3−1 声優としての二歩目
入学してから、特に変わったことはなかった。僕を知っていそうな人も話しかけて来るようなこともなかった。めっちゃ見られるけど。
仕事も基本は放課後に入れてもらえていたので学校を休む必要はなかった。あった仕事は海外のホームドラマの吹き替えが一件と、とあるアニメ情報誌の取材。
ホームドラマもモブだったのでセリフは少なかった。これは流山社長のコネで得た仕事。野原さんと高芒さんも一緒に仕事をした。もちろん社長も。
アニメ雑誌は『パステルレイン』関連のインタビュー記事だった。これも聞かれたことに答えただけ。それと一緒に何枚か写真を撮った。こういうインタビュー記事は写真を撮って載せることが増えた。
声優も顔出しが増えたなあと思う。バラエティとかにも出るからね。
舞台や朗読劇、イベントで顔を出すならわかるけど、写真集とかこういうアニメ誌とかでも平気で顔写真を出すようになった。でもこういうのって需要があるから亡くならないんだよね。
そんなに声優の顔写真って欲しいかなって思っちゃう。
さて、もうすぐ夜の七時という時間に僕は仕事があった。これ、仕事って言って良いのかわからないけど報酬は事務所を通じて払われるということだし、企画の説明を聞いていたので何をやるかは聞いている。
けどこれ、タイトル詐欺だと思うんだよね。
タブレットでとある配信画面を見ている。そのタイトルはこうだ。
『【根本明菜】夜の女子会はっじまるよ〜!【東條春香、福圓梨沙子、サプライズゲストも⁉︎】』
うん。女子会らしい。で、サプライズゲストが僕だ。
これ流山社長も凄く念入りに他の事務所に確認を取ったけど、全員許可をくれたらしい。根本さんと東條さんは『パステルレイン』で共演してるから良いらしくて、福圓梨沙子さんは今度共演することがあるからと許可が出たらしい。
福圓さんは根本さんと同じ事務所なんだとか。そういう繋がりでたまに動画配信のゲストとして呼んでいるらしい。
「はい、時間になったので配信始めていきますよ〜!皆さんこんばんは!根本明菜でーす!今日はタイトル通り、女子会やっていきたいと思います!」
タイトル通りじゃないんだけど。
コメント欄では誰がサプライズゲストか予想している。めちゃくちゃ女性声優の名前が出たり、根本さんに挨拶をしたり。何故か僕の名前が複数出たり。
……コメント欄こわ。
「おきまりのゲストさんはもう呼んじゃおーね、二人ともどぞ!」
「あ、じゃあタイトルに書かれてる順で。東條春香でーす。今日もよろしくお願いします。で、リサっち」
「はーい。福圓梨沙子です。今夜もお願いします」
この三人で配信することは結構多いためにいつものメンツのようだ。それぞれの自宅からグループ通話をするアプリを使って音声を集めて、根本さんが配信に乗せているのだとか。
僕は配信主になってやったことがないからよくわからない。この前この部屋で録った時も根本さんが全部準備してゲームやってただけだし。
「はい、二人ともありがとう!今日はね、女子会だからお酒でも飲みながら雑談していこうかなって思ってます!リスナーの皆さんも飲み物とか食べ物とか用意して聞いてね」
「明菜〜。さっさともう一人呼んじゃってよ。あたしが待ちきれん」
「もう、ハルちゃんったらせっかちなんだから。じゃあそんなハルちゃんのためにサプライズゲストを呼んじゃうもんね!では、どうぞー!」
呼ばれたので配信アプリを繋げてスマホに向かって声を出す。
「皆様、初めまして。サプライズゲストの間宮光希です。……男ですみません」
僕が声を乗せた瞬間、コメント欄が凄い勢いで流れていく。「www」が一番多いだろうか。女子会じゃないというコメントや、予想が当たったなどと喜んでいるコメントもある。
男じゃんと怒ってるコメントも。そうだよね。女子会って言っておいて男が来たら怒るよね。根本さんと共演したことある人や歳が近い女性声優の名前を挙げていた人こそ正しい姿だと思う。
