第10話 魔物とおしゃべり。

剣聖の持つ剣の在りか、つまりはましら様の居場所と目される場所へと向かう途中、私は先導するアズライドに向けて声をかけた。


「それにしてもあれって一体何だったんでしょうか?」


「あの白い影のようであったものか?」


アズライドはこちらを振り返ることもせず答える。


「そうです。あれがましら様そのものなんでしょうか?確かに白かったですけど、正直怪物っぽくは無かったですよね。」


「余はそうは見ておらぬがあれがましら様そのものであるという可能性もある。もし仮に、あの白い影のようなものに覆われたのが人であった場合、地面に呑まれる前には白い人影のように見えるだろうからな。」


「ああ~、なるほど。」


言われてみればその通りかもしれない。一目見ただけでそんなことまで予想するとは、やはり十二星将じゅうにせいしょうともなれば魔物に関する予測も余人とは違うようだ。


「でも、じゃあどうして本体ではないと?」


「あれは魔物ではない。だからこそ結界にも侵入できたのだし、目の前にいたにも関わらず余が奴の存在に気が付かなかったのだ。あれからは意志も生気も感じなかった。…恐らく、あれはましら様の持つ特異な力であろうな。」


「なるほど~、でもそれだけ特異な力を持っているということはきっと本体がいればかなり強力なはずですよね?…勝てるでしょうか?」


「…ふ、心配しておるのか?余がおれば魔物如きに後れを取ることなど決してない。たとえ相手がAランクの更に上、Sランクの魔物であったとしても一刀のもとに断ち切ってみせよう。」


本気で心配していたわけではないが、剣聖からそう言ってもらえると安心できる。そうして街道を外れ山に分け入り、藪をかき分け30分程経った頃だろうか、アズライドが立ち止まり口を開いた。


「まもなくだ。すぐ先に余の剣はある。用意は良いな。」


その言葉に私もヴェーダも頷く。それを見ると彼は慎重に歩みを進めた。私達もそれに続く。


少し進むと開けた場所に出た。そこは山の中だというのに星々の光で明るく照らされていた。


「…ぬ。」


先行していたアズライドが呟き、次いで私達も異常に気が付いた。


「…なにこれ。」

「ほう。」


そこは山の中とは思えないような異様な空間であった。まるで木々に覆われた部屋のような空間だ。それだけでも変なのだが極めつけは、その空間に散らばる人工物であった。服があり、鍋があり、桶があり、物干し竿がある。そんなガラクタばかりで満たされた場所だ。


「…そこか。」


暫く呆気に取られていたが、アズライドはすぐにこの空間を作り出した者の存在に気が付いたようだ。その視線を追うと積み上げられたガラクタの側にいる、全身が白い毛で覆われた猿の存在に気が付いた。


「…う。」


表情の読み取れない真っ黒な瞳でこちらを見ている。この状況も相まって妙に不気味に感じる。


「…オデ、」


「ぬ!?」

「しゃ、喋った!?」


目の前にいる魔物が口を開き、低く、呻くような音であったが確かに意味のある言葉を発したように感じた。これにはさしもの剣聖も驚きを隠せない様子だった。そんな私たちを尻目に白い猿が言葉を続ける。


「オデ、トモダチ、ホシイ、オマエラ、トモダチ」


「…言葉を解する魔物なんて聞いたことがありませんけど、どうしましょう?」


「知性があるのならば、なにか情報を引き出せるかもしれん。…貴様、言葉が分かるのか?」


「オデ、アタマイイ、オマエラ、シッテル、マシラサマ、ヨブ」


どうやら目の前の白い猿がましら様らしい。歯をむき出しにしてそう言葉にした。笑顔のようにも見えるが正直言って気味が悪い。価値観の違いだろうか?猿からしてみれば煌めく笑顔なのかもしれない。だがそんなことを気にした風もなくアズライドは続ける。


「ならば問う。貴様は何故あの村に危害を加える?手を出す理由はなんだ?」


「オデ、サミシイ、デレナイ、トモダチ、ホシイ」


「…ここから出られないってこと?あなた誰かに閉じ込められてるの?」


ましら様は頷き何かをこちらに投げて寄越した。足元に投げられた一抱え程の塊に目を向けるとただ光を反射するだけの黒い瞳と目が合った。口はだらしなく開いておりそこからはピンク色の舌が覗いている。


「これって、」


犬だ。犬の亡骸だ。腐敗のしていないその様子から、つい最近死んだのだということが分かる。きっとイームスちゃんの言っていたヒナちゃんだろう。やはり既に殺されてしまっていたのだ。少なからずショックを受けている私とは異なりアズライドは眉一本動かさない。そしてゆっくりと口を開いた。


