第6話 剣聖 アズライド=レオ

魔物の爪が今にもヴェーダに触れるその瞬間、私は確かに見た。

ヴェーダが姿を消し、魔物は縦に両断されていた。魔物の背後にはヴェーダの姿がある。彼の手にはどこから取り出したのか分からない淡く蒼い輝きを帯びた片刃の直刀が握られていた。

断末魔を上げることもなく魔物の身体は端から崩れていく。まるで影のようであったそれは光を散らせながら空気に溶けて消えていく。今までにも何度か見たことがあるそれは魔物が消えるときに見せる光塵化と呼ばれる現象だ。


「…た、倒したの?」


目の前で何が起こったのか信じられないまま呆然と呟く。


「…や、やりましたわ~!」


私が呟くと同時に呆気に取られていたフローズンハートが飛び跳ねながらヴェーダに抱き着いた。


「…おい、止めてくれ。」


ヴェーダはもみくちゃにされながら嫌そうな顔をしている。彼女のことは無視してヴェーダの下へ歩み寄りながら尋ねる。


「あ、あんたその剣どこから?…いえ、そんな事よりも…。」


今目の前で起こった出来事が理解できず言葉がまとまらない、だがそんな私の様子を察したのかヴェーダがゆっくりと言葉を紡ぐ。


「…あー、なんと言ったらいいかな。あいつが影みたいになって目の前から消えた時、思考が俺の意識から離れた。そしたら体が勝手に動いてた。」


「…そうなんだ。良く分かんないけどとりあえず無事でよかったわ。」


こんな話をしていると、ようやく窮地を脱したのだという実感がわいてきた。すると途端に体に力が入らなくなる。


「…あら?あはは、腰が抜けちゃったみたい…。」


立てなくなった私はその場にしゃがみこんでしまっていた。


「まあもう脅威は去っただろう。いくらでも抜かしとけ。…それからフローズンハート、いい加減離れてくれ。」


「そ、そうですわね。些か慎みに欠けていましたわね。」


お前が今まで慎みを見せたことがあったのか?私の内心のツッコミ等露知らず、照れくさそうにしながら彼女はヴェーダに巻きつけていた腕を離す。


「…ヴェーダ君、その剣はどうしたんだい?」


黙って一部始終見ていたジル先生が口を開く。


「さあな。俺にも良く分からない。気づけば手の中にあった。」


「なるほど、ならば先程の鉱石の礫のようなものはどうやったんだい?」


そういえばあの礫もヴェーダの剣や彼の左腕とも似ている。もしかすると彼の魔術に関係しているのかもしれない。


「あああれか。さあな、何となくやってみたらできた。何ならもう一度やって見せようか?ほらよ。」


ヴェーダが地面に向けて腕を振る。すると先ほどのものと同じ青い鉱石のような礫がいくつか現れ地面に突き刺さる。


「あんた、使い方思い出したの?」


「いやどうかな。この位ならできるがしょぼくないか?強度だって大したことないぞ。」


「それでも進歩じゃない。でも一体どんな魔術なのかしら?見たことのないものだわ。」


そんな話をしているとしゃがみ込んでヴェーダの作り出した礫を観察していた先生が声を上げた。


「…やはりこれは魔術師に扱える魔術ではない。土、水、火、風、どの属性の魔術でもないのだ。」


「それってエルハーベンさんがして見せたような二重詠唱により作り出されて魔術ということですの?」


フローズンハートが尋ねる。


「いや、違う。あれらはあくまで四属性の枠組みの中で魔術を強化するものだ。これはそうではなく、この形こそが基準なのだろう…。」


「…つまりどういうことですか?」


先生は少しの間思案していたがやがて口を開いた。


「…分からない。」


「「「……………。」」」


私たちの間に沈黙が流れる。


「ま、まあ、良いではありませんか。今は細かいことなど忘れて町へ戻って祝杯とでもいきましょう!」


微妙な空気を打ち破るようにフローズンハートが声を上げる。


「そ、そうね。大体ヴェーダが使う魔術が珍しいものだったとしてもそんなに問題じゃなくないですか?」


私もそれに便乗するが先生は未だ難しい表情をしている。


「…そうだな。確かにここで議論していても仕方がないか。だが、町へと戻る前に生き残りがいないかどうか位は確認しておこう。」


迷いを断ち切るように首を振りそう口にする。今は気にしないでおいてくれるようだ。


「じゃあ手分けしましょうか。私はヴェーダとあっちの方を見てきますね。…行くわよ!」


ヴェーダを連れて南の方へと向かう。色々と気になることはあるが今気にしても仕方がないだろう。それにヴェーダが魔術の使い方を思い出したのならばそれはそれで良いことだ。私の後を歩くヴェーダに話しかける。


