2−3 事務所と学校

 金曜日。『パステルレイン』の第三話の収録の後、スタジオだけ移動してラジオの第一回の収録に移る。


 今日の第三話はヒーローの綾人が活躍する野球回。高校二年生ながら野球部のエースとして活躍する綾人が他校との練習試合で無双して、キララちゃんが改めて綾人くんに惚れ直すという回だ。


 お兄ちゃんなのにこんなにドキドキしてどうするんだろう、とかそういう葛藤が見られる回。僕の奏太役は休日ということで平日にできない家事を一気にやっている姿を見せて、宿題をやっていなかったキララに勉強を教えるということをした。


 奏太って弟としての面がピックアップされずぎて最初ってあんまり出番がなかったり。もうちょっと話が進んだら出番がやってくるけど。


 ラジオのスタジオはアフレコスタジオと同じビルの中にあったからすぐに打ち合わせに入れた。ラジオ用の台本も事前にいただいていたので、これに合わせて後はマイクやイヤホンなどの扱いを覚えたり、構成作家さんの話を聞くことが打ち合わせだった。


 構成作家さんはラジオなどをどのように組み上げるか、送られてきたメールを選別したり台本を書いたりラジオ中に指示を出したりっていうのが仕事だ。四十代くらいの気の良いおじさんでこの道のプロ。


 僕はラジオが初めてだったので緊張しながらも、生放送まで時間を潰していた。八時スタートだったので夕飯を軽く食べていた。根本さんと東條さんと。


「そっか。みーちゃんラジオ初めてなんだ」


「アニメで役をいただいていた時もモブばかりでしたし。初のレギュラー作品がこれなので経験したことありませんでした。それに僕ってまだ中学生なので同期や同じ事務所の先輩に呼んでもらうってこともありませんでしたし」


「ペパームーンって所属声優四人でしょ?まだまだ新鋭事務所なんだからしょうがないわよ。そうそう。台本にも書いてあったと思うけど、みーくんが声優になったきっかけとか話してもらうからね?」


「はい。その辺りはちゃんと目を通してきました」


 菓子パンを食べ終わって、準備に移る。お二人はSNSでこの後の生配信について告知していた。なるほど、そう使うのか。僕はお二人の書き込みをリツイートしただけだけど。


 マイクなどの音量チェックを最終確認としてやって、僕は最初ブースの外で待っていた。最初の番組紹介というかオープニングだけはメインパーソナリティーの二人でやって、アイキャッチを一回挟んだ後から僕も一緒に配信参加だ。


 このラジオ番組、毎回映像付きで録るらしい。生配信だったらそれこそライブで、収録回だったら事前に録画したものを流すのだとか。つまり顔出しラジオ。こういうのが最近は増えたらしい。


 『パステルレイン』の製作委員会がお金持ちだからこういうことができるだけで、今全部のアニメ作品がこういう動画でのラジオをしているわけじゃないのだとか。もう少し声優業界のことを全体的に勉強しよう。


 オープニングトークは軽快に終わる。というか、僕をさっさと招き入れたいのかめちゃくちゃ巻いてた。


 すぐにジングルが入って、僕が席についてイヤホンをつける。タブレットを使ってSNSのコメントを流しているけど、この前のニコワラ動画での配信並みにコメントの流れが早い。


