第9話 ましら様

イームスちゃんを村まで送り届け、彼女の母親にましら様について尋ねると、ここでは話せないと言われ、村まで送り届けた礼も兼ねてと、食事をご馳走になっていた。


「ああ~、これおいしいですね。初めて食べましたけど。」


良く分からない葉っぱにくるまれた鶏肉を食べてそんな感想を言う。北の方では見ない食べ物だが香りがよく、肉の味を引き立てている。


「そうですか?私の口にはあまり合いませんわね。」


別にフローズンハートに聞いたわけではないのだが、作った者が目の前にいるにも関わらずそんなことを言う。


「すみません。彼女、味覚がおかしいんです。」


「…あはは、まあ人を選ぶかもしれませんね。この辺りの特産なんです。独特の苦みがあるんですが下ごしらえをきちんとすれば取り除けるんですよ。」


苦笑いをしながらそんなことを告げた。


「へー。」


「うむ。上手い食事も良いがそろそろましら様についても教えてくれ。」


アズライドがそんなことを言う。彼サイズの椅子がないため座っているのに体の半分ほどが椅子からはみ出してしまっている。天下の十二星将じゅうにせいしょうが無理して椅子に座っている様はなんだか笑いを誘う。


「…ええ、その話でしたね。」


料理のときの和気あいあいとした空気はどこへ行ったのか、どうもこの話題になると妙な雰囲気になる。


「そうですね。何からお話すれば良いのか…。ですが一つ、お約束してください。この話を聞いたからには、何があっても見捨てないと。」


縋るような瞳でアズライドのことを見ている。彼はその視線を正面から受け止め頷いた。


「ああ。約束しよう。余の全霊を以て力になることを。」


その言葉を聞いて安心したのか、ポツリ、ポツリ、と口を開き始めた。


「…ましら様とは古くからこの村で語り継がれている白い怪物の事です。」


「魔物の事か?何故、聖教に申し出ておらんのだ?」


「魔物かどうかは分かりません。…それに報告しようとはしたのです。しかし、使いに出したものは皆村を出てすぐに殺され、村からは何人も姿を消しました。」


「ぬぅ、それで先ほどのあの態度か。合点がいったわ。」


「ええ。そんなことが立て続けに起きたので、村の者たちはましら様の呪いだと言って村の外のものに伝えることを禁じたのです。」


「なるほどな。であれば余らがその話を聞いた今、ましら様が現れる可能性が高いということか。」


「…恐らくは。」


「お姉ちゃんお願い!ヒナちゃんを助けて!」


話を聞いていたイームスちゃんが裾にしがみついて、涙ながらに懇願してくる。


「アズライドさん、力になってあげませんか?」


「…無論そのつもりだ。だが妙に感じる点もある。まず一つ、ここも結界の内側である以上魔物は簡単には入ってこれんはずだが何故だ。そして二つ、もしそのような存在がいるのならば何故この村は滅んでおらん?」


あー、言われてみれば確かにそうだ。結界を破るほどの魔物であるのならば村の一つを滅ぼすことなど訳ないはずだ。だというのに、村は未だ存続しており村人たちにもそんな様子は見受けられない。


「…ましら様による被害はそう大きなものではありません。時折、現れ村から何かを奪っていく程度です。現れる周期も定まっておらず、連日現れることもあれば一年以上姿を見せないこともあります。人が姿を消すことも稀なのです。口外しなければ、その被害は天災により失われるものよりも少ないのです。ですから、この村に生きるものはましら様のことを誰にも話さず、ただ己が被害に遭わないようにと祈っていたのです。」


「…ふむ。それは奇妙だな。」


顎に手を当て何事かを考えている。


「…だが、まあ良い。ましら様とやらが現れるというのであれば斬り捨てるまでだ。」


…おお、頼もしい。剣聖の手に掛かれば魔物なんてお茶の子さいさいでしょうし。


「…と、いう訳だ。聖都へと向かうのはこの問題が片付いてからだ。」


こちらへ向き直りそんなことを言ってくる。異存はないが待つだけというのも味気ない。


「ましら様がどこにいるかとかって分からないんですか?剣聖がいるならこちらから出向く方が早く済むでしょう?それにヒナちゃんだって…。」


隣の少女の頭を撫でながら口を挟む。


「分かりません。ただ、その姿を人前に見せるのは稀で、現れた事に気づくのは村から誰かがいなくなってからです。」


「ん~、なら現れるまで待つしかないということですの?星将の力で何とかなりませんの?」


「どこにいるか分からん魔物を倒せるというのであれば、この世の魔物は既に駆逐されているだろうな。」


「つまり無理、ということですわね。」


「……。」


フローズンハートは呑気にそんなことを言っているがよくもアズライド相手にあんな口が利けるものだと思う。あの筋肉が見えないのだろうか。軽く小突かれただけでも骨が折れそうだ。