「ところで話は変わるんだけど、あんたその剣いつまで持ってるの?」


彼の手には未だ不思議な輝きの剣が握られている。


「そこいらに捨てるわけにもいかないだろう?それに出したはいいが仕舞い方は分からないな。」


そう言って肩をすくめて見せる。

そんなやり取りをしていると血の染み込んだ地面が目の前に現れた。辺りを見回すと街道から少し外れた位置に血だまりがある。


「そうか、きっとここで…。」


聖教の討伐隊は死んでしまったのだろう。死体は見当たらないがこの血の量から推測して無事であるとは思えない。


「…生存者はいないようね。残念だけれど。二人の所へ戻りましょうか。」


「そうだな。」


もうここに用はない。死体がないので弔うことできないが心の中で死んでしまった者たちの冥福を祈る。次の生が幸せに満ちたものであるようにと。

二人の所へ戻っているとどこからか蹄の音が聞こえてきた。


「何かしら?」


「馬、みたいだな。誰か乗ってる。」


どうやら音は私たちがやってきた方とは逆方向から聞こえてくるようだ。


「あんたあんな遠くのが見えるの?どんな目してるのよ…。」


遠くに何か動くものが見えるが距離が離れすぎていて私にはよく見えない。


「でも誰かしら?聖教の応援かしら?…にしては早すぎね。」


そんな話をしていると米粒のようだった人影がどんどん大きくり、そしてそれは私たちの前に来ると立ち止まった。目の前に来て分かったがとにかくでかい。乗っている馬は通常の倍ほどの体躯であるし正確には分からないが本人の方も2メートルは余裕であるだろう。


「貴様ら、ここに現れた魔物を知らんか?」


その大きさに威圧されていると、目の前の人物から野太い声が投げかけられる。浅黒く彫りの深い顔立ちで、金色の髪の毛は短く切り揃えられている。鎧の上からでも分かるほど筋骨隆々の肉体。身に付けている鎧は精緻な細工が施されており上等なものであることが分かる。只者でないのは確かだろうが一体何者なのだろうか?


「それなら私たちが倒しましたけど、あなたは一体?」


だがひとまず彼の問いに答えることにした。もし聖教のお偉いさんだったら問題だし。


「何だと!?ここに現れた魔物はAランクだと聞いたが、本当に貴様らが?」


どうも怪しまれているようだ。まあ確かにヴェーダがいなければ負けていただろうが倒したことに変わりはないのだ。

馬に乗った男とやり取りをしていると先生とフローズンハートの二人がこちらへと向かってきた。


「あらあら二人ともどうなさったんですの?あら?そちらの大きな人は誰ですの?」


フローズンハートは目の前の巨大な男にも臆した様子はない。だが隣のジル先生は訝しげなものを見るようにしていたが、やがて何かに気づいたように大きく目を見開く。


「ま、まさか、あなたは!?」


そしてその先生の問いに答えるように目の前の男は鷹揚に頷き声を発した。


「…うむ。余こそが大聖上よりレオの祝福を賜りし、アズライドである。」


「な…、」

「な、なんですって~!?」


訳が分からないといった風のヴェーダを置いて私たちは驚愕の声を上げた。


「有名人なのか?」


隣のヴェーダが小声で話しかけてくる。


「え、ええ。聖教の話はしたでしょう?そこで大聖上よりその力を認められ名と特別な力を与えられた者たちがいるの。その一人よ。十二星将と呼ばれる彼らはそれぞれが討伐隊を率いているわ。いわば聖教の軍のトップってわけ。」


「ふーん。じゃあ凄いやつってことか。」


「そうよ。こんな所に現れるのがおかしいほどにね。」


ヴェーダに簡単な説明をして謎の男、もといアズライドへと話しかける。


「ジル先生が言うってことは本人なんでしょうが、何故ここに?まさか本当に魔物を討伐に?危険とはいえAランクですよ?十二星将がわざわざ赴くほどの相手ではないと思いますが…。」


