第12話 聖都と予感

「…明日、日が暮れる前には聖都へと着くだろう。」


「な、…長かったですわ~。」


聖都近くの宿場町で4人で夕食の席を囲みながら、アズライドの言葉を聞いたフローズンハートが大きくため息を吐き、天井を見上げた。そこまではしないが彼女の気持ちも分かる。聖都に近づき、結界がより強固なものとなったので当然と言えば当然なのだが、ましら様の一件以来、私たちの旅は魔物の魔の字も無い安全な、悪く言えば退屈なものだった。


「…ふん、貴様には関係ないがヴェーダとエルハーベンは聖都に付き次第、余と共に大聖堂へと向かう事になる。どんな風に話が転ぶかは分からんが覚悟はしておけ、」


「…え、何のですか?」


「さあな、何が起こるかは分からんということだ。」


そう言い残すと残った食事をかき込み、アズライドは席を立ってしまった。


「…もう、最後に不安になるようなこと言わないでよね。」


「まあ良いじゃないか、あいつも悪いようにはしないって言ってたしな。」


「そうですわ~!どうせ大したことありませんわよ!精々聖教の軍に強制加入させられるくらいですわよ!」


「…それ、かなり嫌なんだけど。」


ヴェーダもフローズンハートも好き勝手に言ってくれる。ヴェーダだって他人ごとではないと思うのだが。


「まあそうね。今心配したとしても何かが変わるわけでもないしね。明日が良い日になるように祈っておくわ。」


「その意気ですわ~!」


この旅ももうすぐ終わる。思い返せばこいつがいてくれて良かったかもしれない。騒がしいこいつがいてくれたからこそ、多少はこの旅も面白くなったのかも…。


「景気づけですわ~!店主~!お酒を頂ける?酒精の強いものを3つ~!」


勝手なことをされるのはイライラするが、まあ良いか。

食事の終わりにフローズンハートが勝手に頼んだ清酒を傾けた。米の香りのするその酒は今となっては遠く離れてしまった故郷のことを思い出させた。






「…ふぅ。」


フローズンハートが勝手に頼んだあの酒が思いのほか美味しかったので宿屋の店主に頼んで分けてもらい、月を見ながらそれを嗜んでいた。


「よう。」


後ろから声を掛けられる。横目で声のする方を見るとヴェーダが立っていた。美しい濡れ羽色の黒髪が本当に濡れている。風呂あがりだろうか?妙に色っぽい。


「明日が不安か?」


的外れにそんなことを聞いてくる。こいつなりに心配してくれているらしい。


「…別に、そういう訳じゃないわ。」


再び杯を傾け、視線を夜空で輝いている月へと戻す。


「…あんたと初めて会った時もこんな風に夜空を眺めていたの。そうしたら星が一筋流れてね、…あなたと出会ったの。」


ふぅ、と一息。なんだか体が熱くなっている。


「あの時は聖都に来る羽目になるだなんて思ってもみなかったわ。」


酔って口が軽くなってしまっているようだ。勝手に言葉が口を吐いてくる。


「後悔しているか?」


「…別に、何だっていいわよ。退屈はしていないし、どうせ故郷にいたってすることなんてないんだし。」


「…お前は変わってる。今、お前が見上げているような暗く温かな夜空のような色。」


ヴェーダが訳の分からないことを口走っている。何のことだか分からない。私に黒い要素なんて無いと思うのだが、…そこで空になっていた杯に新たに酒を注ごうとして気がついた。貰ってきた分を飲み切ってしまったようだ。


「…もう無くなっちゃったわ、お酒。そろそろ眠るわ。…おやすみなさい。」


そう別れを告げて私は部屋へと戻った。





翌日、聖都へと近づくにつれて人通りも目に見えて増えていった。荷車を引く牛を連れた行商人の姿や、旅装の人達の姿が目に付く。アズライドの姿を知るものもこの辺りには少なくないようで、時折見ず知らずの者から話しかけられることもしばしばあった。…そうでなくとも馬鹿みたいに大きい馬に乗った鎧の男の姿は人目を引いていたのだが。


