第4話 お嬢様、フローズンハート。
魔道学園を訪ねて以降、私たちは町でヴェーダのことを知る人物はいないかと探し回っていたのだが、成果は得られていなかった。私は夜になれば酒場に繰り出し、足元がふらつくまでまで飲んでいた。これも情報収集だ。後ろ暗いことなどない。
「なんだ、お前昨日も飲んだのか?顔色が悪いぞ。」
ヴェーダが呆れたような顔をする。
「いいのよ別に。これも立派な情報収集の一つだし。酒場じゃみんな口が軽くなるから普段じゃ聞けないことも聞けるの。」
適当な言い訳を口にする。とはいえ、何の成果も得られていないのだが。
「なら良いがな。」
「でもさすがに昨日は飲まない方が良かったかもね。この状態で先生の所に行ったら何か小言を言われるかも…。」
学生という訳ではないのだから今更そんなことを気にする必要などないのだが、昔のことが頭をよぎる。酒を飲んだ状態で授業に出ているのがバレてかなり怒られた。
「ならどうする適当に腹に入れてから行くか?」
「そうね。じゃあうどん。もう少し行った所にうどん屋があるからそこに行きましょう。」
私はそう告げるとヴェーダを連れて町を進んだ。手ごろな価格と早さが売りの店で出汁の利いたうどんを啜った。まだ昼時ではない為か客は私達以外に居なかった。それにしてもどうして二日酔いの時に食べるうどんはこんなにおいしいのだろうか、体に染みる。なんだか生き返ったような気がする。
汁まで飲み切り、すっかり調子を取り戻した私は上機嫌で店主に礼を言って外に出た。
すると、まるで待ち構えていたかのように甲高い笑い声が耳に響いた。
「おほほほほほっ!お久しぶりですわね!エルハーベン!」
…ああ、なんだか久しぶりの感覚だ。嫌いじゃないがこいつといると頭が痛くなる。私の名前を呼んでいることだし間違いはないだろう。うんざりとしながら声の主の方を見た。
「相変わらず頭の痛くなる声してるわね。何か用なの?フローズンハート?」
視線の先には予想通りの人物がいた。ボリュームのある銀色の髪をウェーブ巻きにした勝気な瞳の少女がいた。身に付ける衣服も素材からして上等で良い所のお嬢様という印象を受ける。昼間からこんなところで何をしているのだか。
「あらあら、随分な言いようではなくって?お久しぶりの級友に。もう会えないかと思っていましたわ。」
「私としてはあんまり会いたくなかったわ。」
「ところでそちらの方はどなた?」
私の嫌味は聞こえているのかいないのか、彼女は隣のヴェーダに視線を向けた。
「ちょっと無視しないでよ。」
「俺はヴェーダだ。色々あって今はこいつの世話になってる。」
「あらあら、それじゃあヒモということですの?」
昔から分かっていたことだがこいつはやはりどこかおかしい。初対面の人間に一言目でそれは無いだろう。
「まあそんな感じだな。」
だがヴェーダも堂々としたもので彼女の物言いに腹を立てた様子など微塵も感じさせない。
「こっちにも色々と事情があるのよ。そんなことはどうでも良いでしょ。用がないなら帰りなさいよ。」
しっしっと手を振るがフローズンハートは私たちの傍を離れない。
「そうはいきませんわ。折角会えたのですもの!