「…やはり魔物か。」


そう呟き、歩みをましら様へと進めようとする。


「ちょっ、ちょっと待って下さい。もう少し話をさせて下さい。」


私の言葉に足を止めたアズライドはちらりとこちらを見た。その様を見て私も言葉をつづけた。


「ましら様!あなたをここに閉じ込めたのは誰?一体いつからここに居るの!?」


「シラナイ、ミンナガ、オデ、ココ、シバル」


「みんな?みんなって誰のこと?」


「ムラ、ミンナ」


村の人達がましら様をここに閉じ込めている?一体どういうことなの!?分からない。ましら様から得られる情報は断片的で要領を得ない。ここだけで結論へ辿り着くことは不可能だ。


「…もう良いであろう。もしこいつが何であろうと魔物であることに変わりはない。そしてこいつが魔物であり、民を脅かす以上切らねばならぬ。結論はそれ一つだ。」


アズライドは静かにそう言うと魔物へと向かっていった。もうこちらの呼びかけに耳を貸してくれるような素振りはない。


「…オマエラ、オレ、イジメル?イヤ、ナグル」


ましら様はそう言うと辺りにあったガラクタを自身へと迫りくるアズライドへとでたらめに投げつける。しかし、アズライドの歩みは止まらない。ましら様が何を投げつけようとも意に介した風もなく進み続ける。投げつけられたガラクタはアズライドに触れる前に見えない壁のようなものに阻まれてしまう。そして、ましら様の前までたどり着く、するとましら様は恐怖による雄たけびか、獣のような唸り声を上げ近くにあった巨大な何かを振りかぶった。


「あれは、アズライドの剣!?さすがにあんなものを正面から受け止めれば…」


ただでは済まない。そう言いかけてすぐにその考えが間違いであったことを悟る。


「…返してもらうぞ。余の聖剣を。」


アズライドはましら様が振り下ろしたそれを片手で受け止めて見せたのだ。そしてそのまま、ましら様の腹に一撃を加えた。奪い返した剣を片手に後方へ吹っ飛んだましら様を見下ろし静かに告げる。


「…さらばだ。」


そう言って剣を上段に構える。凄まじい威圧感を感じる。正面から対峙すればそれだけで相手は逃げ出してしまうことだろう。だが野生の意地か、恐怖から本能が麻痺したのか、ましら様は雄たけびを上げ能力を発現した。


「オォオォオォォォ!!!」


この世のものとは思えない唸り声を上げるましら様の周囲からは、白い影のようなものがいくつも生える。村で見たものと一緒だ!あの時アズライドの剣を覆いつくし、影へと呑み込んだあの能力だ!それらがアズライドに向け襲い掛かる!


「…アルテルフ。」


そう呟き、アズライドは問答無用に剣を振り下ろす。…その一刀は大気を切り裂くような一撃だった。その一振りの巻き起こす風圧に触れただけで、ましら様の触手のような影も、ましら様も、後方の木々も、周囲のガラクタも、軌道にあるもの全てをまとめて両断する。そんな凄まじい一撃であった。


「…ア、ア、ァァ、」


正中線で分かたれ、顔面のずれたましら様は声にならない声を上げ、体の左半分がずり落ちていく。衝撃波だけで、剣の軌道の延長戦上にあったましら様は致命的な一撃を喰らっていた。体が崩れ落ち、地面に触れる前、ましら様の身体は光に変わって消えていく。


「…やはり魔物であったな。」


一部始終を見届けたアズライドはやはり眉一つ動かさずにそう呟いた。光塵化こうじんか、魔物が消滅する際に見える現象だ。それが起こるということは、やはり、ましら様は魔物であったということなのだろう。例え言葉を理解していたのだとしても…。


「…ましら様って一体何だったんですかね?」


初めて見た。言葉を解する魔物、断片的で要領を得なかったが会話が出来た。そんな存在がいるだなんて。ましら様がどうして村に手を出したのか、誰があいつをこんな所に閉じ込めたのか、もはや知る術はない。


「…何であろうと構わない。魔物は魔物だ。殺さねばならない。」


「それはそうかもしれないですけど…。」


もう少し、話をしてみたかった。もしかすると何かが分かったかもしれない。……感傷だろうか?相手は魔物、人間とは相容れない存在だ。だというのに言葉が通じるというだけでこんな風に思うだなんて、もしかしたら自分は相当に甘ちょろい人間なのかもしれないと、そう思う。だから、そんな思考を振り切るように首を振り口にする。


「…いえ、何でもないです。」


もうここに用はない。去り際にもう一度ましら様のいた場所を眺める。もう訪れる者等いないであろうガラクタだらけの空間を。

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