 構成作家さんからキューが出る。それを見て根本さんが口火を切る。


「はい!それでは皆さんお待ちかね、本日のスペシャルゲストです!藤堂奏太役、間宮光希くん!」


「皆様、初めまして。藤堂奏太役を演じさせていただきます。ペパームーン所属の間宮光希です。初めてのラジオなので緊張してます。よろしくお願いします」


「よく来たみーくん!」


「みーちゃんみーちゃん!いらっしゃいませえー!」


 東條さんと根本さんのテンションが高い。こんな感じで飛ばしていて、体力が持つのだろうか。


 外のブースでカノン先生も苦笑している。カノン先生はアフレコを見学した後、今日は生放送ということでそのままラジオも見学している。今日は一日お休みだったらしい。


「お邪魔します。コメントも見てますよー。カメラはアレに手を振ればいいんですね?」


「どれでもカメラさんが勝手に撮ってくれるから好きに振るといいよ!」


「カメラさんに無茶振りしないでください」


 なんで早々僕が突っ込まないといけないんだ。僕がゲストのはずなのに。根本さんがやってるラジオ、聞いてくれば良かったかな。


 案外東條さんがストッパーとして話を進行してくれるから助かった。それをどうして登壇してくれた時には発揮してくれなかったんだろう。


「さてさて。最初はふつおたのコーナー。初回の今日はリスナーの名前だったり、挨拶を決めていくからね。そういう募集をかけたから結構いいのが来てたよ」


「というわけで早速一通目。『ジャスタウェイ』さん。根本さん、東條さん、みーちゃんこんばんは!僕は皆さんに呼ばれるのなら『パステルレイン』に則ってリスナー名はパラソルがいいと思います。雨と傘は本作にとって重要なアイテム!これしかないでしょう!ということでした。ジャスタウェイさんありがとうございます〜」


「実は今日第三話の収録したんだけど、ちょうど綾人くんの練習シーンがあってねえ。雨が降っていても練習する綾人くんは応援したくなるよ」


「確かに。努力の人って感じでアレはモテるなって思いました。……僕はみーちゃんで確定なんですかね?」


「うん‼︎」


 根本さん、力強いお返事ありがとうございます。


 東條さんは話を振ってくれる時に目線をくれるから話を続けやすいけど、根本さんはずっと脱線しまくる暴走特急なんじゃ?


 それからも何通か紹介してリスナーがメールを送る際のラジオネームは「レイン」、最初の挨拶は「あめあめ〜」になった。由来が雨ばっかりだ。


 十分ぐらい話しただろうか。構成作家さんから次のコーナーに行くよう指示がされる。


「では次はお待ちかねのあのコーナー!『みーちゃん、お・し・え・て♡』。うわ、すっごくエコーかかった!ミキサーさんわかってるぅ!」


「あ、このコーナー名は仮だから。ゲスト毎に合わせるか、あえてこのまま行くかはこれから決めるわ。というかこのコーナー名にすれば、みーくんから毎回ボイスレターが届くのでは……?」


「ハルちゃん天才!ということでコーナー名確定です!」


「構成作家さんが音聞こえるくらい首を横に振ってます。毎回僕の音声欲しいですか?」


「うん!ジングルでもいい!」


「構成作家さんがレインの皆さんの反応次第で決めます、だそうです」


 そんなに新人声優のボイス欲しいかなあ。ベテランの声優さんに比べればギャラは安く抑えられるだろうけど。そういうジングルだけとか、コーナーにボイスメッセージとかってどういう契約になるんだろ。


 決まったとしても松村さんを交えてしっかり話そう。


「このコーナーは名前の通り、ゲストさんに宛てた質問に答えてもらうコーナーです!いやあ、私たちからもたくさん聞きたいけど、皆考えることが一緒っていうか。なのでバシバシ紹介していきます!」


「はい、レインネーム『黒より黒し』さんから。アキナン、ハルちゃん、みーちゃんこんばんは。みーちゃんに聞きたいことはズバリ、声優になった経緯です!まだギリギリ中学生なみーちゃんがどうやって今の事務所に行き着いたのか気になります!だそうで。みーくんその辺り答えてくれる?」


「はい」


 まあ、初めてのラジオだからこれが来るのはわかっていた。この辺りは社長と松村さんと話し合っている。僕が昔子役だったことは話さない方向でいく。芸名を変えているし、天才子役が辞めた理由をあまり公表したくないという前の事務所の意向を汲み取ってということもある。


 表向き学業に専念するためってことで辞めたけど。本当の理由は俳優をできなくなったからなんだから。しかも表に出せるようなことでもないし。


 だからこれから話すことは、嘘だ。


「元々声優には興味があって。親と相談して色々な演技指導のセミナーやワークショップに参加していたんです。当時中学二年生に上がる直前の春休みに、事務所の社長の流山さんがちょうど講師としていらっしゃって。それが事務所を立ち上げたばかりの頃ですね。社長曰くビビッと来たってことで渡された台本読んだらそのまま所属することになったんです」


