第8話 迷子のイームスちゃん。

「あ~暇ね~。」


アズライドについて来て二週間ほどたった。旅の道中は平和そのものだったが、まだ道のりの半分程度、同じくらいの距離を行かねばならないと考えると億劫な気分になる。


「あんた、用が住んだら帰るんでしょ?同じ道を。」


フローズンハートの方を見てそう告げる。


「そんな事言わないでくださいまし。それに今から帰るときのことを考えていても仕方ありませんわ!」


「でも考えてもみなさいよ。行きに一月、帰りも一月。そう考えるとあんたは今年の6分の1を移動に費やしたことになるのよ?」


「う、」


嫌そうな顔をするが、すぐにその思考を追い払うように頭を振った。


「何と言われても帰る気はありませんわよ。それにこれはこれで健康的ではないですか!」


フローズンハートを揶揄うのもこの位にしておいてヴェーダへと視線を移す。ヴェーダは魔物がアルロ街道に現れた時に、どこからか出現させた剣を、来る途中の町の武器屋で見繕った鞘に納め、腰に差している。


「あんたはあれからどう?何か変わった感じとかある?」


「いや、これと言ってないな。相変わらずこんなへぼな魔法しか出せない。」


そう言って街道の外側へと向かって腕を振る。すると前に見たのと同じ不思議な色合いのつぶてがいくつか現れ飛んでいった。


「ちょっと、あんまりポンポン使わないでよ。何か変なのが出てきたらどうするのよ。」


「いつ見ても奇妙な魔術だな。」


馬に乗り私たちの前を進むアズライドがそんなやり取りを見て口を挟んでくる。


「前にも見せて貰ったがそのような魔術は見たことがない。理から外れた魔術を使えるものは大聖上と力を分け与えられた十二星将じゅうにせいしょう以外におらんと思っておったが、貴様のようなものがいるとはな、」


ヴェーダを見ながらそんなことを口にする。その言葉を聞いて私は気になったこと聞いてみた。


「そういえばアズライドさんは魔術が使えないんですよね?じゃあ与えられた祝福ギフトも使えないんじゃないですか?」


「魔術が使えんからと言って与えられた力を行使できんわけではない。他の星将の話を聞いていても魔術と祝福は別物らしいからな。祝福は魔力が無くても使えるのだ。」


「へー、そうなんですね。ちなみにレオの祝福ってどんなの何ですか?」


膂力りょりょくの強化だ。行使すれば普段の何十倍もの力で剣を振るえる。」


「…へー。」


ただでさえ化け物のような肉体をしているというのにまさかこれ以上があるとは。そんなに力だけを高めて一体何を目指そうというのか。


「俺からも一ついいか?最初にあった時どこからともなく剣を取り出したよな?あれはどうやったんだ?」


隣のヴェーダがついでとばかりに問いかける。きっと出会った時に剣を突き付けられた時のことを言っているのだろう。


「あれは剣の能力だ。大聖上からの賜りもので自在に姿を顕したり消したりすることが出来る。以前功績を上げた際に褒美として頂いた。」


「便利なもんだな。」


「何もない状態から生み出したものではない。貴様の剣のようにな。見れば見るほど特異な剣だ。そのような材質のものは見たことがない。鉱石ではないし、魔剣や聖剣の類でもないな。」


「剣聖がそんな風に言うなんて相当ね。さっきの礫みたいなのとは全然違うんでしょ?」


似た部分もあるがヴェーダの剣は淡く不思議な蒼い光を帯びており、その光が揺らめき蝋燭の火のような不思議な魅力を放っている。


「ああ。あっちは脆いがこいつはかなりの強度だな。」


ヴェーダはそう言って剣を鞘から取り出し地面に向かって叩きつける。すると、まるで豆腐でも切るかのように抵抗を感じさせず、刃は地面にめり込んだ。


「…別に見せなくたっていいわよ。」


そんなやり取りをしていると何かにぶつかった。


「いてっ。」


前を向くと馬のお尻があった。馬は横目で何だというようにこちらを見ている。


「ご、ごめんなさい。」


言葉が通じるとは思えないのだが謝ってしまった。蹴られでもしたら目も当てられないことになっていただろう。


「突然立ち止まってどうかしたんですの?」


フローズンハートが馬上のアズライドに尋ねる。


「泣いているようだな。」


「え?」


前の方を見ると泣きながら子供が走ってきている。街道を子供が一人で歩いているだけでも問題だと思うのだが、様子も普通ではないようだ。放っておくわけにはいかないだろう。


