第3話 見極めが難しい
「ちょっと、何するんですか。やめて下さい…」
「いいじゃねえかよ…」
「やめてっ!…」
夢だった。それは過去の出来事。2人の男に服を脱がされ、体を触られたところで目を覚ました。もう忘れたいのに夢になって記憶が蘇ってくる。大量の汗をかいてしまった。
(もう5時か…。起きよう…。二度寝したらまた思い出しそうだから)
汗を流すため、シャワーを浴び、着替えた。
浴室から出ると5時半になっていた。私は朝食を作り始めた。
料理は人並みにできてるつもり。でも、作ってあげられる男の人はいない。
油を引いたフライパンに卵を落とす。「ジュウ」という音を聞きながらみそ汁の味見をした。
(いい感じ。あとは…)
豆腐、わかめ、ねぎを入れ、さらに煮詰める。
その間に目玉焼きがいい具合になり、お皿に移した。
レタス、ハム、ミニトマトをお皿に盛り、彩りもいい具合。
(みそ汁もそろそろいいかな)
お椀に味噌汁をよそい、テーブルに乗せた。
「いただきます」
テレビを点け、今日の天気を確認した。午後から雨が降るようだ。
(傘持って行かないとな…。忘れないようにしよ…)
テレビを観ていると、女性が男性から暴力を受けたというニュースが流れた。2人はインターネットで知り合い、女性が男性の自宅へ連れていかれ、暴力を振るわれたという内容だった。男は優しそうな見た目で、そのようなことをするようには見えなかったそうだ。
私はそのニュースを観るのが辛かった。似た経験をしてきたため、頭の中で過去の出来事が映像として流れてくるから。
(怖いな、ネット社会って…。気を付けないと…)
この日も出勤。鞄に折り畳み傘を入れ、カフェへ向かった。外に出ると今にも雨が降りそうな天気だった。
どんよりとした曇り空の下を歩いた。
すると、1人の男性に声を掛けられた。
「すみません。浜田駅に行くには…」
「浜田駅は…」
「ありがとうございます」
男性は頭を下げ、駅へと続く道を歩いて行った。
(ちょっと怖い見た目のお兄さんだったな…。でも、すごく丁寧…)
いい人なのか悪い人なのか。その見極めは難しい。私は見極める力が乏しい。こうして道案内などをすることも見極める力を伸ばすことにつながるのだろうか。
カフェに着き、着替えて仕込みを始めた。この日は藍子も出勤していた。私は藍子に先ほどの出来事を話した。
「そういうことも大事だと思うよ。男性と接するわけだから。接客やってるんだからそれくらいはできるでしょ」
「まあね。ちょっと怖い見た目のお兄さんだったけど、すごく丁寧でちょっと驚いちゃった…」
「ギャップってやつかな。悪そうに見えて優しい人って意外といるからね。もちろん、その逆も。ただ、本当にいい人なのか悪い人なのかは人を見抜く力が必要になるけどね。それは私も身に付けたいけど」
「人を見抜く力か…」
恐らく、私には備わっていない。どうしたら身に付くのだろうか…。それを考えながら開店準備を進めた。
この日も多くの客さんが来店し、忙しく店内を歩き回った。
18時。営業時間が終了し、閉店準備を進めた。食器洗いを終え、清掃を始めた。
「優奈、また悪い夢でも見た?」
藍子が声を掛けてきた。
「どうして分かったの?」
「暗い表情するからね、悪い夢を見た日」
「実はね…」
「そんな経験もしたんだ…。すぐついて行っちゃうんだから」
「だって…」
「まあ、2人となるとなかなか逃げられないか」
「いい人そうに見えたからついて行って…。そしたら…」
「まったくもう…」
藍子は呆れた表情を見せ、更衣室へ入っていった。
(ついて行かないようにしているんだけど、何故かついて行っちゃうんだよな私…。藍子が呆れるのも無理ないか…)
清掃を終え、更衣室に入り、着替えた。更衣室には藍子が残っていた。藍子は私に声を掛けた。
「優奈、帰り道気を付けなよ。帰り道で女性が襲われる事件が増えてるから」
「うん…。ありがと…」
藍子は足早に店を出た。何かあったのだろうか。私も帰宅する準備を済ませ、店を出た。
外に出ると雨が降っていた。私は傘を差し、暗い道を歩いた。
私以外誰も歩いていない。何だか少し怖かった。
すると、目の前に光が見えた。
(何?)
歩いて行くと懐中電灯を持った人がいた。帽子を被っている。
警察官だった。どうやらパトロールをしているようだった。藍子が話していた事件があったからだろうか。
自宅のアパートが見えてきた。部屋のドアを開け、電気を点けた。何事もなく帰ることができた。
(藍子は無事帰れたのかな…)
メールを送ると1分足らずで返信が来た。
藍子は観たいテレビ番組があったため、急いで帰ったそうだ。
(そういうこと?もう、藍子ったら…。心配させないでよ、まったく…)
藍子の様子を見極めるのも難しいことが分かった。だが、安心している自分がいた。私はそのテレビ番組を観ながら夕食を食べた。
「身近にあなたを惑わす人はいませんか」
その問いに私は心の中でこう答えた。
(います。高橋藍子です)
藍子の本名だ。
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