2−4 事務所と学校

 私、どこにでもいるオタクの少女冬瀬美恵ふゆせ みえ十五歳!ピチピチの新高校生。趣味は少女漫画と乙女ゲーム、ここに最近アニメ鑑賞も増えた。誰がどう考えてもオタクである。


 まあ、周りには隠してるんだけど。オタクってだけで攻撃されるんだから、隠してる人が大半なんじゃないかな。オタク友達はいても、一般の付き合いではオタクだということをカミングアウトしていない。


 世知辛い世の中だぜ……!


 ちょっとテンションが高いのは今日が入学式だから。新しい生活ってなんだかテンション上がるよね。ウェーイって騒いだりはしないけど。私は陽キャではなく、陰キャに分類されるんだから。


 最近良いことと悪いことがあった。こういうのは悪いことから話すべきだろう。


 悪いことは、受験を失敗したこと。


 志望校は都立だったんだけど、中二からオタク活動に邁進した結果成績が急降格。これにはお母さんに怒られた。


 だって乙女ゲームのヒーローたちが本当に魅力的なんだもん……!私を虜にした乙女ゲームたちが悪い!……いや、お母さんに本当にめちゃくちゃ怒られて、一時期ゲーム禁止になったけど。


 なんとか志望校の都立に受かるくらいの成績まで持ち直したんだけど、落ちた。その結果滑り止めで受けていた自宅から近くの私立に入学することに。せ、制服が緑色のセーラー服で可愛いから良いもん!


 私立柳ヶ丘高校は、正直あまり偏差値がよろしくない学校だ。その代わり部活動が活発で自由な校風が売りの学校。文化祭とか見に行ったけどとても楽しそうだった。


 オタ活が忙しいから、部活には入らない予定なんだけど!……一応文化部は見学に行くけどね。


 でも高校生になったらバイトしてお金を稼ぎたい。欲しい物が多すぎる……!お父さんがオタクに凄く寛容だからポンポンとお金をくれるけど、上限は決まってるし、いつまでもお父さんのお金でゲームなどを買うのは忍びない。だから社会経験を積むという名目でバイトをする予定。


 本音の方もしっかりと見抜かれてるけど、それはそれ。バイトの許可をもらえばこっちのもの。


 バイトとオタ活で忙しいだろうから、やっぱり部活動は入らないだろうなあ。


 志望校には入れなかったけど、高校生活はエンジョイするぞー!花のJKだもの。


 この受験を失敗したことが悪いことで、良いことはこれまたつい最近。応募したアニメのイベントに当選して生でイベントを見られたことだ。


 そのアニメは原作が少女漫画の『パステルレインの雨模様』。義兄弟に恋しちゃう最近話題の少女漫画だ。アニメ化が決まって一層話題になった。


 受験に落ちてすぐ、ヤケになってこのイベントの観覧応募を申し込んだ。で、当選して少し前にイベントに参加してきた。


 あくまで優先観覧席の応募だったから外れても現場に早く行って整理券をもらえば見られたんだろうけど、かなり近いところで本物の声優さんたちを見られるのだから優先観覧席の方が嬉しい。


 ブースがそこまで大きくなかったから結構な倍率だったはずだけど、まさか受かるなんて。


 このアニメイベントは是が非でも参加したかった。何でって、私の推しである声優が登壇するから。


 間宮光希君。同い年の、まだあまり売れていない声優だ。いや十五歳で売れてる声優さんってほとんどいないからそれもそうなんだけど。まだデビューして二年経ってないっぽいし。


 アニメで名前付きの役をやるのも今回が初めてだとか。今ではそのアニメイベント関連ですっごく有名になっちゃったけど、その前は本当に無名だった。ウィキを見ても太字になっているキャラがいなかったくらい。


 『パステルレイン』の奏太役が決まるまでウィキも存在しなかったくらいだ。


 そんなメジャーじゃなかった声優を私が知っている訳とは。


 間宮君が私のやっていた乙女ゲーム『スターライト・フェローズ』に、モブとして出ていたからだ。


 役柄としては攻略対象の一人の弟。声こそ付いているものの、名前もない役だった。攻略対象の弟なら名前くらいありそうだけど、そのゲームの設定で「病弱な貴族は貴族ではないとして、名前を与えない」というものがあった。


 いつもベッドにいるような弟はそんな貴族のルールで名前がなかった。そのため劇中では基本的に「弟」としか呼ばれなかった。ゲーム公式からも「ゲイルの弟」として扱われ、名前はついに明かされなかった。


 で、この弟なんだけど。ゲイルを攻略しないと現れず、登場シーンは少ない。そしてルートの途中で病死する。学園で喧嘩に明け暮れていたゲイルの心からの理解者であり、そんな弟が死んだことでゲイルと主人公が一気に恋人になる重要な役。


 ゲイルが喧嘩に明け暮れていたのは名前も与えられない弟の境遇をバカにした者を我慢ならず殴り飛ばしたから。そうして制裁をしていくうちに、喧嘩のしすぎで周囲から距離を置かれた。