「うわーん。ひっく!」


泣きながら目の前まで来た子供はこちらの、というかアズライドの姿を見て目を丸くして再び泣きながら来た道を戻ろうとしてしまう。


「う、うわーん!」


「ちょっ、ちょっと待って!」


慌てて逃げ出そうとする少女の手を掴む。見て見ぬふりはできないし話だけでも聞いてみないと。


「どうしたの?一人なの?お名前は?」


「ううう、ひっく。」


泣いていて会話ができるような状態でもないようだ。落ち着くまで頭を撫でてあげた。しばらくそうしていると少しずつではあるが口を開いた。


「い、イームス。あ、あのね、ヒ、ヒナちゃん、…いなくなっちゃった。ううぅ。」


言っていて思い出してしまったのか、少女は再び泣き出してしまう。


「大丈夫よ。泣かないで。ヒナちゃんってなあに?」


「わ、ワンちゃん。うぅぅ、ず、ずっと一緒。」


「そうだったのね。」


言いながら落ち着くようにと少女の頭を撫で続ける。


「エルハーベンさん、あなた子供をあやすのお上手ですわね。」


フローズンハートがそんなことを言ってくる。まあこのメンツでは私がやるしかなかっただろう。


「それで、一体どうしたというのだ?」


「どうも飼ってる犬がいなくなっちゃったらしいですね。」


「それでどうしてこんなところまで来るのだ?」


「さあ?とりあえず落ち着くまで待って下さい。」


そう言って少女をあやし続ける。やがて落ち着いたのか鼻をすすって私から離れた。


「も、もう大丈夫。」


「そう?ゆっくりでいいから何が起きたのかお姉さんに教えてくれる?」


「う、うん。あのね、朝起きたらね、ヒナちゃんがいなかったの。パ、パパとママに聞いたらもう忘れろって。でも絶対生きてるの!絶対ましら様がつ、連れてっちゃったんだ!」


必死に涙をこらえながらそう伝えてくれる。だがましら様とは何なのだろう。聞いたことがないが。


「ましら様ってなあに?」


「ま、ましら様はましら様だよ。」


良く分からない。心当たりがないだろうかと思ってアズライドの方を見るが、首を振っている。どうやらそう上手くはいかないようだ。


「だが、こうしていても仕方あるまい。とりあえずその子を家まで送ってやろう。」


良かった。許しが出なければどうしようかと思ったが、この山のような大男もそこまで鬼畜ではなかったようだ。これまでの事から薄々気づいていたがアズライドは見かけと態度の割に優しい。人を見た目で判断するのは良くないことだ。


「じゃあ、イームスちゃん、お家に帰りましょう。パパとママも心配してるわよ。」


そう言って少女の手を引き歩み始める。子供の相手が出来るのは私だけなので必然私が一番前を歩くことになるのだが後ろから厳つい馬に乗った大男たちが付いてくるのは妙な感じだった。




そもそも少女の足で来れるような距離だったのだ。一時間も経たずに私たちは少女の村へと辿り着くことが出来た。


「ここが私の村。」


少女は目を赤く腫らしてはいるがここに来るまででかなり落ち着いたようだ。


「ママ!」


村を少し進んだあたりで私の手を解き走って行ってしまう。向かう先には慌てた様子の女性の姿がある。


「イームス!あんたどこ行ってたのよ!」


走りくる少女を抱き留めホッとしたようにも怒ったようにも言う。


「…ごめんなさい。ヒナちゃんを探してたの。」


「…仕方のない子ね。…あら?そちらの方たちは?」


イームスの母親がこちらに気づき声をかけてくる。


「街道で彼女と会って、放っておくわけにもいかないので村まで送ろうと、」


「それはご迷惑をおかけしました。大したお礼は出来ませんが食事位は用意させて下さい。」


「いえ、ホントお構いなく。」


彼女の力にはなってやりたいがそれを決める権限は私にはない。そもそも少女のペットがいなくなったくらいで星将がそれを探すなどということはしないだろう。


「アズライドさん、どうしますか。」


馬を下りた彼は村の様子を見回しながら声を発する。


「ふむ。そう手間を掛けた訳でもない。気にするな。だが一つ尋ねさせてもらおう。貴様の娘の言っていた、ましら様とはなんだ?」


ましら様、その単語を聞いた途端、母親の表情が固いものへと変わった。そして少女に向かって強い口調で言葉をかけた。


「あんた、言ったのかい?ましら様の事。」


「…ごめんなさい。」


「お願いします。そのことは聞かなかったことにして下さい。」


こちらに向き直り頭を下げてくる。それほど知られたくないものなのだろうか。


「そういう訳にはいかぬ。もし魔物に関わるものであれば何らかの対応をせねばならん。」


だがアズライドは正面から母親の姿を見据えそんなことを言った。そこで母親もアズライドの発する並々ならぬ雰囲気に気が付いたのだろう。


「あ、あなたは一体?」


困惑した風にそんな問いを発する。


「余はアズライド=レオ。大聖上より祝福を賜りし十二星将の一角である。」


「な…、」


なんだかどこかで見たことのある光景だ。しばらく動揺していた母親は少しの間逡巡するような様子を見せ、口を開いた。


「分かりました。ですがここでお話しすることは出来ません。この子を送り届けていた礼も兼ねて、我が家へお越し下さい。そこでお話しします。」


母親の側にも何か事情があるのだろうし、大人しくその言葉に従うことにしよう。


「お姉ちゃん、お家くるの?」


良く分かっていない様子のイームスが私の裾を引きそんなことを言う。


「ええそうよ。もう少し一緒に居られるわね。」


「うん。」


そうして少女の見せた笑顔はこちらの心まで照らされるような明るいものだった。

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