どうしてこんなことになったのか、見計らっていたように店から出た途端声をかけてきたが、考えていると頭が痛くなりそうだったので私は投げやりに言った。
「はあ、もう好きにして頂戴。どうせ言っても聞かないんでしょう。」
学園までの道を向かいながら私たちの後をついてくるフローズンハートに聞こえないように小声でヴェーダが私に話しかけてくる。
「ところでこいつは誰なんだ?お前の知り合いっぽいが。」
「あいつは私の学生時代の…まあ、友人と言っておくわ。出会い頭のあの感じからして私のことを探してたみたいね。全く、どこからこの町にいることを知ったのか…。」
「おほほほほっ!我が一族の情報網を侮ってもらっては困りますわ!あなたは有名人ですからね。この町に戻ってくればすぐに分かりましてよ!」
私たちの会話が聞こえていたのだろう。彼女が口をはさんでくる。
「だからって一々会いに来ないでよ!」
「何やら面白いことになっていると聞きましたわ。揶揄ってやろうと思って来ましたのよ!そちらの彼、記憶喪失なんでしょう?それに見たこともない魔術を扱うとか。」
何で知っているんだ?ジル先生から伝わったのだろうか?それとも学園での騒ぎをどこからか聞きつけたのだろうか。
「ああ。まあ魔術に関しては俺にも良く分からないがな。学園にいた人が調べてくれたらしい。これから聞きに行くところだ。」
「もちろん
「俺は別に構わないけどな。」
ヴェーダは彼女の強引な言動にも腹を立てた様子はない。というか短い付き合いではあるが彼が不愉快そうにしている場面など見たことがない。機会があれば怒らせてみたいものだわ。
「まあいいわ。いざとなったらあんたの家のコネを頼らせてもらうから。」
大変遺憾ではあるが彼女はの家はこの町に古くからある名家だ。この町で職を斡旋することなど造作もないだろう。最悪、ヴェーダのことは彼女に任せてしまうのも良い。
「ヴェーダ、もし今回先生の所で何もわからなかったらあんたのことはこいつに任せるわ。こいつの家はこの町でかなり権力を持ってるからあんた一人くらいの働き口なんてどうにでもなるはずよ。」
「あらあら!エルハーベンさんが私に頼みというのも小気味良いですわね。まあその時は何とかして差し上げますわ。丁度専属の召使が欲しいと思っていましたの!おほほほほほほっ!」
「そうか、じゃあその時はよろしく頼む。お前もありがとな。俺のせいでそこそこ長いこと家を空ける羽目になっちまったな。」
ヴェーダは殊勝にそんなことを言う。常識は忘れていても一般的な道徳というものは備わっているようで何よりだ。あまり心がこもっている様には感じられないが。
「いいのよ気にしないで。家なんていくら空けてても問題ないわ。」
下らぬやり取りをしている内に学園の前までたどり着いていた。
「さあ着きましたわ!」
いつの間にかフローズンハートが先頭に立って私たちを先導していた。
「ええ。とっとと用事を済ませましょう。」
来るまでにドッと疲れた。久しぶりであのテンションはキツイものがある。
学園は今は授業中のようだ。生徒たちのいない廊下を進みジル先生の部屋を目指して進む。
「あら~、休み時間だったら面白いことになっていたかもしれませんのに、残念ですわ。」
「それは何故だ?」
ヴェーダがフローズンハートの呟きに問いを発する。他人が言いふらすのはイラつくが別に隠すようなことでもない。
「ふふ、彼女はこの町じゃちょっとした有名人ですの!休み時間なら群がられていたかもしれませんわ。もみくちゃにされてるエルハーベンさんを見たかったですわ~。」
他人事だと思って勝手なことを言ってくれる。
「そりゃまたどうして?」
「彼女は学園始まって以来の天才と言われていましたの。学園の教員ですら困難なほどの魔術を操り、それに…丁度去年の今頃だったかしら?いくつかの魔道学園が合同で行う対抗試合で優勝しましたの。あの時は学園中大盛り上がりでしたわね。」
「へー、そいつはいいな。いかにも大衆受けしそうだ。」
その感想はどうなのだろうか。そんな風に思わなくもないがあまりこの話題を引き延ばしたくない。こういった時は黙っておくのが一番だ。
「それに魔術のことは分からんが優勝は凄いぜ。」
「ええ。あまり想像はつかないかもしれませんが対抗試合のレベルはかなり高かったんですよ。私もいましたし、大会の後は噂によると聖教の討伐隊からも勧誘が来ていたらしいですわ。…だというのに、」
絶対にこの話になると思っただから嫌だったのだが、フローズンハートは私の思いなどお構いなしに続ける。
「彼女ときたら卒業しても、
働きませんの!
