2−5 事務所と学校

 入学式はなんてことなく終わった。行進もただ前の人についていって並べられた椅子の奥から詰めていくだけだったし、話を聞いていたら終わった。名前の点呼とかもなかったから本当に座っていただけ。


 入学式が終わったらクラスメイトと自己紹介をして終わり。もちろん声優だなんて言わなかった。担任の先生にだけは伝えているし、その先生も学校側には話が通っているとか。クラスではきっと特定の曜日で休むサボりくんと思われるだけだろう。


 僕としては入学式で驚くことがあったから解散して外に出ると予想通りの人たちが三人校門で待っていた。社長は話を聞いてたから気にしてないけど、まさか他の二人も来ているなんて。


「野原さんと高芒さんまで来てるとは思いませんでした……。仕事なかったんですか?」


「俺は今日なーし。台本読むくらいだから来た」


「私も〜。社長と野原さんに日程を聞いたらオフだったから来ちゃった」


 野原さんはそこまで売れっ子じゃないからスケジュールに余裕があってもおかしくないけど、高芒さんはウチの事務所では売れっ子に分類される女性声優だ。


 高芒琴音さん。


 根本さんと同い年、同じ養成所だったらしくて仲が良い女性声優。染めた金髪に毛先だけ赤いメッシュを施して、かなり髪を伸ばして弄っている印象が強い可愛らしい声の人。今日は後ろで一房に縛っている。


 声優に詳しい人なら高芒さんを見てすぐに声優だってバレちゃうと思う。今日は変装のようなこともしてないし。


 顔を売り出しているわけじゃないし、東京って有名人がたくさんいるから本人のそっくりさんだと思われてあまり声を掛けられないらしいけど、気付く人は気付いてサインを求められることがあるとか。これは俳優の大先輩の話だったかな。


「それにしてもみーちゃん、もう高校生か。早かったね〜」


「高芒さんまでその呼び方……。根本さんの影響ですか?」


「うん。アキナってば電話でもずっとみーちゃんの話してるよ?」


「相変わらずのようで……」


 根本さんは僕がいない場所でもそんな感じなのか。何がそんなに彼女の琴線に触れたんだろう。全く心当たりがない。


「光希。どう?学校に知り合いいた?」


「多分いないと思います。中学が同じだった人も、全員の顔と名前を知っているわけじゃないですし……。ただ僕を凝視してきた人が三人くらいいたので、その人たちは僕の仕事知ってそうです」


「中高生もアニメ見る子が増えたものね。クラスにはいた?」


「女子で一人。声は掛けられませんでしたけど、どうしてここにいるんだって目でずっと見られたので知ってると思います」


「ひゃ〜。モテモテだぁ、みーちゃん」


「僕のこと知ってるだけだと思いますよ?ほら、津宮さんのファンだっているでしょう?その繋がりで僕をたまたま知ったとか。あとは『パステルレイン』が好きな女の子」


 社長に知り合いとファンっぽい人がいるかの確認をされて答えたら高芒さんが頬に両手を当てながらポ、とでも言いたげに顔を赤くしていた。


 多分そういう意味じゃないと思うんだけどなあ。


 芸能人に恋してる一般人って居るんだろうか。いやでも、たまに過激な行動をするファンがいるか。特に女性声優が結婚を発表して男性ファンがファンを辞めたりとか。そういう話って男性でよく聞くから女性ファンは大丈夫な気がする。


「バレちゃったならさっさと言っちゃいなさいよ?隠してたっていつかは知られちゃうんだから」


「はい。自分から言いふらすつもりはないですけどね」


「それで良し。じゃあ写真撮ってご飯食べに行きましょうか。野原と高芒も焼肉奢ってあげるわよ」


「アザーっす!ぶっちゃけそれ目当てで来ました!」


「わーい!お肉大好き〜!」


 この二人、僕の入学祝いの焼肉に惹かれて来たのか。まあ、そうじゃなかったらわざわざ僕の入学式に出席しないよね。


「そういえば二人って何て言って入ったんですか?」


「間宮の親戚って言っておいた」


「私も〜」


 そんなので入れるんだ。親戚までは調べられないだろうから学校側も調べようとしなかったんだろうけど。


 社長は保護者代理になってるから問題なしとしても。不審者とか入ってこないだろうか。心配だ。


 それから入学式の立て看板の前で四人で写真を撮って。チェーン店ではあるけどちょっとお高い焼肉食べ放題に行って食事を楽しんだ。制服に焼肉の匂いをつけないために一旦家に戻って着替えてから行ったけど。


