第6話 人混みで

 翌日。出勤前に体重を計った。


 (少し減ってる…。走ったのがよかったのかな。明日お休みだし、また公園行ってこよう。明日は誰がいるんだろ…)


 出勤し、仕込みを始めた。すると、亜希が話し掛けてきた。


 「ユウちゃん、ほんと細いよね。羨ましいな…。私も走ろうかな」


 「走ると気持ちいいよ。筋肉もつくし」


 「そうだよね。次の休み、走ってこよう!」


 亜希は笑みを浮かべ、準備を進めた。


 この日、男性のお客さんからあることを聞いた。男性に女性が現金を奪われるという出来事が起こったそうだ。肉体関係はあったそうだが、男性には恋愛感情はなかった。女性はそのことに気付いていない。ある日、男性が女性に「お金を貸してほしい」と頼み、女性からお金を受け取った。だがその後、男性とは音信不通になったそうだ。「遊び」と「お金」が目的だった。その男性はまだ捕まっていない。


 「そんなことがあったんですか…」


 「そうなんだよ。優奈ちゃん、人がいいから被害に遭わないようにと思って伝えたんだ」


 「気を付けます。ありがとうございます」


 6時になり、食器洗いを始めた。


 (明日は午前中に公園行ってこよう。でも、あの出来事があったから少し怖いな…。騙されないようにしないと)


 作業を終え、帰宅の準備を進めた。更衣室では恵美と佳穂が恋人の話をしていた。羨ましいと思いながら話を聞いていた。


 「私の彼氏、最近冷たくてさ。向こうが忙しいっていうのもあるんだけど、寂しいな…」


 「私も同じだよ。メグ、休みが合えば今度遊びに行こうよ」


 「行こう!行こう!」


 恋人はいても満たされない人もいる。それを知った私だった。


 15分後、店を出て帰り道を歩いた。私はお客さんから聞いた出来事を思い出した。


 (いつどこで声を掛けられるか分からないもんなあ…。本気の恋愛してみたいな…。いつも体だけ売って終わりだもん…。明日の公園には誰がいるかな…)


 明日が楽しみになった。


 翌日。6時半に目が覚めた。気持ちの良い目覚めだった。私は朝食作りを始めた。トースターとサラダ、コーンスープ。少し簡単に済ませた。


 公園に着くと、私と同い年くらいの女性が走っていた。スポーツウェアにサングラス。アスリートという感じだった。


 私は準備運動をし、走り始めた。現在、5月。暖かな日差しが私を照らした。


 (日差しがあるからすでに暑いくらい…。でも、気持ちいい)


 心地よい天気の中、公園を走った。サングラスをかけた女性は休憩しているようだ。この日走っているのは私のあの女性だけだった。女性は水分補給をし、再び走り出した。


 (速い…。本物のアスリートなのかな)


 私はどんどん離されていった。気付くと抜かれてしまった。敗北感を味わった瞬間だった。


 30分ほど走り、休憩した。女性は軽快に走っていた。私は水分補給をしながらその姿を眺めていた。


 すると、1人の男性が走り出した。先日、声を掛けてきた男性だった。男性は私に頭を下げた。私も返すように頭を下げた。


 (覚えててくれたんだ…。嬉しい)


 数分後、私は走り出した。先ほどより日差しが強くなったようだ。その中を走り続けた。


 1時間ほど走り、帰宅の準備をした。2人はまだ走っていた。


 (すごいな…、あのお姉さん。私、バテちゃったのにまだ走り続けてる。やっぱりアスリートなのかな)


 しばらく走っている姿を眺め、公園を後にした。


 (どうやったらあんなに走れるんだろう…。調べてみよう)


 自宅に着き、シャワーを浴びた。自分のお腹を触り、痩せたことを改めて実感した。


 (ほんとに痩せてるんだよな…。走っても前よりもバテなくなったし。筋肉もついてきてる…。男性はどう見るのかな…)


 浴室から上がり、着替えた。


 現在、午前11時半。


 (電車で出掛けよう)


 そう思い駅へ向かった。駅に着くとホームにはあまり人がいなかった。私はホームに並び、電車を待った。


 数分後、電車が到着し、乗り込んだ。車内は比較的空いていた。私は席に座り、30分ほど電車に揺られた。


 (服買いたかったんだよね…)


 駅に着き、改札口を出た。駅は人混みに溢れていた。私はその中を縫うように進んだ。


 すると、私のお尻に誰かの手が触れた。たまたまだと思い前に進もうとしたがまた触られた。


 (えっ?)


 私は怖くなった。一旦立ち止まったが、その瞬間手の感触はなくなった。


 (何だったの…?)


 再び進んだが触られることはなかった。


 駅を出る前、私は振り返った。


 (誰だったの…?)


 しばらく立ち止まり、人混みを眺めていた。誰だったのだろうか。近くに犯人がいると思い、小走りで洋服店へ向かった。


 洋服店が見えてきた。するとその時、1人の男性が私の前に立った。


 (誰?)


 帽子を被っていて顔がよく見えない。20代くらいの男性のようだ。男性は私に声を掛けた。


 「お姉さん1人?遊ばない?」「えっ、いや、急いでいるので…」


 私は走って逃げたが男性は走って追いかけてきた。怖くなった私は近くにあったショッピングセンターの女子トイレに入った。


 10分ほどして様子を見ると男性の姿はなかった。どうやら去ったようだ。私はそのまま売り場へ出た。


 (誰だったの、あの人…。もしかして駅で…)


 私は警戒しながら外へ出た。男性はいない。だが、待ち伏せしているかもしれない。注意しながら道を進んだ。


 (もう帰るしかないか…。こんな状態じゃ買い物なんてできないし…)


 私は駅に向かった。その間、襲われることはなかった。駅での人混みでも体を触られることもなかった。


 (せっかくの休日なのにこんな目に遭うなんて…。家にいればよかった…)


 私は落ち込みながら自宅に戻った。


 (明日の仕事に影響でそう…。大丈夫かな)


 その日はなかなか寝付けなかった。気持ちの良い午前とは一転して、最悪な午後となった1日だった。

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