「へー。じゃあ養成所とか行ってないんだ?」


「そうなんですよ。だからデビューとしてはかなり邪道な仕方だと思います。それからは海外ドラマの吹き替えとか、ゲームやアニメのモブとしていくつか出させていただきました。所属した頃にはもう声変わりも終わってたので社長はサンプルボイス何回も録らなくて楽だったって言ってましたね」


 養成所に行ってないのは事実だ。それに社長にヘッドハンティングされたのも事実。


 親に許可取ってるのも嘘じゃない。これまでにやってきた仕事も声変わりも全部本当だ。


「最近、女の子だと多いんだけど。養成所のジュニアコースとかを出てデビューする子が増えたんだよね。高校生くらいの年齢の子が。みーくんもそういう感じかなって思ってたんだけど」


「養成所をしっかり出てるのは大事だと思います。僕は最初の頃全然わからなくて、事務所の先輩の野原さんと高芒こうのぎさんにアフレコのイロハを教わりましたもん」


「あー、琴音ことねちゃん?そういえばペパームーン所属だったね。羨ましいなあ」


 根本さんが紹介してくれたけど、社長を除く事務所唯一の女性声優高芒琴音さん。根本さんと同じ養成所にいた同期で、お互い仲が良いと言っていた。


 社長が唯一養成所に出向いて獲得した声優さんだ。他の声優さんはオファーを出しても他の大きな事務所に取られたり、零細事務所だから食べていけるのか不安ということで断られたり。


 そう考えると当時流山社長しか実績がなかった新興事務所によく来たよな、高芒さん。かなりのチャレンジャーだ。どうなるかわからないのに。


「確かに羨ましい。中学生の頃のみーくんと一緒の事務所とか。あたしもジュニアコース出身だからわかるけどさ、みーくんってマイク前でも全然緊張してないんだよね。あたしその年齢の頃は緊張しっぱなしだったなー。というか、ほぼ全員そう。何か秘訣とかあったりする?」


「んー。マイク前に立つと、もう役に入り込んでるんですよ。スイッチっていうんですかね?台本読んでセリフ話してる時は隣に根本さんや東條さんが立っていても、根本さんや東條さんじゃなくてキララちゃんと優奈ちゃんにしか見えないんですよね。だから緊張する以前に、奏太になっちゃってるっていうか」


「わかる!マイク前のみーちゃん、ちょっとした仕草も奏太くんっぽいもん!第一話のアフレコした時、すっごい子が来たなあってみんなで話してたんだから!」


 そうなんだ。僕って昔からそうだから、役に入り込んじゃってる時はあまり周りが見えないし、緊張なんていう自分の感情が見えることはない。まさしくスイッチを入れ替えてるんだと思う。


 バラエティや今みたいなラジオだと声優の自分を出してるけど、役を演じる時はいつもそう。というか、そういう風にしか演技ができない。


 もちろん監督さんとかによっては最初から修正を言われることはあるけど、直した部分も含めて役になっている。それに周りとの掛け合いができないとかいうわけでもないし、アドリブとかにも対応できる。


 自分ができてしまうことが、どう凄いのか。正直わからない。特に演技なんてものは水物だし、十人十色。その人にとっての演技があるはずだから。


「褒められるのは嬉しいです。でも天狗にならないように気を付けます」


「謙虚〜。それじゃあ次のメールいくね?レインネーム『インスタント味噌汁』さん。アキナン様、ハル様、みーちゃん様今宵も月が綺麗ですね。みーちゃん様に質問がございます。初めてのアニメレギュラー、初めての名前ありのキャラクターということですが、役が決まった時の心境などお聞かせいただけると幸いです。ん〜。丁寧なのかバカなのかわかんないね!」


「バカはダメでしょ」


「というか、みーちゃん様って敬称が被ってる……」


 質問自体は真っ当なのになあ。いや、こういう個性を出さないと採用されないと思ったのだろう。同じような質問はたくさん来ていたし、メールの数も半端なかったらしい。僕はゲストだから全部には目を通していないけど。


 さて、初めて奏太が決まった時の心境か。


「決まった時は本当に嬉しかったですよ。僕のウィキや事務所プロフィールを見てくださった方ならわかると思うんですが、本当に初めてのアニメレギュラーですから。一年半くらいオーディション受けてましたけど、アニメは全滅ですね。モブで呼んでいただいた作品もありましたけど」