「人気ですね。剣聖って。」


「余は魔術が使えんからな。魔術師ならぬ身で十二星将に選ばれた余のことを他の星将とは違った目で見るものも少なくはない。」


「おほほほほほっ!まあ確かに魔術の才が無いのに星将に選ばれたのはアズライドさん位ですものね!庶民が憧れるのも頷けますわ~。」


「うむ。言い方に気になるところはあるがその通りだ。」


アズライドがフローズンハートの言葉に頷き馬上から私たちを振り返って告げる。


「見えたぞ、聖都アルカディアだ。」


緩やかな勾配の丘を登りきると、遠くに、青くどこまでも広がる海と、それを背にした巨大な白壁に囲まれた都市が見えた。


「…綺麗。」


「な、なかなかのものですわね。お、おほほほほっ!」


白壁の中は数多の建物が整然と並んでおり不思議な印象を受ける。これまで訪れた町よりもずっと多くの人達が暮らしているはずなのに、完成しているような、そんな不思議な印象を。そして、白壁のずっと向こう側、陸地と橋一つで繋がれた巨大な建造物が見える。きっとあれが、


「奥に見えるのが聖教の総本山、大聖堂だ。」


アズライドがそう口にする。やはり、その荘厳さはこれほど遠くからでも分かるほどだ。見ているだけで鳥肌が立つ。


「…今からあそこに行くんですか?…本当に?」


「何を今更怖気づいている?さあ、行くぞ。」


ため息を一つ吐き、アズライドの後に続く。大聖堂を目にしてようやくとんでもないことになっているのだという実感が湧いてきた。


聖都の門の前に着くと改めてその建造物の威容を感じる。真下まで来るとその大きさが嫌というほどわかる。最も強力な結界に守られた聖都にこれほど巨大な壁が必要なのかと思うほどに高い。20メートルくらいはあるのではないだろうか?


呆気に取られていると、門の前で検閲の番を待っていた民衆がざわざわと声を上げながら道を開けた。誰も彼もこちらを見ている。というか、馬上のアズライドを。


「ふむ、丁度良いな。」


彼はそう言って分かたれた人混みの合間を悠々と進んでいく。私達も慌ててそれに続いた。


「便利ですわね~。でも少しいけない事をしている気分になりますわ。」


「気にすることはない。それにあそこで時間をくっていてはキリがないからな。道を開けてくれたのは有難い。」


アズライドはそう言うと門番の一人に馬を預けた。門番は敬礼をすると馬を引き連れどこかへ去っていった。






巨大な門を抜け、聖都へと足を踏み入れた。往来は多くの人が行き交っており、目に映る市場はどこも活気づいている。ウケミの町で青春時代を過ごした身としては少し悔しさも感じないでもないが、やはり比べ物にならないほどの活気に満ちている。まるで催し物でも行われているのではないかと思うほどだ。


「…アズライドさん、今日はお祭りか何かですの?」


「いつもこんな感じだ。まあ初めてならば驚くのも無理はないか。」


フローズンハートも私と同じような感想を抱いたようだ。ぐぬぬと歯噛みしながら悔しそうに視線をあちこちへ向けていたが、やがて溜息を吐いた。


「…はあ、ここは聖都、世界の中心ですものね。この賑わいも当然と言えばそうなのでしょうね。」


「そうだな。大聖上が千年に渡り築き上げてきたものだ。ここで行われる人の営みは他では見られないものなのだろう。」


「噂には聞いていたが本当に千年も生きられるものなのか?大聖上というのはどんな人間なんだ?」


十二星将に向かってそんなことを聞くとは、怒りに触れないだろうかとハラハラして見守るがどうやら杞憂に済んだようだ。アズライドは気を悪くした様子もなく答えた。


「さあな。余に測り知ることは出来ぬ。だが、余はあのお方を敬愛しておる。あの方失くしてこの世界は存在しえぬのだからな。」


「そうなのか。…まあ今気にすることじゃあないか。」






アズライドに連れられ聖都を奥へと進んでいると、やがて都の外からも見えた大聖堂へと続く大橋の前へと辿り着いた。一キロほどはあるのではないだろうか。遠くからでは良く分からなかったが橋の長さも規格外だ。


「かつてはここも地続きであったらしい。だが海が押し寄せ大聖堂は陸地から切り離されてしまったのだ。」


「それでこんな大きな橋を?歴史があるんですのね。」


そんな話をしながら橋を渡る。この先で何が起こるのか、何かが変わる、そんな予感を胸に私は先へと歩みだした。

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