第12話 幸せとは

 その日、みんなが帰った後、亜希と話をした。


 「ユウちゃん。話しちゃだめだよ?」


 「うん…」


 話したい気持ちを抑えた。


 店を出て、アパートへ向かった。帰り道、亜希の表情が頭に浮かんだ。


 (亜希のせいじゃないのに…。私が悪いのに…)


 亜希の優しさが心を苦しくしていた。


 アパートに着き、夕食作りを始めたが、途中で手が止まった。何を考えていたのだろうか。数秒後、再び夕食作りを進めた。


 この日はハンバーグ。美味しそうに焼けた。お皿に移し、ソースをかけ、野菜を添えた。


 (うん。いい感じにできた)


 ご飯とコーンスープもテーブルに乗せ、夕食を食べた。何だか寂しい気持ちだった。


 (幸せって何だろう…)


 幸せの意味を探していた。


 翌日。出勤すると亜希が藍子と話をしていた。亜希は藍子の肩に手を置いていた。声はよく聞こえなかった。話を終えると、亜希がいつものように私に声を掛けた。


 亜希の挨拶に応えた私は尋ねた。


 「どうしたの?真剣な顔で話なんかして…」


 「何でもないの。ユウちゃんには関係ないことだよ!」


 「そう…」


 私はそのまま更衣室で着替えた。藍子は亜希の後ろ姿を見つめていた。その表情は何かを聞きたそうだった。


 営業中もキッチンで亜希のことを見ていた。よほど気になることがあったのだろうか。その度に亜希に声を掛けていた。


 「亜希、何か知ってるでしょ」


 「ほんとに何もないから。大丈夫だよ、心配しなくても」

 

 その会話を耳にしながら料理を運んだ。


 営業終了後も藍子は亜希に何かを尋ねていた。亜希は何かを隠しているように見えた。


 「藍子、疲れてるんだよ。だから…」


 「そんなわけないでしょ!」


 藍子の大きな声が聞こえた。だが、それに屈することなく亜希は藍子に対応した。10分ほど話し、藍子は帰宅した。しばらくして、亜希が口を開いた。


 「気になっちゃったでしょ?ごめんね。ほんとに何でもないから」


 「もしかして、私のこと?」


 その返しに亜希は黙ってしまった。そして、こう続けた。


 「ユウちゃんには関係ないことって言ったけどね。藍子がその場にいたから…。私がユウちゃんのことじっと見つめてるからユウちゃんに何かあったんじゃないかって勘付かれてね…。それで…」


 「そうなんだ…」


 「言わないようにしてるんだけど、いつまでも隠せる気がしなくてさ…」


 話してしまうと藍子はどんな気持ちになってしまうだろうか。



 「幸せって何だろう…」


 私は無意識に言葉を発した。


 「幸せは人それぞれだからね。美味しいもの食べたり、プレゼント貰ったり…。ユウちゃんが『幸せ』と思うことがあればそれが幸せだよ。藍子の幸せはユウちゃんが幸せになることだと思うよ」


 私の幸せとは何だろうか。恋人ができることだろうか。みんなと話すことだろうか。まだ、自身の幸せを見出せずにいた。


 「亜希の幸せって何?」


 「私はみんなといる時かな。楽しいし。何気ないけどそれも幸せだと思う」


 そういう幸せの形もあるということを知った。


 「まあ、これから見つけていけばいいよ!」


 「うん」


 店を出て、夜道を歩いた。


 (幸せ…。私の幸せって…)


 考えていると、いつの間にかアパートに着いた。部屋に入り、冷蔵庫を開けた。


 (何もない…。買ってこよ)


 私はスーパーへ向かった。お肉、野菜、豆腐…。気付くと多くの品でかごが埋まった。店内を歩いていると、お気に入りの商品を見つけた。


 (これ、売り切れててなかなか買えなかったんだよね…。買っちゃお!)


 私は自然と幸せな表情になった。


 お会計を済ませ、アパートへ戻った。夕食で使う食品を袋から出し、残りは冷蔵庫へしまった。


 (よかった、買えて。いつ買えるのか心配してたから)


 私の幸せは買い物をしている時なのかもしれない。昔から買い物が好きだから。


 ただ、それは幸せの一部。他にも幸せがあるのかもしれない。


 (何だろうな…。私の幸せ…)


 翌日。この日は急遽お休みになった。人数が足りたためだ。突然の休み。何をしようか。

 

 (走ってこようかな。天気良いし)


 私は公園へ向かい、汗を流した。この日は他に走っている人がいなかった。何だか寂しかった。


 1時間ほど走り、休憩した。公園を見渡すと、小さな子どもを遊ばせている母親の姿を見かけた。子どもは楽しそうに遊び、その姿を母親が笑顔で見つめていた。とても幸せそうに。


 (親子で遊んでる。いいなあ…。楽しそう。私もいつか結婚して子どもも欲しいけど…。相手が見つからないから…。見つかるのかな)


 将来への不安が募った。果たして遊びなしで私を本気で愛してくれる男性は現れるのか。


 すると、親子が私に歩み寄ってきた。その母親に私は見覚えがあった。


 (もしかして…)


 「優奈ちゃん!今日はお休みなんだ」


 「はい…。急遽お休みになって、何をしようかと考えていたら天気が良かったから走ってこようと思って」


 お店に来てくれるお客さんの名取晴子だった。夫婦やカップルで来店するお客さんが多いが、彼女は女性の友人とよく来店する。茶髪のミディアムヘアー。33歳で1人の4歳の息子さんがいる。


 「あら、そう。走るの好きだもんね。私も今日お休みで、こうして息子と遊んでいるの」


 彼女はシングルマザー。昨年離婚し、働きながら子育てに励んでいる。離婚原因はDVだそうだ。


 「結婚前からあってね。結婚してからも続いて…。ずっと耐えてきたんだけど、昨年、離婚してね。連絡もつかなくなって…」


 「DV…。ですか…」


 「最初は我慢できたんだけど、日に日にひどくなってね。さすがに限界を迎えて…」


 晴子の腕にはあざができていた。私はそのことについて触れなかった。嫌な思い出を思い出してほしくなかったから。


 「優しそうに見えても実は悪い人だったなんてことよくあるからね。優奈ちゃんも被害に遭ってきたでしょ?」


 「何回被害に遭ったか分かりませんよ。いつも騙されちゃって…」


 「別れた旦那は結婚前は異常に優しかったの。でも、結婚してから一変してね。優しくされすぎたら少し怪しんだほうがいいかもね。やたら褒めたりとか…」


 私は晴子からいくつかアドバイスを貰った。私は晴子に質問をした。


 「晴子さん。再婚しないんですか?」


 「うーん…。したいけどね。この子がどう思うか。今は時期じゃないかなって…」


 息子の照彦が私をじっと見つめていた。


 「離婚して1つの幸せは失ったけどね、こうして息子といる時間が今一番の幸せかな。嫌なことも忘れられるし。あとは、優奈ちゃん達に会ったりすることとか。ねっ!テルちゃん」


 照彦は私に微笑んだ。


 公園で新たな幸せを見つけた。

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