 あんまり数を受けていないっていうのもあるけど、まあ全滅。事務所としても送れる枠は一つで、男役だったら僕か野原さんで分かれる。しかも流山社長は吹き替えがメインだからあまりアニメの方には縁がなく、オーディションが少なかった。


 逆に流山社長の縁で吹き替えはそこそこやったし、音響監督さんと縁故にあった関係でゲームをいくつか振っていただけたとも聞く。


 新人としてはかなり恵まれてたなと思う。


「あれだけ上手くてもオーディション全滅なんてあるんだねえ。あたしらもオーディションは落ちるけど、全滅はちょっと信じられないというか」


「中学生ですよ?それに最初っから上手かったわけでもないですし。今でも上手いのかなって思いますよ。だから出演させていただいた作品見返して、もっとこうできたかなとか振り返ってますし」


「偉い!プロ意識大事!琴音ちゃんも負けてられないってみーちゃんのこと褒めてたよ。それにみーちゃんがモブやってた頃に同じ現場だった先輩声優さんがみーちゃん絶賛してたもん。声の張りもいいし、空気に馴染んでたって。自信持っていいよ?」


「そうなんですか?同業者の方に褒められるのは嬉しいです。モブって言ってしまえばとちらないことと特徴をつけすぎて邪魔にならないことが求められますから。先輩方が演技をしやすい現場になっていたのなら本当に嬉しいです」


 失敗しないことがモブの頃の取り柄だったなあ。モブの僕が収録を伸ばすわけにもいかないし。一発OKもらえるように台本しっかり読んでいって良かった。


 それに邪魔しないことが当然で、そのことで褒められたりしないもんなあ。どなたが褒めてくれたんだろ。それは気になる。


「そういえばさっき聞き忘れたけど、みーくんって役作りする際に原作があったら読み込むタイプ?それとも台本だけで済ませるタイプ?基本このどっちかだと思うんだけど」


「僕は原作があるのなら読んで、言い回しや表現が変わってたらどういう意図で変えたんだろって考えて台本にチェックを入れるタイプですね。役作りする上で元となってるものがそこにあるので、それはできるだけ取り入れます」


「『パステルレイン』は違うけど、監督や脚本家が原作と雰囲気変えようとすることもあるから気を付けなよ?原作と違うことしようとする人って結構いるから、原作に引っ張られすぎないようにね?」


「はい。もし全然違ったら監督さんに聞いてみますから。『パステルレイン』は基本原作に沿って進むのでそういう齟齬ないですけど」


 アニメオリジナルというのは得てしてあるものだ。原作に追いつきそうだったり、一クール十二話でキリが悪そうだったり。そういう時にアニメオリジナルの展開だったりセリフが入ったりする。


 それが良い評価に繋がる時もあれば、悪い評価に繋がる時もある。だから流山社長もスタッフで嫌な人がいれば言えって伝えてきたんだろう。好き勝手するスタッフさんもいるらしいし、矢口と同じで何故か干されない理由があるのだとか。


「これがこのコーナー最後のメール?えー!もっとみーちゃんのこと知りたいのにぃ!」


「あたしらはラジオ終わった後にでも聞けば良いじゃん」


「じゃあ訂正!もっと皆にみーちゃんのこと知ってもらいたいのにぃ!」


「時間なくなりそうだからあたしが読むわ。レインネーム『アズライト』さん。パーソナリティのお二方、ゲストのみーちゃんこんばんは。私が聞きたいのはみーちゃんが一人暮らしをしていると先日知ったことです。本当ですか?危ないですよ、東京は。なのでお姉さんが直接守りに行くので住所教えてください。放送終わったら行きます」


「怖い!えっ、お二人も構成作家さんも何でこのメール採用したんですか⁉︎」


 メリーさん的な恐怖を感じるんだけど!確かに一人暮らしってことは伝えたけど、それでメリーさんが出てくるのはまた別な話じゃないかな!


