第5話 Aランク
ウケミの町を出て魔物が現れたという街道へと向かっている。情報によると聖教の討伐隊がまだ戦っているらしいので急いだ方が良いだろう。
「流れで連れて来ちゃったけど、ヴェーダは町で待ってても良いのよ?多分危ないから。」
隣を少し早めの歩調で歩くヴェーダに告げる。
「いや、俺も魔物とやらを見てみたいしな。まあ危なくなったら適当に逃げるさ。」
「最初に見る魔物がAランク想定だなんてね、中々ないわよ。それにせっかく助けたんだもの簡単に死なないでよ?」
「おほほほほほっ!大丈夫ですわ!
その自信がフローズンハートのどこから湧いてくるのかは分からないが、私も同じ意見だ。というか過信ではなく、私一人でもなんとかなるだろう。
「はあ、敵について知る前からその調子では先が思いやられるね。もし仮にAランクの魔物だとしたら気を引き締めてかからないと本当に死んでしまうよ。」
見かねた先生がたしなめるようにして言う。
「先生はAランクの魔物見たことあるんですか?」
気になって聞いてみる。昔は魔物の討伐をしていたこともあると聞いたことがあるが、今の姿からは想像できない。
「ああ。若い頃に一度だけね。なんとか生き延びることが出来たが私の仲間は死んでしまったよ。」
そう言う先生はどこか悲しそうだった。
「…そうなんですか。」
…重たい。想像よりもずっとヘビーな内容だ。
それから一時間も経たないうちに魔物が現れただろうという場所に辿り着いた。
「…遅かったみたいですね。」
辿り着いた先に広がっていた光景は予想とは違ったものだった。辺りには血まみれの牛車の破片や運ばれていたであろう積荷、それから車を引いていた牛の肉片が辺りに散らばっていた。
「ああ。酷いものだ。」
先生も冷静に状況を分析しながらもその表情は沈んでいる。
「…でも人の姿はないですね。」
辺りは血塗れだが想像と違い、魔物もそれと戦う人の姿も死体も見当たらない。
「ああ、だが既に殺されているのかもしれない。仮想とはいえAランクの魔物が相手なのだ。楽観はしない方が良い。」
先生は辺りに目を配りながら私たちに警戒を促してくる。
「あらあら、でも死体がないことはひとまず喜んで良いのではないでしょうか?」
だがフローズンハートは謎の余裕をかましている。道中は珍しく神妙にしているなと思ったのだがそう長くは続かなかったようだ。
「それで、これからどうしましょうか?」
辺りの散策をした方が良いだろうが分かれるのは得策ではないだろう。
「うむ、そうだなひとまずは魔物の姿は見えないが近くにいることは間違いないだろう。もう少し進んでみよう。」
先生の提案に同意し、辺りに気を配りながら進もうとする。幸いにしてここらは草木の背丈も低く、見晴らしは良い。もし魔物が姿を見せても奇襲されることはないだろう。
だが、足を踏み出したその時、ヴェーダの声に引き留められる。
「いや、どうやらその必要はなさそうだ。」
それまで口を閉ざしていたヴェーダが突然そんなことを言いだした。
「どうしたの?何か見つけた?」
「ああ、ほら見てみろ。」
そう言い地面に散らばる適当な木片を拾い、それほど離れていない草木の合間に投げ入れる。すると木片が地面に落ちると同時、そこからまるで間欠泉のように黒い何かが噴き出した。
「な、何事ですの!?」
こちらを振り返ったフローズンハートが驚いたような声を上げる。ジル先生もただならぬ様子に気づき足を止める。
やがてその場に立ち込めていた黒い霧のようなものは風に吹かれて消えてしまい、霧の向こうが明らかになる。しかし地面が陥没しているだけで何もない。
「…後ろだ!燃え尽きよ!
