第8話 街にいた痩せ型の男

 翌日、私はいつも通り出勤した。更衣室に舞がいた。舞は「おはよう」と声を掛け、私の頭をポンポンと叩いた。


 舞から見れば私はまだ子どもということなのだろうか。


 この日も多くのお客さんが来店した。楽しく、忙しく歩き回っているうちに営業時間が終了した。


 亜希が心配そうな表情を浮かべ、声を掛ける。


 「ユウちゃん、やっぱり誰か紹介するよ…。しつこいと思うけど心配だから…」


 「もう!ほんとに大丈夫だってば!みんな私の心配性が移ったの?」


 確かに、従業員は心配性になっていた。その反面、私は何故か陽気に振舞っていた。真逆だ。お互いの気が入れ替わったなんてことがあるのだろうか。


 「とにかく、私のことは大丈夫だからみんなそれぞれの時間を大切にしてよ。私なんかのために時間を使わないでさ」


 そう話したが、舞の表情は晴れやかではなかった。


 私は作業を終え、更衣室に入り着替えた。


 「じゃあね!」


 「お疲れ様…。ちゃんと逃げるんだよ?」


 「あはは!わかってるよ!じゃあね」


 私は夜道を歩いた。


 (みんな、いつからあんなに心配症になったんだろう…。そして、私はいつからこんな陽気に振舞ってるんだろう…)


 いろいろ考えているうちにアパートに着いた。


 (もう着いちゃった…。そういえば買い物してなかった。コンビニ行ってこよ)


  財布だけ持参し、近くのコンビニエンスストアへ入った。豆腐やお惣菜を購入し、店を出た。すると、1人の男性に声を掛けられた。


 「一倉!」


 中学校時代の友人の佐藤健二だった。恰幅の良い体形が特徴。彼は会社員で、食品製造の仕事をしている。その帰りだそうだ。


 「どうしたんだよ?考え込んだ顔して…」


 「健ちゃん…。実はね…」


 健二に話を聞いてもらった。


 「そうか…。噂には聞いてたけど。あれ本当だったのか…」


 「うん…。ついて行って、脱がされて…」


 「で、心配性のお前が陽気になり、周りが心配症になったってわけか…」


 健二も一緒に考えていた。


 「まあ、陽気に振舞えるのはいいことかもしれないけどな。弱さを見せないって意味では。だけど、逆に言えば強く見せているとも思われるよな。一倉の場合は」


 「そうだよね…。急に変わるんだもの…。そう思われてもおかしくないよね…」


 健二はタバコの火を灰皿で消した。そして、夜空を見て何かを考えていた。


 「また襲われないか心配だな…。でも、自分で切り抜けたいんだもんな…。一倉らしいな。昔から頑固だったし」


 「私そんな風に思われてたの?」


 「ああ『頑固なマドンナ優奈ちゃん』って」


 「それ、健ちゃんが言ってたんでしょ」


 「バレたか!」


 「もう!」


 2人で笑い合い、健二はこう話した。


 「とりあえず、遊びか本命かを見抜くことだな。その中からいい男を見つけ出す。それには、多くの男と出会わないと難しいが…」


 「出会いはあるにはあるけど、まだ人数が…」


 「でも、公園とか行ってるんだろ?一倉の場合は土日も出勤するからなあ…。曜日も固定じゃないから。多くの人と会える分、同じ人と会い続けるってのは難しいよな。仲を深めるって意味では。そして、その中に危険な男もいるってことだ」


 「ああ…。もう健ちゃんが私のこと貰ってよ!」


 「どうしたんだよ急に!気が変わったのか?」


 「何てね…。健ちゃん結婚してるの知ってるから」


 「バレたか。ははは!」


 健二は同じ職場の女性と結婚した。中学校時代の友人からそのことを聞いていた。


 「一倉。俺は一倉のこと応援してるからな!困ったら相談してくれよ!」


 「ありがとう!健ちゃんって怖い顔してるけどほんと優しいよね」


 「『怖い』は余計だ。『怖い』は」


 健二は笑って返してくれた。


 しばらく話し、健二は笑顔で手を振ってくれた。健二は顔は怖いが誰にも負けない優しさを持っている。中学時代はクラスメイトから人気があった。


 (健ちゃん。久しぶりに会ったけど相変わらず優しかったなあ…。健ちゃんみたいに優しい男性が見つかればいいけど…。健ちゃんのためにも幸せにならないとね)


 自然と涙が溢れた。


 翌日。出勤途中、3人の女性が歩いてきた。3人はどんどん私に近づいてきた。すると、1人の女性が私の腕を掴んだ。私は固まって動くことができなかった。


 「お姉さん。お姉さんのこと気に入ってる男がいるんだけどさ。会ってみない?」


 「い、いや。結構です…」


 私は手を振りほどいて走って逃げた。3人は私を追いかけてきた。


 (誰!?あの人達…)


 私は物陰に隠れ、難を逃れた。すると、誰かが私の肩に手を置いた。私は振り向いた。


 健二だった。偶然、出勤前だった。


 「どうしたんだよ?息切らして」


 「健ちゃん…。3人の女の人に追われて…」


 健二は何かを察した。


 「一倉。あいつらには絶対ついて行くなよ。被害に遭った女性が多いから…。そしてその男、街に出没するらしいから気を付けろ。痩せ型の男とか…」


 健二の目に偽りはなかった。


 私はあることを思い出した。先日の休日のことだ。洋服店の近くで声を掛けた男だ。


 (もしかして、あの人…。洋服店の近くにいた瘦せ型の男の人…)


 私は震えてしまった。その姿を心配そうに健二が見ていた。


 「どうしたんだよ、一倉。一倉?」


 (街に行ったらまた…)


 「一倉…?」


 「ユウちゃん、どうしたの?」


 健二の問いかけにも亜希が来ていることにも気付かなかった。


 私は無意識のうちに店内へ入っていた。2人は心配そうな目で私の後ろ姿を見つめていた。


 その日のことはよく覚えていない。

 

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