なのにコメント欄は根本さんの配信を見たことあるからか、根本さんのファンだからか、「みーちゃんだ」みたいなコメントばかり。
調教されてるなあ。
「ようこそみーちゃん!さあコメント欄よ。この配信は全ての事務所の許可を得ています!つまり、合法!公式!責めるなら私の事務所かハルちゃんの事務所に!」
「あたしの事務所をスケープゴートにするな⁉︎許可は出したけども!」
「まあ、事務所もわたしたちも容認していますので、間宮くんを責めないでください。わたしたちに巻き込まれたようなものなので」
この中だと福圓さんが一番の常識人かなあ。あ、でも事前に調べた限り福圓さんの評判って根本さんたちとそんなに違わない破天荒な人だったんだよね。
東條さんと同い年みたいだけど、福圓さんも結構な問題児というか。
今日の配信、いろいろな意味で大丈夫だろうか。
「女子会に男子が混ざってはいけないと、誰が決めた⁉︎」
「明菜、もう酔っ払ってる?」
「常識で考えると、ダメだよね。間宮くんは初めてのアニメレギュラーで明菜ちゃんに目を付けられたのが運の尽きだと思う」
「ここは果てですか。そうですか……」
「かんぱーい!」
「何の合図もなく⁉︎やっぱり酔ってるでしょ!」
根本さんが乾杯と言ったのと同時にコメント欄も乾杯と流れ始める。
訓練されすぎでは?
「じゃああたしも、乾杯」
「かんぱーい」
「乾杯です」
「みーちゃん何飲んでるの?」
「ココアです。未成年なのでお酒飲むわけにもいきませんし」
「カワイイ!女子会にいてもおかしくないね!」
今日の根本さん、本当にテンションがおかしい。お酒って怖いなあ。
「あたしは梅酒飲んでるけど、リサっちは何飲んでるの?」
「いつも通りちょい酔いです。お酒強くないので」
根本さん無視してゲスト同士で話してるけど大丈夫なんだろうか。
これ、全世界に配信されてるんだよね。見てるのは基本的に日本の人だけだろうけど。
こんなグダグダタイトル詐欺に投げ銭をしている人がいる。しかも高額投げ銭である赤色だった。値段までは見えなかったけど、赤色ってことは一万円以上。どんなセレブが投げたんだろうか。
「みーちゃん、リサっちとは初顔合わせ?」
「そうですね。現場でお会いしたことはありません。ゲームで一つだけ共演していますけど別撮りだったので」
「なんてやつ?」
「『スターライト・フェローズ』っていう乙女ゲームですね」
「わたし主役なんですよ〜。今度夏にアニメ化するんです」
福圓さんはプレイヤーが操作する女の子の声を担当している。五ルート全ての声を当てたために相当大変だったとか。
それとアニメ化は結構前に発表されていた。まあ、僕は多分出番がない。僕が出るゲイルルートは四番目の攻略ルートだし、こういうゲームがアニメ化する時は第一攻略対象のルートを映像化するのが通例だ。
第一ルートだと僕は影も形もないからね。アニメの時には呼ばれないだろう。
「話題作じゃん。あたしやってないけど」
「忙しいとゲームってやる時間ないですよねえ。わたしもできるだけ出演作のゲームはやるようにしているんですけど、全部には手が回らなくて」
「ゲームってクリアしようと思うと三十時間くらいかかるからね。『スターライト・フェローズ』はストーリー長いらしいからもっと?」
「クリアまでの平均プレイ時間五十時間超えらしいです。僕もゲイルルートとメインルートだけ終わらせましたけど、それでも二十時間以上かかってますね」
「ヒェ〜。みーちゃんプレイしたんだ。面白い?」
「面白かったですよ。最近のああいうゲームって男女問わず楽しめると思います。多分」
ラジオと違って座組がないから話が飛び飛びになる。お酒も入ってるから仕方がないんだろうけど。
これ、聞いてる人は楽しいんだろうか。コメント欄を見るけど、僕が乙女ゲームをやっていたのが意外というコメントが多い。