 焼肉を食べ終わったら解散して、僕は姉さんの家に向かった。鈴華ちゃんの入学を祝うためだ。


 そのはずだったんだけど。


「みっちゃん。正座」


「え?何で?」


「この動画。いくらお仕事をしてる人だからって、女の人を二人も家に上げるのはどうかと思います」


 鈴華ちゃんが見せてくるのは動画サイトに上げられた根本さんの動画。みんなでレースゲームをやった時のものだ。


 アレェ。鈴華ちゃんに声優だって話してなかったのにどうやってバレたんだろ。


 そう思って姉さんの方を向くと、片手でごめんとジェスチャーをしていた。


「光希のSNS更新した画面見られて、バレちゃった。通知ONにしといたからさ」


「あー、フォローしてるとスマホのトップに出ちゃうんだっけ?」


「そうそう。あたし画面が見えないように蓋してるわけじゃないからさ。風呂入ってる時に更新通知届いて、それ鈴華に見られた」


 それはしょうがない。僕だってスマホはカバーと保護フィルムをつけてるだけで、画面が見られないように蓋なんてしていない。


 バレちゃったものはしょうがないから、大人しく正座をする。


「鈴華ちゃん。お仕事のことを黙っていてごめんなさい。あと、女の人を部屋に上げちゃったことも」


「ウンウン。みっちゃん、隠し事はダメだからね?」


 中学に上がったけど、こういう年相応に表情をコロコロ変える鈴華ちゃんは可愛い。さっきまでブスーっとしてたのに、僕が謝ったら上機嫌だ。


 多分従兄弟のお兄ちゃんを盗られたみたいで嫌だったんだろうなあ。


「でも何で声優だってこと黙ってたの?お母さんのこともあるから、別に変なこと思ったりしないよ?声優になりたいって子も結構周りにいるし」


「そうなの?うーん、まあ黙ってたのは、まだ声優として駆け出しで仕事も少なかったから胸を張って声優ですって言えなかったからなんだよね。アニメにあんまり出てないから僕を見付けるのも大変だろうし」


「光希はちょこちょこゲームになら出てるんだけどねえ。あと吹き替え。っていうか鈴華ったらアンタが出てるのに気付かなかったのよ?」


 そう言って姉さんが見せてくるのはゲーム機のある画面。何だか凄く見覚えのある絵柄のタイトル画面だった。テレビにも繋げて携帯ゲーム機としても使える最新ハードで販売されたいわゆる乙女ゲーム。


 僕もメーカーさんから完パケとしてソフトを貰ったなあ。『スターライト・フェローズ』。


「お母さん!わたしまだゲイルルートやってないもん!」


「あ、そうなの?他の人のエンディングだと光希の名前って出てこない?」


「最近のゲームのエンディングってルートに出て来た人の名前しか出てこないの。エンディングでネタバレになっちゃうから」


「あれ?じゃあ鈴華ちゃんはゲイルルートやってないのに何で僕が出てるって知ってるの?」


「お母さんにみっちゃんのウィキ見させられた」


「姉さん……」


 クリアしていないゲームの関連ウィキ見せるのって、酷いネタバレじゃないだろうか。僕のウィキも結構更新されてゲイルの弟もちゃんと載ってたもんな。


 でも最近って攻略サイト見てゲームをするのが普通なんだっけ。僕もネタバレ気にしちゃってあまりそういうサイトは見ないで進めるからなあ。『スターライト・フェローズ』はゲイルルートをやりたくてゲーム会社の人にルートに入る方法を教えて貰った。


