時は怪我したことで自暴自棄になってて不貞腐れてたから勉強なんてやる気が起きなかったけど、学校に通い始めた頃には何も分からなくて後悔したよ。暇な入院生活で勉強しておけば良かったって。
その証拠に教科書もノートも真っさらで綺麗なままだったからね。途中から授業を聞いたってわかるわけないよ。
今だってなんとか誤魔化してるだけで、鈴華ちゃんより勉強できない自信があるなあ。小学校の頃の知識がないから、無理矢理埋めた知識のせいで虫食い状態だろうし。だから一回も鈴華ちゃんに勉強教えたことないんだよね。
僕がバカだから。
「バカでも良いじゃん。お母さんは愛されてるなあ。みっちゃん、わたしやお母さんのためにありがとう」
「いえいえ。でもこれって結局僕の自己満足なんだよ。姉さんは僕たちに関わりたくなかったかもしれないし」
「そうは思ってないんじゃないかな?お母さん、すっごく笑顔が増えたよ?みっちゃんが子役を辞めた時は悲しんでたけど、結局声優になったってわかったから落ち込んでる期間は短かったし」
「それなら良いんだけど」
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