「…とにかく何かあるまで待機だ。余は村を見て回る。貴様らは好きにしていろ。」


そういうとアズライドは席を立ち外へ出てしまった。


「行っちゃったわ。あんたが変な事言うから怒らせちゃったんじゃないの?」


「あらあら、私の所為ですの?人の所為にばかりするのは良くないと思いますけど。」


だがこれからどうしようか。特にやることなどないしな~。そんなことを考えているとクイクイと裾を引っ張られた。


「お姉ちゃん、ヒナちゃんは?」


イームスが不安そうな表情でこちらを見ていた。話を聞く限りでは連れ去られた犬が帰ってくる可能性など無いに等しいのだろうが、こんなあどけない少女にそんなことを告げるのも憚られる。


「うーん、ヒナちゃんのことはあのおじちゃんに任せればきっと大丈夫よ。イームスちゃんは心配しなくていいわ。」


「…分かった。」


余り納得は言っていないようだったが、ひとまずは聞き分けてくれた。素直な子のようだ。


「…そうだ、いいもの見せてあげるわ。」


「いいもの?」


「そうよ~、見ててご覧。」


人差し指をかざし宙に円を描く。するとパチパチと音を立て小さな火の玉が生じた。


「うわー!凄い!綺麗!お姉ちゃん魔法使いなの!?」


「そうよ~。でもこんなものじゃないわよ。ほら。」


新たに魔力を流し込む。すると小さな火の玉は小鳥のように姿を変え、少女の前で回転しだす。ここからが大詰めだ。人差し指に中指を加え風の魔力を流し込む。すると炎により作り出された小鳥は色とりどりの軌跡を描きながら、私の指先に止まり、花火のように弾けて消えた。


「ど~お?名付けて鳥火花。綺麗でしょ?」


「凄い!凄い!もう一回やって!」


イームスは目をキラキラさせながらせがんでくる。だがその様子を見ていたフローズンハートは苦虫でも嚙み潰したような表情で隣のヴェーダに囁いた。


「…うわー、学生時代から下らない魔術の練習をよくしているとは思っていましたが、こんなものまで作ってたんですのね。異なる属性の二重詠唱、そんな高等技術を使ってやることが唯の手品とは…。使い方を誤っているとしか思えませんわ。」


「綺麗な魔法だと思うけどな。」


「だとしてもあんなもの使い道がありませんわよ。」


小声で言っても聞こえてるっての。


「ほーら、イームスちゃん次は氷の魔術よ~。」


そう言って技巧を凝らした氷の馬を作り出し適当に動かして見せる。その様子を傍から見ていたフローズンハートはやはり苦々しそうな顔をしていた。




そうして時間を潰し、私がイームスにいくつもの魔術を披露し終えたころ、外を見て回っていたアズライドが戻ってきた。


「あ、どうでした?何か収穫はありましたか?」


「いや、今のところはない。…何かが現れた気配も感じない。」


「そうですか。」


どうやらめぼしい成果はなかったようだ。


「だがこの村はそう広いものではない。もし魔物が現れたのであれば寝ていても気づくだろうな。」


「へ~、さすがは剣聖、だな。」


ヴェーダがそんなことを言う。


「どうだかな。この程度は誇るようなことでもない。」


「でしたらこの家にお泊り下さいと、そう言えれば良いのですが…。」


言いだしづらそうに母親は告げる。だがそれを遮りアズライドは口を開いた。


「分かっておる。この家に我らが留まるほどの広さはないだろうしな、…嫌みなどではなく。余らはどこか泊まれる場所を探すとする。」


「…お姉ちゃん行っちゃうの?」


寂しそうにこちらを見ながら口にするが、これ以上ここに居座るわけにも行かないし、アズライドの言う通りにする以外に術はないだろう。


「大丈夫よ。また会えるわ。この村にいる間はね。じゃあまたね。」


そう言ってイームスの家を後にした。


「でもこの村って宿とかありませんよね?どこに泊まるんですか?」


「…野宿。」


「…なるほど。」


まさか村に立ち入ってまで野宿する羽目になるとは。だが仕方がないか。


「じゃあ早くましら様が現れてくれるのを祈るしかないんですか。」


「そうなるな。」


「「………。」」


「まあ良いですわ。話によればそう時間はかからないでしょう。おほほほほほっ!」


「そうだな。現れるのならば夜だろう。あの少女の犬も夜中に消えたというし、ならば今宵だ。姿を見せるとしたならばな。」


一理あるし、他にあてもないのだ大人しく夜を待つとしよう。


村で分けてもらった食料を食べ、適当に話をしながら時が過ぎるのを待つ。そうしている内、日は暮れ辺りは闇に染まっていく。


「一つ聞いてもよろしくて?」


「…なんだ?」


「もし今晩何も起こらなければどうしますの?まさか本当にいるかどうかも知れぬ相手を待って足止めを食らうことになりますの?」


「…そうなるな。だがいつまでもここに居るわけにも行かんし、最長三日と定めよう。それまでに何も起こらなければ後のことは他のものに任せる。」


「三日ですか、もし何も起こらなければそれまで野宿…。ねぇ、エルハーベンさん、ちょっと村の外まで行ってましら様を探して来て下さいな?」


「何で私なのよ。あんたが行きなさいよ。」


馬鹿なことを言うフローズンハートにそう返す。


「そう焦るな。敵の姿も場所も良く分からん以上、余らは待つしかないのだ。気持ちばかり急いていても仕方があるまい。」


アズライドはそう言った。それから夜は更に深まるが何事もなく時間は過ぎていく。今夜は何もないかもしれない。そんな風に思い、うとうとしかけていたその時、ヴェーダの声で目が覚めた。


