第16話 雰囲気

 翌日。メガネをかけて通勤した。店が見えてきたところでメガネを外した。


 「おはよう!」


 「おはよう。あれ、なんかユウちゃん、いつもと雰囲気違うような…」


 「そう?いつもと変わらないけど…」


 「何かいつもと違う…。何だろ…」


 亜希は私を嘗め回すように見た。だが、どこが変わったのか分からなかったみたいだ。


 「何だろ…。ま、いいか。今日も頑張ろうね」


 「うん」


 私は更衣室で着替え、仕込みを始めた。仕込みをしながら自分のどこが変わったのか考えていた。


 (メガネは外してるし…。髪型も…。どこなんだろ…)


 私にも分からなかった。


 営業が開始し、いつも通りオーダーを取り、料理を運んだ。すると、お客さんにも亜希と同じことを言われた。


 「あれ、優奈ちゃん、いつもと雰囲気違うような…」


 「そうですか?」


 「何か違うんだよね…。うーん。どこだろ…」


 「いつもと変わりませんって」


 「いや、どこか違うんだよ。うーん…。まあ、いいか。コーヒー、ありがとう!」


 「ごゆっくりどうぞ!」


 キッチンに戻る途中もどこが変わったのか考えた。


 (どこが変わったのかな。うーん…)


 すると、藍子が声を掛けた。


 「何か雰囲気違うね。どこだろ…。うーん…」


 藍子も嘗め回すように見た。だが、分からなかったようだ。


 その後も多くのお客さんに同じことを言われた。やはりどこか変わったのだろう。


 営業終了後、食器を洗っていると、藍子が声を掛けた。


 「恋人でもできたのかな」


 「恋人はいないよ」


 「じゃあ、いい感じの人が見つかった!」


 「いい人はなかなか見つかりません」


 「じゃあ、何だろ…。気になって眠れないよ…」


 「もう…。大袈裟な…」


 「だって、気になるもん。何かあったのかなと思って」


 「悪いことは起きてないから安心してよ」


 「ならいいんだけどね。またアンタに悪いこと起きたら私寝込むかも」


 「大袈裟だってば…」


 そう口では話したが、内心は少し嬉しかった。


 食器洗いを終え、更衣室で着替えた。すると、亜希が私の顔をじっと見つめながら話した。


 「ユウちゃんってメガネ似合いそうだよね。大人っぽくなりそうだし」


 亜希の言葉に「実は…」と口を開いた。


 「そうなんだ。そのために…。いいと思うよ!オシャレにもなるし」


 「でも、知り合いに気付いてもらえないんだよね。それだけ雰囲気変わるのかな」


 「ちょっとかけてみてよ」


 私はメガネをかけた。


 「だいぶ印象変わるね…。ユウちゃんって分からないよ…」


 「そんなに変わる?」


 「一気に大人っぽくなったというか…」


 私はメガネを外した。


 「あっ、ユウちゃんだ…」


 やはり、メガネを外さないと私だと分からないみたいだ。


 「仕事の行き帰りと休みの日に遊びに行く時にかけようかなと思って。あくまでああいう目に遭わないために買ったわけだし」


 「まあ、仕事中は外したほうがいいかも。印象変わりすぎてユウちゃんじゃないみたいに思われるから」


 「そうする」


 しばらく亜希と話し、店を出た。しばらく歩いてメガネをかけ、アパートへ向かった。不思議なくらい声を掛けられなくなった。


 コンビニエンスストアが見えてきた。すると、喫煙スペースに健二の姿があった。健二は私を見つめていた。私だと分かったのだろうか。それとも似ている人だと思ったのか。


 私はさりげなく喫煙スペースへ向かった。そしてメガネを外した。


 「やっぱり一倉か!何か似てるなと思って見てたんだよ」


 「もしかして、昨日気付いてた?」


 「一倉に似てる人がいるなとは思ったけど違う人だと思ってな。声掛けずにそのまま帰っちゃったよ。ごめんな」


 「いいよ!そんな。私から声掛ければよかったな」


 メガネを買った理由を健二に伝えた。


 「なるほどな。さすが拓真だな。オシャレだからなアイツ。やっぱり目の付け所が違うというか」


 「すごいよね、たくちゃん…。ここまで私の印象変えてくれたんだから…」


 「かけるとほんとに雰囲気違うぞ。大人っぽくて。同級生じゃなくて仕事ができる先輩って感じだな」


 「大袈裟だよ健ちゃん」


 「いや、ほんとにそう思ってな。いいぞ、メガネかけた一倉」


 「嬉しい!」


 被害には遭わなくなったが、なかなか男性と関わる機会がないことを伝えた。


 「最近はなかなか会えないか…。休みが不規則だからな。うーん…」


 健二は腕を組みながら考えた。すると、何か思いついたようだ。


 「次の休みっていつだ?」


 「今週の土曜日」


 「俺は土日休みだからスケジュール合うな。実は、中学時代の奴らと遊びに行こうってことになってな。一倉が仲良かった奴だけじゃなくて、一倉が話したことない奴も来るんだよ。みんな一倉に会いたがってるんだ。男と関わるにはいい機会だと思うんだ。遊びに行こうぜ!悪いことはさせねーから安心しろ!」


 その日は特に予定がない。それに、久しぶりにみんなに会いたかった。


 「いいよ!私も会いたいし」


 「よし!決まりだな。日時連絡するから連絡先教えてくれよ」


 「いいよ!」


 健二と連絡先を交換した。


 「じゃ、決まったら連絡するからな」


 「待ってるよ!」


 「おう!じゃあな!」


 「じゃあね!」


 お互い笑顔で手を振って別れた。


 (まずは、多くの男性と知り合わないとね。健ちゃん、ありがとう…)


 その日を心待ちにしながらアパートへ戻った。

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