第7話 心配

 翌日出勤すると、昨日の出来事を藍子に話した。


 「よく逃げられたね」


 「もう必死だった」


 「追いかけられたらなおさら怖いよなあ…」


 「また体売るところだった」


 「体売るって…。好きでそういうことしてたわけじゃないでしょ?まったくもう…」


 「怒らないでよ…」


 「怒ってないけどさ…。呆れるというか何というか…」


 藍子は呆れていた。これで何回目だろうか。


 「でもよかったよ。ユウちゃんが無事で」


 「そうそう。よく逃げたよ!」


 亜希と舞が笑顔で声を掛けた。


 「また心配かけちゃったね…」


 申し訳ない気持ちになった。


 「でも、駅のことは何だったんだろうね…」


 藍子は疑問に思った。


 私はもしかしたら声を掛けてきた男と駅の男が同一人物ではないかと思った。だが、その証拠はどこにもない。真相は謎に包まれたままだ。


 「とりあえず、露出多い服は止めときなアンタ。もっとひどいことになるから」


 「うん…。夏が少し怖い…」


 「だけど、狙われるほどアンタが魅力的ってことだよね、言い換えれば」


 「魅力的に見えるのは嬉しいけど、私の場合は気が弱いところもあって、痛い目見てるから」


 「私は気が強いから痛い目を見ないとでも…?優奈ちゃん…?」


 「いや、そういう意味じゃ…」


 「冗談だよ!私も狙われないように気を付けないとね!」


 笑って藍子はそう返した。


 営業開始後、この日も多くの客さんが来店した。


 常連の女性のお客さんが来店した。水を差し出したとき、声を掛けられた。


 「優奈ちゃん。昨日お休みだったんだね。楽しめた?」


 「実は…」


 私は昨日の出来事を話した。


 「あら、そう…。怖いわね…。同一人物かも分からないわけだから余計に…」


 「魅力的に見えるのは嬉しいですけど、別の目で見られるのは嫌ですから…」


 「体目当ての人もいるからね。よく逃げたよ、ほんとに…」


 女性は安心した様子だった。


 数分後、女性が注文したコーヒーとチーズケーキを席のテーブルに置いた。女性は「ありがとう」と笑顔を見せた。


 「またあんな人に声掛けられたら逃げるんだよ?」


 「全力で走って逃げます!」


 そう言うと、女性は明るく笑ってくれた。冗談半分、本気半分の返しだった。だが、またそのような男に声を掛けられてしまうかもしれない。その時はちゃんと走って逃げることを決意した。

 

 「ごゆっくりどうぞ」


 私はそう声を掛け、キッチンに入った。


 「ユウちゃん、ほんとに走って逃げてね…?」


 「どうしたの?亜希…」


 「私最近、ユウちゃんが襲われてる夢ばっかり見てさ…。男の人に服を…」


 「亜希、きっと心配しすぎなんだよ!大丈夫だよ!走って逃げるから」


 「でも…」


 「正夢になんかならないから大丈夫!」


 「うん…」


 私は笑顔で返したが、亜希の顔は晴れやかではなかった。よほど心配だったのだろう。


 「やっぱり、誰か紹介するよ…。ほんとに心配だから。私の男友達、いいやつ多いし…。強いし…」


 「嬉しいけど、言ったでしょ?『自分の力で見つけたい』って。みんなにばかり頼っていられないもの。この状況を抜け出すのも恋人作りも自分の力だけでやってみるから。私が生死を彷徨っている時に助けに来てよ!」


 「生死を彷徨うって…。どんな状況を想定してるの…」


 亜希は少し藍子に似てきたように感じた。藍子とよく一緒にいるからだろうか。


 その後、お客さんが次々と来店し、私が対応した。その様子を亜希が晴れない表情で見つめていた。


 (ほんとに心配なんだよ…?ユウちゃんがいなくなったらお店のみんなもお客さんも悲しんじゃうから…。看板娘のユウちゃんがいなくなったら誰がお店を盛り上げてくれるの…)


 私は亜希がそのように思ってくれていることも知らずに、接客をした。亜希以外のお店のみんなには私の今の姿がどう見えただろうか。


 私を見つめる亜希の肩に藍子が手を置いた。


 「あの子がそう言ったら下手なことはできないよ。今は見守ろう、亜希…」


 亜希は少し間を空けて頷いた。


 6時を過ぎ、この日の営業を終了した。食器洗いなどを終え、更衣室に入った。すると、藍子と亜希が何かを話していた。よく聞こえなかった。


 「やっぱりユウちゃん…」


 「でもね…」


 そんな声が聞こえた。何のことが聞きたかったが、邪魔をしたくはなかったため、そのまま着替えた。


 「じゃあ、私帰るね」


 「待って、ユウちゃん」


 「どうしたの?亜希」


 だが、亜希は黙ってしまった。藍子は私を心配そうに見つめていた。


 「どうしたの2人とも。まさか、心配なの?」


 すると、亜希が小さく頷いた。


 「ユウちゃん、ほんとに誰か紹介するよ!嫌かもしれないけど、また襲われたりしたら…。私の男友達、そういうことしないから。それか、私達がガードするから!」


 「ほんとに大丈夫だってば!もう、亜希ったら。そんなことしたら亜希達の時間がなくなっちゃうでしょ?」


 「でも…」


 亜希は俯いた。藍子は私に対して何も言わなかった。


 「じゃあ、私ほんとに帰るね。2人とも明日お休みでしょ?楽しんでね」


 そう言い残し、私は店を出た。


 (ユウちゃんのこと心配で楽しめないよ…)


 2人はどのような休日を過ごしたのだろうか。



 

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