第2話 気が付いたら魂だった
気が付いたら、実体のない体でフワフワと空中に浮いていた。下を見ると、自分の体がベッドに横たわり、娘が覆いかぶさって泣いている。
その横では、夫が突っ立って冷めた目で娘を見ていた。
私、死んじゃったんだ。私ことフランシーヌは、今全てを理解した。
私は、伯爵家の一人娘だった。子供の頃から体が弱くて、とても大切に育てられた。
食が細くて、頑張って食べないと体重がみるみるうちに減っていく。外に出ないので色白を通りこして真っ青。性格も内気で暗い。友達と呼べる人もいなくて、両親はとても心配していた。
でも当の本人は、あまり気にしていなかった。
だって人に興味がなかったし、体が弱くて何も続かない。やりたいことは沢山あったのに、チャレンジするとすぐに体調を崩すのだ。
そうなってくると、かなり早い年頃で諦めを知る。楽しくおしゃべりができる友達が作れない。だからなのか分からないが、私は人が見えないものが見えた。
最初は見ているだけだったが、試しに話しかけてみると、返事が返ってきてしゃべれることに気がついた。
生身の人間としゃべるよりも、気を遣う必要がなくとても楽だった。彼、もしくは彼女たちは、自分の死を受け入れることができずに現世に漂っている。
そうやって、そこかしこにいる幽霊達と話していると周りの人々から気味悪がられるようになってしまう。いつしか、幽霊令嬢と呼ばれるようになった。
いよいよ、両親達が心配して躍起になって婚約者を探し始めた。でも中々見つからない。それはそうだと思う。
自分でも、こんな暗くて幽霊とばかり話をする令嬢なんかと結婚したくないだろうと思った。
こんなに根暗で魅力の欠片もない私は、どうせ結婚できる訳がない。だから婚約者探しなんてする必要性を感じなかった。
ただ我が家には、子供が自分しかいない。だから私の代わりになる養子を貰って欲しかった。それを両親に言っても、不憫がられるだけで終わってしまう。
最後は必ず、自分達が必ず私を大切にしてくれる男性を見つけるからと宣言された。その度に、そんな奇特な人はいないだろうと心の中でつっこむ日々。
そんなある日、とうとう両親が私の婚約者を見つけたと部屋に駆け込んで来た。私は、そんな馬鹿なと驚いたことを覚えている。
私の婚約者になった男性は、三歳年上で男爵家の三男。シルバーの髪で、メガネをかけた目つきの鋭い男性だった。
名をジョルジュと言い、私の家のブルックス家に婿入りしてくれた。してくれたというよりも、それが狙いだったのだろう。
初めて会った日は、流石の私でも心躍っていた。まさか自分が結婚できるなんて思っていなかったから。
何にも興味なんてないと思っていたけれど、人並みに結婚に夢を抱いていたらしい。
だけど、会った瞬間踊っていた心は散ってしまう。
「はじめまして、フランシーヌ嬢。会えて嬉しいです」
そう言ったジョルジュの目は、ちっとも笑っていなかった。凍るような冷たい瞳だった。だから私は、そうだよねと納得した。
男爵家の三男だもの。みすぼらしい私との結婚を我慢すれば、伯爵家の地位が手に入る。だけど、その我慢に名乗りを上げる人なんていなかったのだ。
ブルックス家を存続させてくれることを、有難く思わなくては罰があたる。そう思ったから私は、ジョルジュにできるだけ迷惑かけないように生きていこうとこの時に誓った。
ジョルジュは、私が18歳で結婚してから17年間もよく我慢してくれた。17年間の間に、奇跡的に娘を一人儲けることができた。
娘は、16歳になり私に似ることなく美しい娘に育ってくれた。両親たちにも孫の顔を見せる事ができて、安心したまま天に召された。
私を失って悲しんでくれている娘を見ながら、私はもう充分だと思う。何もやりたい事ができない人生だったけれど、あなたを残せたことだけが私の誇り。
幸せになってね、私の娘エレーヌ。
そう思っていた時だった、突然目の前にポンッと白い服に身を包む男性が現れる。
「お待たせいたしました。フランシーヌ・ブルックス様ですね?」
男性が、手元のボードを見ながら私に話し掛けた。私は、あまりに突然出てきたのでびっくりする。
「はい。フランシーヌ・ブルックスです。あの……、あなたは?」
私は、驚きながら疑問を口にする。
「あー、突然申し訳ありません。神の使いをしております、イェルハイドと申します」
神の使いって事は、天使って事かしら? 私を天に召しに来たって事? 私が無言でいると、イェルハイドが言葉を続けた。
「では、フランシーヌ様、今自分が亡くなったのは分かりますか?」
私は、素直に質問に答える。
「はい。分かります」
イェルハイドが、うんうんと頷いている。
「良かったです。取り乱す人も少なくないので。では早速ですが、天界に参りましょう」
そう言ってイェルハイドが、私に向かって手を差し伸べた。だから私は、イェルハイドの手を取った。
その瞬間、何かに体ごとどこかに吸い寄せられた気がした。目を開けた時には、どこまでも続く白い雲の上だった。
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