出演作をやっているだけなんだけどなあ。
「私も『スターライト・フェローズ』全クリしたよ!先輩はカワイイし、みーちゃんは泣かせにくるしアニメ楽しみ!」
「明菜ちゃんもやってたんだ。ありがと〜」
「僕はアニメに出るかわからないですね。モブですし」
夏アニメだともうそろそろ収録が始まりそうだけど、僕には声がかかっていない。けど正式発表があったわけでもないからお茶を濁しておく。
これで断言して違う結果だったら恥ずかしいし、出るかどうかを言うのは契約違反になりかねない。別件の方は正式発表まで言っちゃダメだとゲーム会社さんから言われてる。
三人ともお仕事が忙しいのか、ゲームはパーティーゲームや本当に気になる作品だけやっているらしくてそこまで数をやっていないのだとか。僕も学業があるしそこまでゲームはこなせないなあ。
そんなゲームの話をそこそこして、今日の本題に入ると根本さんが言う。
「実はこの場って、ただの女子会じゃなくてみーちゃんへの注意勧告の場でもあるのです。高校生声優になったけど、失敗してほしくないからね。私たち全員高校生でデビューしてるし」
「ああ、そうね。それにここにはしくじり先生もいらっしゃるし?」
「え?ま、まさかこの場ってそういうことなんです⁉︎明菜ちゃんと事務所に謀られた⁉︎」
「社長から先輩にはもう一度釘刺ししておくれって言われてますので、容赦しません。と言うことでこちら!『生放送での失言、態度には気を付けよう!プロデュースby梨沙子先輩!』」
福圓さんが慌てて、根本さんが放送画面にポップアップを表示する。
福圓さんは過去の生放送での事件で有名だから僕も知っていた。この前のラジオの生放送の後に社長からこういう失敗をした先輩もいるから気を付けなさいと動画を見させられた。
それが福圓さんの高校生時代の映像だ。
今は完全に払拭しているし、むしろこうやってネタにしているけど。当時は炎上してヤバかったらしい。
「みーちゃん、『宮下智紀事件』って知ってる?」
「こういう失敗しないようにって、社長から教わりました」
「あはははは!リサっち、マジで新人の教育に一役買ってるじゃん!」
「うわーーーー⁉︎当時はわたしも高校生で、自分の感情をコントロールできなかったんですぅ!」
「だからこそ、高校生のみーちゃんに良い教育になるんですよ。みーちゃんは相手の宮下智紀さんについてはどこまで知ってる?」
「知らない日本人いるんですかね?今年羽村涼介さんと一緒にメジャーに行って、早速活躍してるってニュース番組で毎日放送していますし」
野球に詳しくなくても日本人はかなり知ってると思う。二十三歳の若さでメジャーに行った日本を代表する投手。開幕したばかりのメジャーリーグで初登板初勝利をしてこの前ニュースサイトのトップに記事が出ていた。
羽村涼介さんも開幕戦からスタメンキャッチャーとして出ていて、もうホームランを二本打っているのだとか。
二人とも高校生の時から有名で、プロ野球でも活躍して、今やメジャーリーガーだ。その実力から日本で知らない人はいないんじゃないだろうか。
「リサっちは高校生の時からその宮下さんのファンでねえ」
「彼が中学の時からです!」
「……とまあ。こんな強火のファンでね。この態度を生放送でやっちゃったもんだから燃えちゃったの。みーちゃんはこうなってほしくないから詳しく説明するね?」
「宮下さんはあたしらの一個下なんだから、あたしの発言間違ってなくない?確かU-15で知ったって言ってたし」
とまあそんな感じで失敗しないようにという実体験を基にした講義が始まった。何でもかんでも口に出さないこと、隠すべきことは隠すこと。
誰かのファンでいることは別に構わないけど、相手や自分のファンの迷惑にならないようにすること。
そんなことを力説されたけど、これ根本さんと東條さんには言われたくないような。僕への態度は大丈夫なんだろうか。
