3−4 声優としての二歩目
木曜日。今日は声優としての仕事がない。学校には行ったけど、これといって何もなかった。ありきたりな高校生の平日だったと思う。
その代わり姉さんが仕事で泊まりのロケハンがあるということで鈴華ちゃんを預かってくれということで僕の部屋に泊まりに来ているというイベントがあった。中学生を一人で家に居させるのも危ないからね。
こういうことはたまにある。姉さんだって子供の鈴華ちゃんをずっと現場に連れていける訳ではない。いくら関係者の娘だと言っても予算が降りるわけじゃないから宿泊費や移動費は自前になる。そんなお金、シングルマザーの姉さんは毎回払えない。
だから僕が東京に来てくれて助かったと言っていた。僕も姪の鈴華ちゃんを泊めるくらいなんてことないから助けになれてるなら良いな。
そんな鈴華ちゃんは学校帰りにそのまま僕の家に来て、僕の家で寛いでいる。もう何度も泊まっているから勝手も知ってる。
鈴華ちゃんはカバンから携帯ゲーム機を出すと、ソファでゲームを始めた。タイトル画面の起動音で『スターライト・フェローズ』だとわかったけど、まさか僕の前で乙女ゲーム始めるなんて。
「鈴華ちゃん、僕の前でよく乙女ゲームできるね」
「みっちゃんはみっちゃんだもん。みっちゃんも気にしないでしょ?」
「まあ、気にしないけどさ。中学にゲーム持ってくなんて大胆だねえ」
「高校生も学校に持って行ってるでしょ?」
「そういう人もいるね。でも中学校ってゲーム禁止じゃない?」
中学校って結構そういうのは厳しい。ゲーム機はもちろん、スマホも禁止だ。許可されてる中学校なんてないんじゃないだろうか。私立でもそういう場所はないと思うし、鈴華ちゃんが通っているのは都立だ。
一般的な都立の中学校は全部禁止だ。高校なら緩くなるけど、高校によってはゲームとか携帯禁止になってる場所もある。僕のところは自由なのでどっちも許可されている。休み時間にゲームをしている人はそれなりにいる。
今は専らスマホでゲームをしている人が多いだろうか。
「ノートとかの下に隠しておけばバレないよー。カバンの中見られることはないし、学校でやるわけじゃないもん」
「あ、なるほど。そもそもやってたら没収されちゃうか」
「そうそう。スマホは親との連絡用に許可されてるけど、授業中は先生に預かられちゃう」
「中学ってそうだよね」
義務教育だから仕方がない。そもそも昔は小学校ですら連絡用の携帯電話も禁止だった。姉さんに聞いたけど昔はテレフォンカードや十円玉を持って自宅に電話をかけていたのだとか。
僕は小学校にもまともに通ってなかったし、その時にはお守りケータイを持っていっていいことになってたからそれで連絡を取ってた。
高校は義務教育じゃないから色々持っていっても怒られない。限度はあるだろうけど、僕の学校は緩いから多分何を持っていっても許される。
「みっちゃんの家に行くならこういう暇つぶしの物も必要でしょ?」
「僕の家は娯楽がないからね」
「高校生の一人暮らしで、女の子の娯楽がたくさんあったら変だと思うよ?少女漫画があるのは知ってるけど」
「原作を知るためにね。『パステルレイン』以外は少女漫画なんてないよ」
更に言えば他の少年漫画すら買ってない。小説や映画は読むのに漫画ってあんまり読まないんだよね。声優としては珍しいようで、他の声優さんは漫画やラノベを好んで読んでいる。僕のようにあまり漫画やラノベを読んでいないのは社長とかのように子役や俳優上がりだと珍しくないんだけど。
声優ってアニメが好きな人が多いから、ほとんどの人は漫画やアニメが好きだ。この作品に出たい、とかって目標がある人が多い。
僕は今や演技が好きで、できる場所が声優しかないから声優をしている。だから好きなアニメ作品とかをインタビューで聞かれると困る。
夕飯どうしようかなと考えていると、そう言えばゲーム起動音が聞こえてきたことに疑問を抱くべきだった。
「鈴華ちゃん、イヤホンは?」
「え?持ってきてないよ?」
「えー?恥ずかしくない?」
「んー、別に?むしろみっちゃんの方が恥ずかしくない?だって」
『ふふ、今日は体調が良いんです……。何か兄さんについて聞きたいことはありますか?』
ゲームから僕の、いや正確には『ゲイルの弟』の声が。
それを見せてにししと笑う鈴華ちゃん。
「どうどう?自分の仕事を身内に聞かれるって」
「うーん。僕の耳が直接聞く声と、録音された声って結構違って聞こえるからなあ。それにその時の僕っていわゆるトランス状態みたいなもので、あんまり僕って自覚ないんだよね」
「そういうもの?」
「僕はね。他の人はそこまで役にのめり込んでいる人は珍しいって」
「ふーん?」
そう答えるとあんまり興味がなかったのか、ゲームの続きをする鈴華ちゃん。一般人にとって演技なんてちゃんと聞けて違和感がなければ特に興味ないんだろうな。
そして僕の問答がゲーム機から聞こえる。ついでに主人公役の福圓梨沙子さんの声も。兄のゲイルについて知りたい主人公が僕の役に質問することでずっと僕と二人で話す場面が続く。