 スポーツ推薦とかで高校生から寮生活とかする子もいるんだから、おかしなことじゃないはずなのに。いや、中学後半から一人暮らししてたけど。


「皆さん良いですか!私がみーちゃんを守るので住所は絶対に教えません!というかプライバシーの問題で無理です!」


「何で根本さんが守る前提なんですか……?」


「住所知ってる大人だから?」


「いえ。最悪事務所の男性マネージャーか野原さんに守ってもらうので結構です……」


「うわーん!ハルちゃん、男の人に負けたあ!」


「いや、負けるでしょ。あたしも何かあったら率先して守るけど、同性頼るのは当たり前じゃない?」


 こういうところは東條さん常識人なんだよなあ。諸々の発言でそのイメージないけど。


「このメールが面白かったっていうのと狂気を感じたから敢えて採用したんだけど。こういうみーくんが一人暮らししてるのが心配っていうメールが結構来てね。早めに対処しておこうと思って」


「あー、なるほど。一人暮らしは社長をはじめ、事務所の大人の方々に認められてますし、生活が不規則になっていないか男性マネージャーと親族に定期的に確認していただいていますので心配するようなことはないかと。防犯関係もしっかりしている場所を選びましたし。確か不動産屋のキャッチコピーは女性の一人暮らしもしっかり守ります、だったかな?」


「みーちゃん‼︎そういう特定されちゃうような情報は出しちゃダメ!この前の配信でもそういうことを気にかけた私の努力が無駄になっちゃう!」


「え、あ、すみません。そうでしたね。これ生配信でした。カットとかできないんだ」


 まずいまずい。気が緩んでた。そういう悪意に晒されてなかったからポロッと出てしまった。


 いくら東京にたくさんのアパートがあって、女性の一人暮らしもしっかり守りますなんていうありきたりなキャッチコピーを掲げているからって、些細な情報から特定してくることがあるんだって言われたな。


 収録帰りに尾行されることもあるって聞く。気を付けないと。


「みーくんちょっと抜けてるところあるよね。だからあたしらは気にかけちゃうんだけど」


「うんうん。みーちゃんの演技聞いてると高校生になる子だって思えないけど、みーちゃんはまだ子供なんだから。もう少しその辺り警戒しないと」


「はい。すみません。以後気を付けます……」


 これは本当に、何も言い返せないミスだ。生放送じゃなければ編集とかで何とかなったんだけど。生放送って怖い。


 そんなミスもあったけど、ラジオ自体は順調に進んでいった。一時間というのは結構あっという間で、最後にエンディングトークを残すだけとなっていた。


 そのエンディングトークの前に、声優として一仕事あったわけだけど。


 キュー出しをされる。最初のセリフは「オレ」だ。


『バカキララ。いつになったら弁当自分で持っていって、宿題も自分でやるわけ?』


『またバカって言った!お姉ちゃんって呼んでよ!』


『いや、ここまで面倒見てもらってお姉ちゃんなんて呼べないでしょ……。奏太、あんた勉強まで見てあげてんの?』


『そう。受験終われば解放されると思ってたのに、宿題後回しにするせいでそれもオレの仕事になった』


『綾人さんに見てもらえば良いじゃない』


『お兄ちゃんは家の中だと筋トレしてるんだよ。宿題は寝る前にパパッとやってるし、邪魔しちゃダメかなって……』


『はあん?家事全部やってるオレなら邪魔して良いんだ?……このバカキララ』


『ごべんなさい〜!いつもソウちゃんには助けられてます〜!』


『奏太って弟ってより、オカンよね……』


 全部終わってBGMが大きくなる。それがだんだんと小さくなっていって、映像が僕たちを写すものに切り替わる。今までは漫画のコマが出ていた。


 そう。今やったのは生アフレコというものだ。


「というわけで。原作第一巻に収録されてる四コマ漫画の一つ、『弟?』をあてさせていただきました〜。告白します!みーちゃんが演じる『バカキララ』って罵倒大好きです!呆れつつも優しさがある絶妙な罵倒がもう癖になっちゃって──」