「来たかもしれない。」


「…何だと?気配はせんぞ。余にも感じ取れぬものを貴様が何故わかる?」


「…ん~、どうしたっていうのよ。」


「悪いな。起こしたみたいで。」


悪びれた風もなくヴェーダが口にする。


「…それは別にいいけど、ましら様が出たの?」


「ぬぅ、余は何も感じないがな。」


「気のせいならそれで良い。とにかくついて来てくれ。」


「良いだろう。」


そう言いヴェーダは先へ進もうとし、アズライドもその後に続く。


「フローズンハートは?」


「構わん。そのままにしておけ。」


ちらりと後ろを振り返ると、くか~、と気持ち良さそうな寝息を立てていた。…まあ放っておいても大丈夫か。彼女の寝顔を見るとそんな風に思った。


「この辺りだな。」


そう言ってヴェーダに連れてこられたのはイームスの家のすぐ近くだった。だが田舎の夜だ。村人たちは既に眠りについており、明かりも、何かがいるような気配もしない。


「…やっぱり気の所為だったんじゃないの?アズライドさんはどうですか?」


「…やはり何も感じないな。」


「いや、ここに来て俺の勘は確信へと変わった。目を凝らしてみろ。影の中だ。」


そう言って家屋の影を指差す。だが私には何も見えない。ただ夜の闇が広がっているだけのようにしか。だがアズライドの方はそうではなかったようだ。


「…ぬぅ、なんだあれは?」


目を見開き、一点を見つめている。視線を追ってみると地面の中、中と言っていいのか分からないが、影の色が少しおかしい場所があった。少し白みがかっているというか、色が薄いような…、だがそれは言われてみればといったもので気にするほどのものでないようにも思える。


「…え~、あれ?気にするほどの事ですか?」


そう聞いてみるがアズライドはその影に近づきながらどこからともなく巨大な剣を取り出した。


「試せばわかる。」


そう言い目の前まで行くとおもむろに剣を大地に突き刺した。だが何も起こらない。地面に穴を開けただけだ。


「…何も起こらないですね。」


「いや、だが妙な感触だな。…ぬぅ?」


アズライドが妙な声を上げる。見れば突き刺した剣を薄白い影のようなものが昇っていく。


「ちょっ!なんですかそれ!?」


だがアズライドは動じた様子はない。…というか何もしない。見かねた私が魔術を放とうとするが手をかざし静止を促してくる。


「…待て。」


「な、何で?」


そうしている間にも影は剣を覆いついにはその全てを覆い隠してしまった。すると剣はゆっくりと地面に呑み込まれて行ってしまう。


「ああ、…!」


アズライドが何を考えているのか分からないが、剣が地面に飲み込まれる間にも手を出さず、やがて完全に地面に沈み込み、薄白い影のような存在も痕跡を残さず溶けるようにして消えてしまった。


「…消えちゃった。」


「何か考えがあるんだろうさ。」


黙ってみていたヴェーダがそんなことを言う。するとそれを肯定するかのようにアズライドが口を開いた。


「うむ。一つ分かったことがる。」


「何ですか?」


「ましら様とやらに吞み込まれたとはいえ消えてなくなるわけではない。余の剣は未だ存在しておる。」


「どうしてそんなことが?」


「あの剣は大聖上からの賜りもの、姿が見えずとも余と繋がっておる。」


「じゃあ…、」


期待を込めて続きを促す。


「そうだ。これであのましら様がどこへ行ったのか分かった。すぐに向かうぞ。上手くいけばあの少女の犬も連れ戻せるかもしれん。」


こともなげに言って見せる。


「さっすが剣聖!頼りになりますね~!」


「これは剣の力だ。…そんな事よりも何故貴様はあやつの存在に気づいたのだ?ヴェーダよ。余には気配を感じ取ることは出来なかった。目の前に現れて尚だ。」


剣聖でも気づかなかったものに気付くだなんて。そういえば、とアルロ街道での出来事を思い出す。あの時も隠れていた魔物の存在に気が付いたのはヴェーダだった。


「ただの勘だよ、本当に。何かいると感じただけだ。」


「…まあ良い。聖都に着けばお前のその謎めいた正体についても何か分かるだろう。とにかく、今はましら様のことが先だ。付いて来い。」


そう言うとアズライドは私たちに背を向け村の外へと歩き出してしまった。その背を追って私達も足を進めた。

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