福圓さんは当時、宮下さんの名前は出さなかったもののほぼ特定できる情報を羅列してしまった。そして顔を真っ赤にして恋愛感情はありませんと言ってしまったのだ。
そのことを逆張りだと判断した一部の元ファンが暴走。ただ燃えたにしては宮下さんが当時から野球界で注目の選手だったからか、彼を知る人が炎上を抑えてくれたらしく昨今の炎上に比べれば大分マシだったらしい。
で、その燃えただけなら注意すべき失敗談だったわけだけど。
なんと福圓さんは次の週の同じ生放送で宮下さんへの愛を開き直ったのだ。
「アレは見てて冷や冷やしたわ。明菜もあの生放送見てたクチ?」
「見てたよ。養成所の先生に一歩間違えたら同じようになるから見ておけって言われて」
「その反省活きてます……?」
そんな失敗を実際に見ていたのに、僕の部屋に上がり込もうなんて発言するとは思えないんだけど。
いや、これでなんだかんだファンに愛されているところが福圓さんと同じで、二人は息が合ってるのかもしれない。
それとさっきから当の本人の福圓さんは一切会話に入って来ずにお酒を飲んでいる音だけが聞こえる。恥ずかしいだろうからお酒に逃げてるんだと思う。
「その生放送の前からリサっちは注目されてたけど、今では代名詞の『ヤバくておもしれー女』って評価を確立したからね」
「そして私は『二代目ヤバくておもしれー女』!」
「すっごい事務所だわ。そっちのマネージャーさんや社長にお会いしたことあるけど、リサっちに続いて明菜まで出てきて、制御困難だって頭抱えてたもの」
「えへへ。褒めても何も出ないよ〜」
「褒めてないわよ」
これが類は友を呼ぶという奴か。
というか社長さんたちの目が節穴なのでは?それか本性を隠して採用されたのか。
「みーちゃん。この二人は特殊ケースだから、真似しないように」
「できませんよ。真似したら『ヤバくておもしれー男』になっちゃうじゃないですか」
「そうなったらお揃いだね!」
「そんなことでお揃いになりたくないです……」
それ、お揃いになって嬉しいんだろうか。根本さんの感覚がわからない。
そんなこんなで話していたらもうすぐ二時間というくらい放送をしてたので根本さんが閉めることに。
最後に何か宣伝があるならどうぞということで東條さんから。
「明日『パステルレイン』のラジオあるからよろしくくらい?」
「梨沙子先輩は何かあります?」
「直近はないかなぁ。出てる作品を見てくれたら嬉しいです」
「みーちゃんは?」
「海外のホームドラマの『スペクタルファミリー』の吹き替えに参加させていただきました。BSで五月から放送予定です。ペパームーンの声優一同総出で出演しているのでそちらを見ていただけると嬉しいです」
「予約しておくね!」
他にも出ている作品はあるけど、どれもこれも情報解禁になってないから言えない。表に出せる作品って『パステルレイン』と今言った『スペクタルファミリー』くらいだ。
この前のアプリゲームとか、福圓さんとの共演予定のゲームの話もできない。特に後者なんて僕もまだ収録していないから情報が解禁になっても話せることがない。
ということで配信も終わる。終わったことを松村さんに報告して、さっきの出演者にありがとうございましたと連絡アプリで伝えておく。
福圓さんと今後共演するけど、これが初絡みで良かったんだろうか。
でも三人とも、僕にこんな失敗をしてほしくないからと今回の企画を立ててくれたのだろう。あと各事務所も。福圓さんは被害者だけど。
八年前と違って今は炎上しやすいからなあ。うん、僕はこの教訓を活かすぞ。今日の三人を反面教師にする。
明日の『パステルレイン』の収録のためにもう一回台本を読んで、お風呂入って寝よう。
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