 「弟」はそんな優しい兄に感謝して、ずっと兄を案じていた。唯一の味方だったから。


「兄さん、僕のために兄さんが嫌われるのは我慢なりません……。ケホッ、ケホ!……僕が長くないのはわかってますから……」


「アルタイル家を継ぐ兄さんが、僕なんかのために悪評を浴びてはダメです……」


「○○(主人公の名前)さん。兄さんをお願いします……。凄く不器用で、手が出てしまう困った兄ですが。僕の尊敬する兄様ですから」


「あなたと兄さんの仲を応援する理由ですか?ふふ、だって、兄さんが僕に女の子を紹介したのはあなたが初めてですから。きっと、そういう星巡りなんだと思います」


「兄さん……。僕は、あなたに迷惑をかけてばかりでした……。それが、不甲斐ないです……」


「……最期くらい、兄さんの笑顔を、見たいなぁ……。僕の大好きな、ヘタッピな笑顔を……」


「ホント、笑うのが下手だよね……。もっと、練習しな、きゃ……。愛想、尽かされ、ちゃ……ぅ」


 最期まで健気な彼に、全ユーザーが涙したと言っても過言ではない。


 彼はゲイルを語る上で欠かすことができず、ネットやSNSには彼ら二人がセットで描かれたファンアートがたくさんある。主人公も合わせたスリーショットも多い。


 ここまで人気な理由は理不尽なストーリーもそうだけど、とにかく間宮君の透明感が半端なかったからだ。そこにいるのに消えそうな儚さ。けど兄を案じる健気さと強さ。それらが混じった病弱な少年を、完璧に演じ切っていた。


 中には過激なお姉さまがゲイルをほっぽり出して「弟」を救おうとファンアートや二次創作を執筆するほど。


 私もどハマりして、EDクレジットで名前を見付けて調べたほど。当時ウィキがなくて、間宮君の名前を必死に探したほどだ。


 そんな彼が私も大好きな少女漫画で大きな役を貰って、一気に知名度が膨れ上がったのはとても嬉しかった。そのおかげでウィキや事務所の情報なども手に入って彼の声を聴く機会が増えた。


 完全に沼に嵌ったよね。ムリぽ。


 イベントで結構近くで間宮君を見れて、可愛らしい顔をしていて驚いた。写真なんて宣材写真くらいしかなく、その宣材写真も微笑むくらいのもので実際の彼の表情なんて知りもしなかった。


 先輩方に弄られて、可愛らしく反論する姿が本当に同い年の男の子かよと思って鼻血が出そうだった。先輩に可愛がられる間宮君プライスレス。


 高校生とは思えない鋭い返しをするみーちゃんマジイケメン。


 初めて見る間宮君の姿に終始ドキドキしっぱなしだった。最後は先輩を置き去りにして司会をやっている姿には大爆笑した。


 そのイベントの後に作られたSNSのアカウントは速攻フォローしたし、共演した声優さんの動画も見た。『パステルレイン』の生放送ラジオも視聴した。


 マジみーちゃん推せる。スマホのホーム画面もみーちゃんのSNSの写真だったりする。ピースしてるのが可愛すぎる。本当に十五歳の男の子か?萌え。


 そんな間宮君成分をかなり充填した私は上機嫌で学校へ向かった。私立ということもあって学校は凄く綺麗で、これからの高校生活に胸をときめかせた。


 クラスは事前に通達されていたので、その教室に向かう。私が通っていた中学校はそこまで大きくなかったので中学からの同級生は一人もいない。高校で友達を作るしかない。


 着席の時間まで早くもなく遅くもなくという時間に教室に着き、黒板に張り出されている座席表を確認して自分の席を探す。真ん中の窓際寄り。微妙な席だ。別に目は悪くないから視力的な問題はないけど、真ん中って先生の目に留まりやすいから好きじゃない。


 成績悪いからネ。


 バックを置いて、近くの女子と話そうかなと考えていると、窓際の席に座る一人の男子生徒が目に入った。男子の制服である緑のブレザーを着て、頬杖を付きながら窓の外を眺めている少年。


 その横顔に、思わずスマホを取り出す。そしてロックを解除してホーム画面を開く。そこに映った少年の顔と、目の前の男子生徒の顔を見比べる。


「ふあ〜ぁ」


 男子生徒は眠いのか、声を出しながら軽く伸びをする。その後はまた同じ姿勢に戻って窓の外を眺めていた。


 その声を聞いて、オタクである私が聞き間違えるはずがないと確信した。新生活なんてものでときめいていた私の心臓は爆発しそうなほど鼓動を速くする。


 よくここで大声を出さなかったなと、自分を褒めたかった。


(私の推しが同じ教室にいるんですけど⁉︎⁉︎⁉︎なにこれ、夢⁉︎夢だな!よし、目よ覚めろ!)


 そう念じても夢から覚めない。やけに右手に持つスマホが重く感じた。


 ああ、なるほど。私は都合のいい夢を見ているわけではないらしい。


(これ、私が主人公の世界だな?どこの漫画の世界だっての。推しと同じ学校はおろか同じ教室内にいるなんて、主人公属性を手にしてしまったか……⁉︎)


 冬瀬美恵は混乱しすぎて妄想の世界に飛び立ってしまったようだ。

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