第11話 プレイボーイ

 翌日に出勤すると、藍子が声を掛けた。何だか心配そうな表情だった。


 「連絡なかったの?」


 「うん。忙しいんじゃない?会社経営しているっていうし」


 「そう…。ならいいんだけど。心配だな…」


 「まあ、大丈夫でしょ」


 明るくそう返したが、藍子の表情は暗かった。営業を開始しても接客以外の時は暗かった。


 「藍子、何かあったの?」


 亜希の問い掛けに少し遅れて反応した。


 「あ、ああ…。何かぼーっとしちゃってるみたい…」


 「ちょっと休みなよ。こっちは任せて」


 「うん…。そうさせてもらう。ごめんね、亜希…」


 亜希の言葉に甘え、一旦更衣室で休んだ藍子。彼女は何を考えていたのだろうか。


 10分後、藍子がキッチンに出た。少しは気持ちが落ち着いたようだ。私は藍子に声を掛けた。


 「藍子、もう大丈夫なの?無理しちゃだめだよ?」


 「うん…。でも出ないとみんなに悪いからね」


 笑っていたが、藍子の声のトーンは低かった。私がオーダーを取りに行くと、藍子は心配そうな眼差しで私を見ていた。そのことに気付かず、私は注文を受けた。


 私がキッチンに戻ると、藍子は再び更衣室に入った。今度は私が心配そうな眼差しで藍子を見ていた。原因は私にあるのに。


 「藍子、どうしちゃったのかな…。いつもと違うから心配…」


 亜希が藍子を見つめそう話した。私はその言葉に上手く返すことができなかった。


 営業終了後、藍子がみんなに謝りに回っていた。みんな藍子を気遣っていた。そして、私の元へ来た。


 「ごめんね…。今日は。私がいろいろ心配しちゃうから逆に心配されちゃったみたいだね…」


 「藍子…。心配されちゃう私が悪いんだから気にしないでよ。上手くやっていくから気にしないで」


 「でもね…」


 「大丈夫だよ!ほんとに心配症だね」


 私は笑って対応した。


 業務を終え、店を出た。藍子はしばらく店に残っていた。


 夜道を歩いていると、誰かが私の後ろを歩いていた。先日と同じような状況だ。私は気にせずアパートへ向かった。アパートが見えてきた。しかし、後ろからの足音は消えない。変に思い、私は後ろを振り返った。だが、誰もいなかった。


 (誰だったの…?)


 部屋に入ると私の携帯電話にメールが入った。蓮からだった。


 「明日の夜、会えませんか?」


 私は一瞬考えこんだが、会うことを承諾した。


 翌日。藍子は休みを取ったようだ。私は通常通り、業務をこなし、蓮と待ち合わせをした。


 「優奈さん。会えて嬉しいです。じゃあ、行きましょうか」


 「はい」


 私達は洋食店に入った。私のお気に入りのお店だった。何故、彼が知っているのだろうか。少し疑問に思ったが、気にせず食事をした。


 食事を終え、私はお礼を言い帰宅しようとした。すると、蓮が私を止めた。


 「もう少しだけいいですか」

 

 「でも、明日も出勤なので…」


 「大丈夫です。そんなにお時間は取らせませんから」


 蓮の説得に応じ、私は一緒に歩いた。ずっと歩いて行くとそこは住宅街だった。


 「あの…」


 私の問いかけに蓮は反応しなかった。そして、立ち止まり、口を開いた。


 「上がっていきませんか?」


 そこは、彼の自宅だった。2階建ての立派な一軒家だった。私は思わず固まってしまった。


 「どうされたんですか?」


 「いや…。あの…」


 私は逃げようとしたが体が上手く反応しなかった。様々な気持ちが入り混じっていたのだろうか。


 気付くと私は蓮の自宅へ上がっていた。そして、何故か裸でベッドの上にいた。蓮の姿はなかった。


 服を着て、蓮の自宅を出た。蓮はどこに行ったのだろうか。周辺を探したが姿は見えなかった。


 すると、どこかで男の声が聞こえた。私は声のする方へ歩いた。そこに蓮がいた。その場に蓮と同い年くらいの男2人がいた。


 「だからさ、チョロいんだよ、あの子。誠実に振舞ってれば簡単だぜ」


 「ははは!悪い奴だなお前!」


 「お前、プレイボーイだもんな、昔から」


 その会話で私はショックを受けた。誠実そうな蓮が実は名の知れた遊び人だったということを知ってしまった。私は拳を握りしめながら涙を流した。その後、蓮から誘われることはなかった。


 翌日。沈んだ心の状態で出勤した。


 「どうしたの?悲しい顔して…」


 私の様子に気付き、声を掛けてきた亜希に事情を話した。


 「そうだったんだ…。あの人、まだ女の子を…」


 「知ってるの…?」


 「私の中学時代の先輩でね。見た目は真面目そうだけど、かなり女好きで、後輩が何人も被害に遭ってるの。まさか、今度はユウちゃんを狙っていたなんて…」


 「先輩…、なの…?」


 「私が代わりに謝る…。ごめんね、こんな目に遭わせちゃって…」


 私の両肩に手を置き、亜希は申し訳なさそうに謝っていた。だが、原因は私にある。


 「でも、私が騙されるのが悪いんだし…」


 「バカ!それがあの人の狙いなの!弱みに付け込んで体の関係に持っていくのがあの人のやり方!それを上手く利用されたの。騙されまいと気を付けてもあの人の口車に乗って何人も被害に遭ってるんだから」


 やはり、誠実そうに見えても中身は分からない。そのことを改めて思い知らされた。


 「他のみんなには黙っておくから。こんなこと知ったらみんな心配しちゃうでしょ?特に藍子が。藍子、最近眠れないって言ってるの。ユウちゃんのことが心配で…。こんなこと話したら余計眠れなくなっちゃう…。だからこれは2人だけの秘密にして!ね!?」


 「…。うん…」


 そう返すと、亜希は両手に手を置いたまま俯いた。そして、両肩を「ポン」と叩き、仕込みを始めた。その後、みんなが続々と出勤した。


 (藍子や健ちゃんが知ったら何て言われるんだろう…。亜希の言う通り、黙っていよう。こんなこと知られたらもう合わせる顔がなくなるよ…)


 営業開始してからしばらくして、藍子が亜希の様子に気付き、声を掛けた。


 「亜希、何かあったの?優奈のことじっと見て…」


 「ううん。何でもないの。今日も可愛いなと思って」


 「何それ!まったく…。まあ、看板娘だからね」


 笑顔で私を見つめる藍子を少し悲しい表情で亜希が見つめていた。

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