 その時は発売前だったから攻略サイトなんて何も載ってなかったんだから自力でやるしかなかった。


「最近のゲームってそういう配慮してるのねえ」


「乙女ゲームとか、複数ルートあるゲーム特有じゃないかな?RPGとかだとエンディングって少ないからそういう配慮をしなくていいんだろうし」


「スマホゲームなんてエンディングがなかったりするものね。まあでも光希はこれから声優としても売れていくでしょ。元天才子役なんだから」


「だといいけどね」


「もう正座もやめなさいよ。これからは女の人を同業者とはいえ軽々しく部屋に上げないこと。お酒とか飲まされて有る事無い事吹聴されても困るでしょ?」


「まあ、うん。気を付ける」


 そこまでする同業者、いるかなあ。でも前のパーティーゲームはあれが特例だっただけで同じようなことはもうないと思うけど。


 ご飯を食べさせるとかっていう理由がなくなったから、今度ゲームをやるとしても各自の自宅からオンラインで繋げば良い話だし。


「さて、今日は時間もあるから長編行くわよー。これなーんだ?」


 姉さんが新たに取り出すDVD。白いそれは録画しておいたドラマなどを空のDVDに焼いた物だろう。


 それに黒いマジックで書かれている文字は『破面ライダー X』。戦隊モノと一緒に毎年新シリーズを出している特撮だ。いつも日曜の朝にやっていて子供に大人気だ。


「『破面ライダー』?これにみっちゃん出てるの?」


「一世を風靡した超話題作よ。まあこの頃の鈴華は魔法少女が大好きだったからしょうがないか」


「鈴華ちゃん八歳でしょ?そんなものだって」


 小学校低学年の女子なら特撮に興味がなくてもおかしくない。むしろそんな子が特撮好きだったら相当親に英才教育を施されてると思う。


 それにしても懐かしいなあ。僕も好きで結構見返してる。出演者には完パケが配られるから僕も実家から持ってきているほど好きな作品だ。


 長編シリーズでBDの巻数も多いから姉さんの家に持ってきてないけど、まさかDVDに落としているとは思わなかった。


「みっちゃん小学生役で出てるの?」


「あー、まあそうだね。見てればわかるよ」


 今の僕では絶対できない役という意味では、凄い思い入れのある役だ。特に世間的にも有名な作品だから尚更。


 というわけで視聴スタート。『破面ライダー』は昭和から続く特撮モノで、色々と設定はシリーズごとに違うものの、全身を隠した機械的なスーツを着て怪人または悪の組織を倒すというもの。


 ライダーの名の通り基本はレーシングカーに乗るんだけど、作品によっては馬に乗ったりバイクに乗ったり未来兵器みたいな物に乗ったりと様々。この作品は初代に則ってレーシングカーに乗る。


 ライダーと呼ばれる変身する主人公は変身ベルトとかそういう変身するための道具を使って全身スーツに変身する。この変身グッズが男の子には大人気なわけだ。


 『破面ライダー X』では悪の組織と戦う警察の特務武装課に所属していた主人公が悪の組織の一拠点に侵入して、負傷してたまたま見付けた変身ベルトによって破面ライダーに変身する。


 口元だけ見える破面ライダーは、血反吐を吐きながら敵拠点を制圧してその圧倒的な殲滅力から特務武装課のエースになるというのが第一話。


 僕の出番は一話にはなかった。


 でもこの一話を見ないと話の流れがわからないから全員飛ばさずに見たけど。


 続いて第二話。ここで僕が出てくる。


 ランドセルを背負った、顔以外全部手袋とかで肌の露出を抑えた格好をした僕。そんな僕が夏だというのに長袖長ズボンで公園のベンチに座っていたためにお人好しの主人公が僕に話しかけるという場面。