「完全に同意するけど、アンタが暴走すんな。一応パーソナリティだから。みーくん、演じてみてどうだった?」


「この三人のいつもの感じでしたね。奏太が呆れながら優奈ちゃんが諌めてキララちゃんが泣くっていう。あと漫画の方ですけどいつもと違ったちびキャラが可愛かったです」


 根本さんの暴走に全部対応してたらダメだと悟った。それだけで時間喰うし、何より巻けって指示が出てる。後の番組もあるために時間を超過することはできない。


「今回の四コマのように、ラジオでできそうなものだったらあたしらがまた声をつける可能性があります。それはゲストさん次第ですけど。この四コマは原作のみの描き下ろしなので、まだ持っていない方は是非お買い求めください。電子書籍での販売もあります。原作コミックス第十一巻まで全国の書店で販売中ですのでよろしくお願いします」


「また、原作は月刊ソルティアにて絶賛連載中です。毎月二十五日発売ですので、そちらもご確認ください」


 ここだけ座組がとてもしっかりしている。いや、大事な原作の宣伝だから当たり前なんだけど。


「みーちゃん原作読んでるって言ってたけど、紙の本?電子書籍?」


「紙ですね。電子書籍があまり慣れなくて。それにカバー裏の描き下ろしとかは本ならではだと思います。……電子書籍にはカバー裏ありませんよね?」


「ないみたいだね。……ほほー。綾人くんと奏太ファンだったら一巻くらいは紙の書籍買った方がいいかも」


 東條さんが実際にある第一巻のカバーをめくってそう伝える。確か一巻のカバー裏は幼い綾人と奏太が手を繋いで帰る学校帰りか何かだったような。それが表側で、裏表紙の方は野球のユニフォームを着ている奏太。


 高校では野球をやっていないどころか、昔は野球をやっていたという情報がほとんど出てこない。確か五巻くらいで初めて言及されるんだったかな。だからへえって思える情報とイラストなんだよね。


 はっきり奏太だってわかるのは綾人と眉毛が違うし、表情がブスッとしているからだ。綾人はいつだって野球を楽しんでいるためにそんな表情をしない。


「というわけで時間が押してるので急いでいくよ!みーちゃん、今日は来てくれてありがとう!」


「いえいえ。また呼んでくださればいつでも」


「言質とったよ!毎回呼ぼう!」


「明菜、上が許してくれないわ。非っ常に残念だけど」


 毎回呼んでいたらそれはゲストじゃなくてパーソナリティと呼ぶんじゃないだろうか。


 サブヒーローの僕がパーソナリティやる理由もないし。だったら津宮さんを据えるはず。あと僕がこれから学校があるために、平日そこまで拘束できないからパーソナリティ向きじゃないというか。


 金曜はこれから休むことになるだろうけど。


 その後メールの募集などを伝えて、本当にギリギリの時間になってしまったので終わりの挨拶をする。


「というわけで本日のお相手は。根本明菜と!」


「東條春香と」


「間宮光希でした」


「「「バイバ〜イ」」」


「……はい、OKです。お疲れ様でした」


「お疲れ様で〜す」


 構成作家さんからOKが出てイヤホンを外す。ラジオはラジオで難しいんだなって思った収録だった。結局タブレットであまりリスナーのコメント追えなかったなあ。


 これが生放送じゃなく収録だったら違ったんだろうか。


 構成作家さんから簡単な総評を受けて、次からはこうしていこうっていう話もいただいて。初めてのこと尽くしだったから楽しかったというのもあるけど、根本さんの暴走っぷりにちょっと疲れた。


 撤収準備をして、松村さんに終わったことの連絡。それが終わったら帰ることになったんだけど、根本さんと東條さんも帰ることになって駅まで一緒に行くことにした。


「あ、みーちゃん降りる駅一緒だから途中までエスコートしてね?」


「そうなんですか?もしかして家近かったり?」


「みーちゃんが良ければ来る?」


「こら、明菜。未成年を遅くまで拘束しない」


「うえ〜。わかったよぉ」


 東條さんは方向からして別だったので本当に駅まで。根本さんは家の近くのコンビニまで一緒だった。コンビニで買う物があるんだとか。本当に僕の家から目と鼻の先のコンビニだから近所に住んでるんだろうな。


 家に帰ったらお風呂に入って早々に寝る。土日が明ければすぐ入学式だ。

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