第9話 デートの約束

 気付くと、営業時間が終了していた。私は無意識のうちに食器洗いをしていた。


 「…ちゃん。ユウちゃん」


 亜希の言葉に気付いた。


 「どうしたの今日は…。何か変だよ?」


 「亜希…。ちょっといろいろあってね…」


 いつの間にか以前の自分に戻っていた。私は亜希に理由を話した。すると、亜希は険しい表情になった。


 「ユウちゃん…。その女の人達について行っちゃだめだよ…。たぶん、その場にいた男の人にも言われたと思うけど。私の知り合いも被害に遭ったから…」


 身近なところで被害者が出ていた。3人の女の口に上手く乗せられ、被害に遭ったとのこと。


 「そうだったんだ…。逃げてよかった…」


 「多分、またその人達ユウちゃんの目の前に現れると思う…。その男の人、1人の女性を狙い続けるらしいから…」


 「じゃあ、今日声を掛けられたのは…」


 私は何かを察した。今度は逃げられないのではないか。そんな不安がよぎった。そもそも、その男は私に好意があるのか。なければただの遊びだ。


 (健ちゃんがいれば…。でも、頼り切るわけには…)


 自分の力で何とか切り抜けるしかない。


 業務を終え、店を出た。外は真っ暗だ。少しだけ不安な気持ちになった。


 (大丈夫だよね…。また、以前の自分に戻っちゃったな…。私ってほんとダメだな…)


 歩いていると、誰かが私の後ろを歩いていた。気にせず歩いていたが、少し気になってしまった。


 (同じ方向の人だよね。多分…)


 歩き続けて、曲がり角を左に曲がった。すると、後ろを歩いていた人間も左に曲がった。私は一度、立ち止まった。すると、足音が聞こえなくなった。再び歩き出すとまた後ろから足音が聞こえ始めた。


 「え…」


 私は怖くなり、走って振り切ろうとした。だが、それに合わせて相手も走っていた。


 (どうしよう…。このままじゃ…)


 どこか隠れる場所がないか周りを見渡した。だが、走っても走っても物陰すらなかった。十字路が見えた。私は左に曲がった。後ろを向くと、人の気配が消えた。何とか逃げ切ることができた。だが、ここからアパートまで無事に帰ることができるだろうか。


 すると、1人の男性が話し掛けてきた。


 「実は、誰かに追いかけられて…」


 私は理由を話した。


 「そうだったんですか…。危険ですからアパートまで送りますよ」


 「でも…」


 「大丈夫です。お気になさらずに」


 私は男性と歩きながら職業などについて話していた。


 20分ほどしてアパートが見えてきた。私は男性にお礼をした。


 「ありがとうございます。おかげで無事にアパートに着きました」


 すると、男性は胸ポケットから何かを取り出した。


 彼の連絡先が書かれた紙だった。


 「あなたに一目惚れして…。ご迷惑でなければ…」


 「そうだったんですか…。嬉しいです」


 私はその場で彼と連絡先を交換した。


 「優奈さんっていうんですね。よろしくお願いします」


 「こちらこそ。よろしくお願いします」


 私は彼を見送った。部屋に入り、少し舞い上がっている自分がいた。


 翌日。私はいつもと同じ感じを装い出勤した。みんな、何も気付いていないようだ。


 (とりあえず、みんなには黙っていよう)


 営業が開始し、いつものようにお客さんを出迎えた。


 「優奈ちゃん、今日はいつも以上に元気だね!」


 「そうですか?いつもこんな感じだと思ってました」


 「いやいや、元気だよ。こっちまで元気になるよ!」


 「ありがとうございます」


 自分でも理由が分からなかった。


 営業終了後、藍子が声を掛けてきた。


 「どうしたの今日は。随分元気だったじゃん」


 「そんなことないって。いつもこんな感じだよ?」


 「そうかな。まあ、お店を盛り上げてくれたからね。おかげで楽しく仕事できたよ。ありがとね、優奈」


 私の肩に手を置き、更衣室に入った。


 (そんなに元気に見えたのかな…。いつもこんな感じだと思っていたけど)


 考えても理由が分からなかった。


 業務を終え、更衣室で着替えていると、彼からメールがあった。


 「西口蓮」


 彼の名前だ。彼は会社を2つ経営しているそうだ。


 内容はデートのお誘いだった。


 「次の優奈さんのお休みの日にデートでもと思って。都合が合う日を教えて下さい。こちらのスケジュールは何とかなりますから」


 次の休みは3日後だ。私はそのことを彼に連絡した。


 「3日後ですね。それでは、3日後の11時に吉田駅の改札口前で会いましょう」


 私は返信をし、携帯電話を鞄にしまった。


 (デートか…。初めてだから緊張しちゃうな…。何着ていこうかな…)


 3日後が楽しみになった。


 帰宅の準備をしていると亜希が更衣室に入ってきた。


 「ユウちゃん、今から帰り?気を付けてね」


 「ありがとう」


 「今日は一際輝いてたよ。何かいいことあったの?」


 「ないこともないって感じかな」


 「何それー!」


 亜希としばらく会話をし、店を出た。


 (どこ行くのかな。レストランかな、お買い物かな、それとも…)


 あれこれ考えているうちにアパートに着いた。


 (嬉しいな。デートのお誘いなんて…。今までそんなことなかったから余計に…)


 夕食を作りながら3日後のことを考えていた。

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