「みっちゃんはみっちゃんだね」


「僕だってことには変わらないからね」


『ボウズ、暑くないのか?そんなまっくろくろすけで、長袖長ズボンって』


『……ウザイの来たなあ。警察が何の用?』


 画面の中の僕、すっごい嫌そう。この反抗的な餓鬼の姿が好評だったらしい。ストーリーを追っていけばその理由もわかるけど、出た当初は大丈夫かなと心配していた。


 元いた事務所の社長さんとかは長続きしているシリーズだからすぐに叩かれるようなことはないって太鼓判を押してくれた。ファンは長い目で見てくれるからって。実際その通りだった。


 この場面での僕は日常にいる変な男の子、くらいの立ち位置だ。少し話してここでの場面は終わり。


 この後主人公は破面ライダーとしての初実戦を正式に通達されて、怪人が暴れているところへ向かいその怪人を一蹴。


 破面ライダーの力を実感して増長しかけたところに、敵の奇襲があった。その砲撃の嵐の後に現れたのはなんともう一人の破面ライダーだった。というところでAパートが終わる。


「破面ライダーがたくさんいるのって珍しいの?」


「基本は味方だけにいるから、敵にいるのは珍しかな。戦隊モノだと敵に変身ヒーローがいるのはそこそこあったらしいけど、破面ライダーで敵も破面ライダーっていうのはこの作品が初めてなんだって」


「へー」


 鈴華ちゃんにそう説明しながら続きを見続ける。主人公は破面ライダーの力を手にしたばかりだから力を上手く使えず、敵の破面ライダー0にボロ負けを喫する。


 破面ライダー0は制限時間になったのでトドメを刺さずに撤退するが、このことで主人公は破面ライダーの力のことをちゃんと把握しようとする。


 ところ変わって悪の組織のサバトの場面。そこには数々の怪人と破面ライダー0の姿がある。


『しかし破面ライダーの力は強力だが、時間制限が厳しいな』


『それを補うための情報蒐集が必要だ。何、案はあるのだろう?』


 破面ライダー0の姿がいなくなり、そこには僕の姿が。


 それを見て鈴華ちゃんは声を上げる。


「ええー!みっちゃん悪い役だったの⁉︎」


「悪の組織の一員なんだよね。これが」


 ネタバレをしない程度に伝える。全部知っている姉さんは楽しそうに笑うだけ。


 というわけで僕を使って警察の情報を調べようという作戦が始まる。僕はなんてことなしに主人公に近付いて情報を得ようと暗躍するわけだ。


 EDが流れながら、僕が偶然を装って主人公に話しかける。


『あ、この前の警察のニーサンじゃん。またサボってんの?』


『サボりじゃなくて巡回中だっての。悪ーい奴がいないか見張ってんの』


『ふうん?ただ歩いてるだけでお給料貰えるって良い御身分だね』


『悪い奴がいたら駆けつけるんだから、歩いてるだけじゃねえっての。生意気な餓鬼だなー。お前友達いんの?』


『すぐそうやって友達の有無で人の価値を決め付ける。それが正義の番人のやること?』


『あーうっぜえ!お前本当に餓鬼かよ⁉︎インテリぶってんじゃねえぞ!』


 その後も主人公が怒りながら僕に話しかけて、僕はネチネチと嫌味を言う。そんな感じで二話が終わる。


 凄い伏線だよね、これって。


 悪い奴が目の前にいるのに見逃してる正義の番人。友達がいるのか。正義感の押し付け、本当に子供かという問い。


 見返したくなる理由がよくわかる脚本の上手さだ。姉さんも参考にするほど脚本の出来が良いと言っていた。実際面白いから凄い。


 ただこれ、大人の方が面白さわかると思うんだよな。戦隊モノとか破面ライダーものって子供向けの皮を被った大人向けコンテンツらしいし。


 そういうわけで夕食を食べてからもこの日はずっと『破面ライダー X』を見続けていた。決定的な場面までは行かなかったけど、十分に面白い作品なので鈴華ちゃんも食い入るように見ていた。


 面白い作品って男女問わず魅了しちゃうんだよね。やっぱり創作物の力って凄いなあ。

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