ただ一人、敵の姿を追えていたジル先生がそう言い放ち、後方に魔術を放つ。4発の炎の弾丸が着弾し、火柱を上げる。
「やりましたの!?」
フローズンハートはそう言うが、Aランクというのが本当ならそんなに簡単な相手じゃないだろう。
「…いや、まだだ。」
燃え盛る火柱などものともせず、その中から魔物が姿を現す。その魔物は巨大な狼のような姿をしていた。だがその左半身は夜の闇のように暗く、全身に黒い霧のようなものを纏っている。一目見ただけで普通ではないことが分かる。魔物の中には特異な力を持つものがいるというがこれもその類だろう。先ほどの先生の魔術もダメージを与えられたようには見えない。まあこの程度でどうにかなるとは思っていなかった。まずは相手の能力を測らねば…。
「
無傷の魔物に風の魔術を放つ。以前、ヴェーダに集っていた魔物を追い払った時に使ったものと同じ炸裂する風の魔弾だ。それなりの魔力を込めた。普通の魔物相手ならこれで片が付くが、果たして…。
「な~んですって!」
私の代わりにフローズンハートが声を上げる。彼女の反応は大げさすぎるが驚愕の気持ちは私も一緒だ。放った魔術は魔物に当たりはしたが、魔物の纏う霧を僅かに散らしただけだ。
「これは一体どういうことですの~!?あなた手を抜いたのではなくて!?」
「そんなことしないわ。…って、んなこと言ってる場合じゃないわよ!」
気付けば魔物がフローズンハート目掛けて飛び掛かっていた。
「来ないでくださいまし!集え、氷の結晶!アイスウォール!」
だが、彼女も魔道学園を首席で卒業した魔術師だ。素早く自身の前に氷の盾を出現させ魔物の攻撃を防ぐ。しかし、魔物の膂力は予想以上でたちまち盾に亀裂が生じた。このままでは不味い。
「ちょ、ちょっと危ないかもしれませんわ~!」
「見れば分かるわよ!」
先程の私の放った魔術は効果がなかったが、他に手もない。今にもフローズンハートの氷の盾を砕きそうな魔物の横腹目掛けて魔術を放つ。
「
だがやはり私の放った魔術は魔物の纏った霧に触れると打ち消されてしまう。きっとこれみよがしなあの霧が魔術を妨害しているに違いない。しかし、それが分かったところでいったいどうすれば…。
「きゃぁ!」
逡巡している間に魔物に向かってどこからか飛んできた、鋭く尖った青い礫がめり込んだ。礫は魔物の体毛を貫くことは出来ず、礫は当たると同時に砕けてしまうがその衝撃で魔物はフローズンハートから引き離される。衝撃は彼女にも及び尻もちをついて可愛い悲鳴を上げた。
「…案外やれるもんだな、俺も。」
声のする方を見ると、ヴェーダが何食わぬ顔をしてこちらに向け手をかざしていた。
「あんたがやったの?…どうやって?」
あの礫は確かにヴェーダの左腕と似ていた。こいつの放った魔術なのだろうか?
「さあ?やってみたらできた。それより気を抜かない方が良いんじゃないか?そいつ、倒せたわけじゃないだろう。」
そうだった。気になることはあるが今は戦闘の途中だ。余計なことを考えている暇はない。魔物は既に体勢を立て直しこちらを向けて唸り声をあげていた。
考えないと。
私や先生の魔術は魔物に対して効果がなかったが、どういう訳かヴェーダの攻撃は僅かとはあいつにダメージを与えられていた。それにフローズンハートの氷の盾も一応敵を阻めていた。
ならば…
「
大地が隆起し魔物へと向かって襲い掛かる。先端は鋭く尖っており当たれば風穴開く事間違いなしだ!
私の放った魔術は魔物へと直撃する。魔物の表皮は予想よりずっと固く土でできた槍は魔物を吹き飛ばすのみにとどまり砕けてしまうが、先ほどの魔術のように打ち消されたりはしない。
予想通り魔術で作ったものであろうとも実体を伴った攻撃であれば当たるのだ!
「やったわ!」
「倒せてませんわよ!?」
「そうじゃないわよ!あいつには魔術でも物理的な攻撃なら聞くことが分かったの!」
「そういうことでしたの!」
フローズンハートに説明している場合ではない。
「だがどうする?それが分かったとしても物理的な攻撃もあいつには殆ど効いていないようだ。」
先生が口を挟む。確かに魔術は魔物に大したダメージを与えられていない。しかし、効果がないなどということはない。
「きっとパワーが足りないんです!次は私の魔力をすべて注いで最大威力の魔術を叩き込みます。なので詠唱するだけの時間を稼いで下さい!少しでいいので!あんたも、分かったわね!?」
先生とフローズンハートに私の考えを告げる。そうこうしている間にも魔物は再びこちら目掛けて走りかかってくる。
「了解した。」
「そういうことならお任せなさい!5分だろうが1時間だろうが足止めして差し上げますわ!おほほほほほほっ!」
訳の分からないことを言っているが今構っている暇はない。
「じゃあ頼みます!」
二人にそう告げ私は魔術の詠唱を始める。
「
魔力を練る。これほどの魔術を使おうとするのは久しぶりだ。だが不安はない。むしろ燃えている。こうしていると私は魔術が好きだったんだということを改めて分からされる。
そんなことを考えている内に視界に奮闘している様子の先生とフローズンハートの姿が映る。
「あ、あやしいですわ~!?」
「大丈夫だ!援護しよう!」
フローズンハートが氷の塊で魔物の周囲を覆い、それを突破する間際の魔物に対してジル先生が岩の礫を放ち、押しとどめている。
私の方も一つ目の詠唱は終わった。もうすぐだ。
「…重ねる。嵐の前に讃えて告げる。天の下の草の
完了した。右手に土属性の魔術、左手に風属性の魔術、今の私にできる最大出力のものだ。
「できたわ。二人とも離れて!」
私の声に気づいた二人が魔物から距離を取ろうとする。後を追うとした魔物に対してジル先生が石の礫をお見舞いし、よろめいたところにフローズンハートが上から氷の塊を落とす。二人の距離は十分に離れた。
…今だ。
「切り刻まれなさい!