ゲームを続ける前に早めに準備しないと。
「鈴華ちゃん、夕飯は何食べたい?」
「お手製ハンバーグ!」
「えー、手作りじゃないとダメ?」
「ダメ。みっちゃんの手作りなんて滅多に食べられないんだから。他の声優さんには食べさせたんでしょ?」
ああ、そう言えばあのゲーム配信見てたんだっけ。他人に食べさせたんだから鈴華ちゃんに食べさせないのは理屈が合わないよなあ。
冷蔵庫の中と他の材料をキッチンの下から確認して必要なものはスマホのメモに打っていく。
「じゃあ鈴華ちゃん。スーパーに行ってくるから鍵閉めて出かけるね」
「はーい」
女子中学生を一人にしておくのはまずいから鍵をかけていく。
近くのスーパーに行くとそこには近所に住んでいると思われる根本さんが買い物をしていた。
「あ、みーちゃん。こんばんは」
「根本さんこんばんは。お夕飯買いにきたんですか?」
「そう。って言ってもお惣菜とか出来合いのものだけどね」
そう言って籠の中を見せてくれる。メンチカツとポテトサラダだ。ご飯だけはないみたい。
「やっぱりご飯作る時間はないですか?」
「そうだねー。私声優としての仕事がない時は結構配信してるから、ご飯作る時間はあんまりないんだよぉ。みーちゃんが作ってくれると嬉しいな」
「すみません、僕も学業があるので……。毎回あんな風に作ってるわけじゃないです」
もう少し男女関係を気にしてほしいなあ、この先輩は。だからこそ『二代目ヤバくておもしれー女』なんて呼ばれるんだろう。
それに今日は鈴華ちゃんがいるんだから余計に作ることなんてできない。アレはゴリ押しされたから仕方なくで、特例だ。
「みーちゃん今日はどうするの?」
「今日は宿題がないので作ろうと思いますけど」
「えー?じゃあ今日もお邪魔しちゃおうかなー」
「いやいや、勘弁してください。明日の台本チェックもするんですから」
「ああ、『パステルレイン』の収録あるもんね。読み合わせは……恥ずかしいか」
えへへと笑う根岸さん。この前の収録でセリフ飛んじゃったからそういう気恥ずかしさもあるんだろうな。
あと今回の台本じゃ僕との会話は少ない。むしろ僕が会話するのは根岸さんの演じるキララちゃん以外との会話が多い。
それよりも気になることが。
「読み合わせなんてすることあるんですか?」
「同じ事務所だとたまにあるよ?共演がなければ読み合わせとかできないからね。他の人に読んでもらったら雰囲気や読み方が違ってむしろ混乱しちゃうし」
「ですよね。確かに僕と根本さんは家が近いから読み合わせができるんでしょうけど、お互いの家に行くところをファンにでも見られたらうるさそうですからやめておきましょう」
「カラオケとかでする?」
「それはそれでカラオケデートと思われるんじゃ?」
「やだみーちゃん、お姉さんとデート行きたいの?」
「いえ、懸念してるだけで」
こんなスーパーで照れた顔をしないでほしい。いや、デートなんて単語を使った僕が軽率だったか。
「とりあえず次の回はそこまで掛け合いがないのでなしですかね」
「そうだったっけ?じゃあ掛け合いが多い時はどこかで読み合わせしよーね」
そう言って根本さんと別れる。一番近いスーパーで会うなんて、本当に家が近いんだな。ハンバーグ用の挽肉その他を買って家に帰り、すぐにタネを作る。
夕飯まであまり時間がない。鈴華ちゃんにお腹空いたって駄々言われても困る。そこは姉さんと一緒で僕には結構無理難題を言う。
そこも可愛い二人のためだから気にしないけど。鈴華ちゃんは姉さんのマネなんだろうと思うと余計可愛いし。
「おいしー!」
と言うわけで煮込みハンバーグは好評だった。わざわざ作った甲斐があったというものだ。
「そう言えばみっちゃんってどうして声優になったの?ラジオで言ってたのは嘘でしょ?」
「僕関連の奴全部聞いてるの?」
「お母さんがチェックしてるものはねー」
「……うん、まあ。子役が続けられなくて、演技を続けるには声優しか選択肢がなかったんだよね。今では他の人になり切るっていうことが好きだから妥協とかじゃないよ?……んーと、鈴華ちゃんって僕が子役になった理由知ってるっけ?」
鈴華ちゃんは首を横に振る。
僕の原点。
幼少期のすっごいちっぽけで、とっても大切な理由。
「姉さんを探したかったんだよ。一人しかいない姉さんと離れ離れって、受け入れられなかったからね」
「……それって……」
「うん。鈴華ちゃんを妊娠してたからだね。当時姉さんが十四歳。僕が三歳の時の話」
子供の突拍子のない行動理由。
理由も行動もめちゃくちゃで、それが天才子役だなんて持て囃されてしまって。
そしてそんな不純な理由で始めたために天罰が下った。そうして俳優業界から追放されたイカロス。
それが「間宮沙希」の正体だ。
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