すぐに田舎に引きこもってしまったのですわ!」
くだを巻くフローズンハートに対して適当に相槌を打っていたらいつの間にやらジル先生の部屋の前まで着いていた。正直言って助かった。未だ私に嫌みを投げかける彼女の言葉を遮り扉に手をかけた。
「さあじゃあ入りましょう。先生、入りますよー!」
とっとと話題を変えたい私は返事も待たずに戸を開く。
そこではジル先生が机に向かって何かを書いていた。
「ああ、エルハーベンにヴェーダかよく来たね。おや、それにフローズンハートも、というか何故君も?」
先生は作業を中断し顔をこちらへと向けた。
「待ちでばったり、…それで何か分かりましたか?」
私は挨拶もほどほどに本題へと切り込んだ。
「ん、ああ、一応こちらでも調べてみたよ。色々と伝手も使ってみた。その結果…、」
先生は真剣な顔をしてこちらを見据える。眼鏡の奥で理知的な瞳が光っている。だが次の瞬間、顔を綻ばせ、半ば頭によぎっていた答えを告げた。
「何もわからなかった!ははは!いや、参った参った!」
「そうですか…。結局あんたのことについては何も分からず仕舞いだったわね。」
隣に立つヴェーダに視線を向ける。これで私の思いつく限りの手は尽くした。もう私ではヴェーダの力になれそうにない。
「ヴェーダ、…という訳で、悪いんだけど力になれるのはここまでみたい。」
少しの申し訳なさとともにヴェーダに告げる。だが予想通りというかなんというか彼は気にした風はない。
「ああ、まあ構わないさ。むしろ世話になった。礼を言うよ。ありがとな。」
短い付き合いだが彼は大分図太いようだ。本当に記憶喪失なのかと疑いたくなるほど肝が据わっている。これならば一人でも上手いことやっていけるだろう。
「釈然としないけれどフローズンハートにも会えたし、彼女の力があれば食うには困らないでしょう。」
「ええ、エルハーベンさんの頼みですもの!お任せくださいな!おほほほほっ!」
何が楽しいのか知らないが彼女は高笑いをしている。何がおかしいのか分からないが彼女は笑いながら告げる。容姿も魔術師としての才もあるがやはり正確に難ありね。まあ私には関係ないことだけど。
「じゃあ後の事は任せるわね。ヴェーダ、元気で。先生も色々とありがとうございました。」
礼を言い立ち去ろうとする。思い返せばヴェーダと会ってから1週間ほどしかたっていないというのに随分と濃い時間を過ごした気がする。久しぶりに何も考えずに時を過ごせた。故郷でしばらくゆっくりしたら旅をしてみるのも悪くないかもしれないな。今度は一人で、もっと遠くへ行ってみるのも悪くはない。そんな風に考えていると私を呼び止める声がした。
「待ちなさい!」
「お待ちなさい!」
見ると先生とフローズンハートがこちらを呼び止めていた。大体内容は察しが付くが、
「故郷に帰るつもりかい?君程の力があれば多くの人の助けとなれると思うのだがね。」
先生がそう言い、フローズンハートもその意見に同調してまくし立ててくる。
「そうですわ~!あなたは田舎で埋もれて良いような人間ではありません!あなたの才を生かせることをなさい!」
「そう言ってもらえるのは有難いです。でもまだしばらくは今のままでいようと思います。…それじゃ!」
このままでは長くなるかもしれない。そう判断した私は適当に話を切り上げようとして扉に手をかける。その時、
「失礼します!」
元気の良い声とともに扉が向こうから開いた。突然開いたので危うく扉に頭をぶつけそうになる。それに気づいたらしい扉を開けた人物がこちらに頭を下げてくる。
「あ!これは失礼しました!」
声の人物は元気の良い亜麻色の髪の小柄な少女だった。どこか子犬のような印象を受ける。
「慌ててどうしたんだい?メリエール。」