留めておいた二つの魔術を融合させ魔物へと放つ。魔術は激しいうねりとなって石の刃を
「くっ!」
…もう限界だ。これ以上の維持は難しい。だがこれだけやれば魔物もさすがに息絶えただろう。そう判断し魔力を送るのをやめる。すると嵐は
「おほほほほほっ!さすがエルハーベン!」
側にいたフローズンハートが私の背を叩く。
「当然でしょ。Aランクだかなんだか知らないけれど敵じゃないわ。ま、あんたと先生の助けがないとさすがにやばかったかもしれないけどね。」
軽口をたたいてみたが、魔力を使いすぎた。少し休みたい。
「ああ、見事なものだ。異なる属性の魔術の
先生も柔らかに微笑みながら私を褒めてくれる。
確かに強力な相手だった。今まで戦ったことのある魔物とは比べ物にならないほどに。しかし、そんな相手に勝ったというのは確かな自信になる。
「どうだったヴェーダ?まともに魔術を使ってるとこ見せたのは初めてだけど結構やるでしょ?」
自分でも気づかない内にAランクの魔物を倒せた事に喜びを感じているのかもしれない。控えていたヴェーダにそんな言葉を発していた。
「ああ。凄かったな。俺の豆鉄砲とは大違いだったよ。」
「そういえば、すっかり忘れてたけどあんたのあの魔術って何だったの?初めて見るものだったけど?」
「さあな、まだ良く分からん。」
ヴェーダも本当に分からないのだろう何か思案するようにしている。どうやらまぐれのだったようだ。しかし、修練を重ねていけばきっともっと強力な魔術を扱えるようになるだろう。思い返せば彼の魔術は見たことも聞いたこともないようなものだった。あの腕と関係があるのは間違いないだろうが。いずれどれほどのものになるのか興味をそそられる。そんなことを考えていると、不意にヴェーダが口を開いた。
「ところでよ…」
そう区切りながら彼は続ける。
「お前の話によると魔物ってのは死ねば消えてなくなるんじゃなかったか?勘違いだったら悪いんだが。」
「ええそうよ。でもそれがどうかし、…」
ヴェーダの問いに答えようとして、まさかと思い散らばった魔物を眺める。私たちの間に流れる空気は先ほどまでのものとは一変していた。先生もフローズンハートも恐る恐るといった様子で魔物の死体へと目を向ける。
「…嘘でしょ。」
そこには魔物の肉片が石や氷に交じって散らばっている。普通であれば光の粒子となって消えてなくなっておかしくないほどの時間が経っている。だが、肉片となり生きているとは到底思えないような状態になって尚、魔物の姿はそこにあった。
辺りには魔物が纏っていた黒い
「まさか、あの
「…落ちよ!」
すかさず先生が肉片の周りに漂う
「く…。」
その光景に先生は苦し気な声を漏らす。私は先ほどの攻防で魔力を使い果たしてしまっている。それに魔術も物理的な攻撃も効かないとは…。実体を持たない魔物などというものがいるなんて思いもしなかった。…これがAランクの魔物、…甘かった。
「ど、どうしましょう?」
フローズンハートの問いに答えられるものはいない。私も先生も口を閉ざすことしかできない。そうするうちに
「これが本当の姿…。」
魔物は二本の足で立っていた。まるで狼人間のようでもあるが全身は夜の闇のように暗く、
「死」そんな言葉が頭をよぎる。本来の姿を取った魔物の威圧感は先ほどまでの比ではなく本能的に逃げられないことを悟ってしまう。
そして魔物はまるで自身の身体の性能を確かめるかの如く一度腕を振り払う。すると周囲に影の如き奔流が巻き起こる。あんなものを食らえばただでは済まないだろう。
生唾を飲み込む。すると次の瞬間には魔物は陽炎が揺らめくようにして視界から姿を消した。
「に、逃げたんですの?」
フローズンハートがそんなことを呟く。だがその声は震えており、恐れが伺える。
「後ろだ!」
先生が鋭く叫ぶ。振り返るとヴェーダの背後で影のような魔物が今にも腕を振り下ろそうとしていた。
…止められないと、そう悟る。甘く見ていた。…だがもう遅い。瞬きの後には既にヴェーダの身体にはあの魔物の一撃が加えられる。無事では済まない…!
だが次の瞬間、影の爪牙が今にもヴェーダに触れようとした、
その時!
彼の姿は消え次の瞬間には実体を持たない魔物の姿が半分に割れていた。
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