「うむ。近くに来ていたのでな。ついでだ。それで、本当に貴様らが魔物を倒したのか?こちらも言わせてもらうがAランクなのだろう?」


「そうですわ!何を隠そうこの、むぐっ!?」


口を開きかけたフローズンハートの口を塞ぐ。ヴェーダの事もある。ここで全てを話してしまえば面倒な事になるかもしれない。とはいえ、十二星将相手に隠し事というのも不味い気がする。どうすればいいか分からず助けを求めるようにジル先生を見るとこちらの意図を察した先生が口を開いた。


「ええ。私たちが魔物を倒しました。信じて頂けないかもしれませんが、彼女らは優秀な魔術師です。」


「俄には信じられんが現状を見るにそれは真実なのであろうな。だが、全てでもない。そこの銀髪の女、先ほど何を言おうとしていた?全てを話すが良い。」


有無を言わせぬ威圧感を放っている。どうやら全て話すしかないようだ。もうこうなればどうにでもなれと半ばやけくそ気味に全てを打ち明けることにした。魔物との戦いもヴェーダが記憶喪失であることも、全てを。


「ふむ。なるほどな。」


私の話を聞き終えたアズライドはそんな言葉を口に漏らした。そうしてしばらく思案した後、


「な!?」


どこからともなく巨大な剣を取り出しヴェーダの眼前に突き付けた。僅かでも動けば剣の切っ先がヴェーダに触れようかという所にあるのに彼に動じた様子はない。アズライドも試すように静かにヴェーダを見つめている。


「ふ、ふははははっ!どうやら嘘ではないようだな。」


暫くそうして見つめあっていた。厳つい大男と美青年が。だがしばらくすると剣を下ろし笑ってそんなことを言う。構えを解くと剣は途端にどこかへと消えてしまった。


「ならば貴様は余と共に来るが良い。見も知らぬ魔術を使うなどというものの話はアリエスか大聖上にでも聞かねば分からん。それに余は貴様を気に入った。悪いようにはせん。」


なんだかおかしな話になってきた。しかし、逆にラッキーじゃないだろうか?なんだか良く分からないがヴェーダは十二星将に気に入られている。これならば言葉通り悪いようにはされないだろう。それにもしかしたら彼についての手がかりもつかめるかもしれない。


「ヴェーダ、考えようによってはこれはいい話だと思うわ。それに拒否することは出来ないと思うし。」


「ふはは、良く分かっているではないか。」


「うーん、じゃあよろしく頼む。」


ヴェーダは面倒くさそうにアズライドにそう告げた。その様子に苦笑してしまう。


「はは、あんたって毎回そんな感じね。」


心配していたけれどこいつはどこでもやっていけるだろう。その位の逞しさを感じる。


「…だが、しばし待つが良い。余にも片付けねばならぬことがある。聖都へと戻るのはそれからだ。」


「へー、それで十二星将ともあろう御方がわざわざ赴くとはどんな用事ですの?」


フローズンハートは最初の驚きようが何だったのかと思えるほど普段通りの調子で聞く。


「ああ、少し離れたところになるのだがここより北へと赴いた所にある村に現れた魔物を討伐せねばならんのだ。」


「へー、そうなんですの。エルハーベンさんは北から来たようですけどそんな話は聞きまして?」


「いいえ、そんな十二星将がわざわざ出向くほどの魔物が現れたなんて話は聞かないわ。ちなみになんて村なんですか?」


「ヤマハミという村だ。」


…アズライドが告げたその単語を聞いて、心臓が止まるかと思った。


「…それっていつの話ですか?」


「現れたのはおそらく半年ほど前であろうな。少々特別な魔物なので十二星将が倒さねばならんのだ。だが何故そんなことを聞く?」


「…ヤマハミは私の村だからです。」


「ぬ…!なんと、魔物はどうした?被害は?」


「…問題ありません。…魔物は私が倒しました。」


「真か?」


「…はい。」


それからアズライドは何事かを考えていた。そうしてしばらくした後、口を開いた。


「…ならば貴様にも来てもらわねばならない。」


「え?」


「…聖都へだ。」


重々しく口を開く。


「…な、何故ですか?」


動揺から言葉が震えてしまう。たかが魔物を一匹倒しただけで何故そんなことになるのか。


「…貴様が倒した魔物は特別なものだ。星将が倒さねばならぬものなのだ。…そう定められている。ずっと昔から。」


厳かに告げられ呆然とする。い、意味が分からない。


「…良く分からんが長い付き合いになりそうだな。」


声のした方を見るとヴェーダだった。今、何が起こっているのか、訳が分からないが、本当にその通りだと心の底から思った。

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