「あ!そうでした!大変なんですよジル先生!」
メリエールと呼ばれた少女は思い出したように慌てふためき先生へと向かって話を続ける。
「大変なんです!大変なんです!」
だが慌てるばかりでどうにも要領を得ない。この学園の生徒のようだしきっと生徒の喧嘩が行き過ぎて先生に助けを求めに来たという所だろう。私にも覚えがある。まあ私は仲裁に入られる側だったのだけれど…。
「ああ。それは分かったから落ち着いて何が大変なのかを説明しなさい。」
先生に言われ彼女は落ち着こうとしてか深呼吸を繰り返している。
「ふぅ~、お騒がせしました~。」
「それで、どうしたんだい?」
「街道に魔物が現れたんですよ!」
「何?」
「なんですって!?」
少女からもたらされた思わぬ情報に私たちの間に動揺が走る。これは少し予想を超えていた。街道に魔物が現れたとなればちょっとした一大事だ。それに…、
「事実だとすればそれは大事だ。詳しい状況を教えてくれるかい?」
「はい!」
メリエールは元気な声を上げつらつらと説明を始めた。
「今朝、ウケミの町から南へと繋がるアルロ街道に魔物が現れたらしいです!現れた場所にいた者たちは殆ど全滅!かろうじて生き延びたものの話から魔物のランクを仮に想定するとAランクです!」
結界を越えて街道に現れたのだからもしやと思ったが、…ランクAとは。眉唾ではあるがそう会えるものではない。故郷へ帰る前に冷やかしに行こうか。それにこの流れであれば私にも声がかかるだろう。
「なぁ~んですって~!」
「Aランク…、それは確かなのかい?その情報はいったい誰が?」
騒ぎ立てるフローズンハートをしり目に、ジル先生は慎重にメリエールに続きを促す。
「はい!警備兵から報告を受けたアンドル先生が先生は元討伐隊の優秀な魔術師だからジル先生になんとかしてもらえって、」
「いや、そうではなく、その警備兵に情報を伝えたのは誰なんだい?」
「あ!そういうことでしたか!失礼しました!魔物に襲われた人たちの生き残りです!」
メリエールと呼ばれた少女は続ける。
「襲われた人たちの中に聖教の討伐隊も含まれていたんです!彼らはなんとか魔物を食い止めてくれたおかげで逃げられたものからもたらされた情報です!今はその街道を封鎖していますが、早くなんとかしなくては不味いですよ!」
彼女の性格だろうか。元気一杯なせいであまり危機感は感じられないが事実であるとするならば何か手を打たないとまずい状況だ。まあだから慌てていたのだろうが…。
「先生!この町を預かるものとして捨て置くことはできませんわ~!すぐに向かいましょう!」
フローズンハートが興奮した様子で告げる。
「落ち着きなさいフローズンハート、君の気持ちも分かるが仮にAランクだとすれば一筋縄でいく相手ではない。…メリエール君、聖都の討伐隊への連絡は既に完了しているのかい?」
「分かりません!ただ未だ討伐隊の人が戦っていることを考えると早く助けに行かないといけないと思います!」
「…確かにそうだね。私たちがすべきことはその聖教の討伐隊の救出だ。」
先生はそう呟き、私を見て言った。
「エルハーベン、力を貸してくれないか?」
くだらない魔物が相手ならいざ知らず、Aランクの魔物となれば話は別だ。もし声をかけられなかったとしても付いて行っていた。
「勿論です。」
「あら~百人力ですわね~!おほほほっ!」
二つ返事で答えると、横のフローズンハートが耳障りな笑い声をあげる。丁度良いこいつと会って溜まった苛立ちもその魔物にぶつけてやろう。
準備を整えた私たちは魔物が現れたというアルロ街道へと向かった。
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