未言刻還

 彩光あやみつとみつきは其々にあやめきだまを前に置き打ち上げ準備を仕上げに望んでいた。

 彩光は空染工房におり、みつきは近関藩このぜきはんの屋敷にいる。

 二人は示し合わせた時刻に未言景みことけいを開いた。

〈未だことばにあらざらむ景色を〉

 みつきの声はシャボン玉のように青い空へうたぐみ風に浚われる。

〈在りしままに知り認め身に入るるために〉

 彩光の声は狼煙のように揺蕩い疾羽鳥はやはとりが羽を散らす青空に辿り着く。

〈時の針が進む跡に刻み納める〉

 二人の手にした未言景の上にぼんやりと光が灯る。

未言刻還みことこくげん

 同時に結ばれた宣告によって、彩光の未言景は空の景色を文字盤に乗せる共にみつきの姿を映す泡を浮かべ、みつきの未言景は文字盤の上に彩光の姿を映した。

 みつきは靄被るようにぼんやりとした見た目になっている彩光を見詰め、強く頷いた。

 彩光は鮮明に映るみつきの頷きを見て彩めき玉の前に膝を折りたなごころを合わせた。

 みつきもまた彩めき玉の前に真っ直ぐに立ちたなごころを合わせそっと爪弾く声に唇を震わせた。

〈めでたしや あなめでたしや 天地あめつちの生くるもあるも海津空わたつそら死にしもなしもすべからく言祝ことほぎたまえ 花晴はなはれの人の契りを見届けよ〉

 彩光もまたみつきと同じ旋律を詠う。皇の定めた境の彼方と此方に立ち、確かに繋がる空の下で同じ歌を詠んでいる。

〈鴇が翼に羽包はくるむはあきらかならむ透き珠の曇りあらざる宝にて今磨かれて光ある〉

 二人の詠う祝詞に未言の言霊が乗って彩めき玉を包む。

 その温もりに喜んでいるのか、彩めき玉は孵ろうとする卵のように揺れている。

〈雛鴇の羽も小さきに灰勝ちにわろく空を染め咲き広がるに足らざらむ〉

 西の彩空あやそらから東の近関に向かって風に吹かれて雲歩くもあしに疾羽鳥が運ばれ、また散らされる。雲の姿も保てず天紗あめのうすぎぬと薄らぎ更に消し払われる。

土下つちしも眠る荒玉あらたまも人に磨かれ光得る 元の侭には川端かわばたまろき石にもまだ劣るすさ土塊つちくれ

 みつきが息を吸うのに砂利を踏み転がした。一旦、唇を引き結び口の中に舌を巡らせて湿らせる。

〈心とは彩めくものにありつれば世の悉く在り様を変えて朽ちるや栄えるや 雛育まれ羽根赤く大空総て染めたるを見る者どもは穏やかに明日も晴るると喜べり 土塊様つちくれざまを削られて内に秘めたる玉晶たまあきら円かに透ける玉響たまゆら永久とわきたる珠を手に納むるものは幸満つる〉

 彩光の、そしてみつきの背より彩めく言霊が回り込みくるりと舞ってその姿の端からほどけて彩めき玉へと宿る。

 未言景の針がカチカチと進みそのときの訪れを数え下げていく。

〈いつくしく彩めく空は昼夜を結び合わさる 彩めきし二人自ら命結びぬ〉

 彩めくは暮れる空のように明ける空のように微笑みその総ての言霊を二つの彩めき玉に納め尽くした。

 彩光とみつきは合わせていたたなごころ手杯てつきに替えて恭しく言霊の宿る彩めき玉を掬い、打ち上げの筒へと入れる。

 空に向かって笛のようにか細い音が棚引いた。

 行恒ゆきつね晶姫あきひめは其々の城でその音を聞いただろう。もしかしたらどちらも天守閣に登って空を待ち望んでいたかもしれない。

 始まりは西の空に大きく翼を広げる疾羽鳥の顕れだった。それは精巧に鴇の姿を取り、一羽にして空を鴇色に染め上げる。

 彩空の方より風に乗って鴇は雲歩くもあしに緩やかに東へ迎えに上がる。

 東の空では全ての雲が払われて快晴に澄んでいた。しかしその空には宝石が散りばめられたかのようにあちこちがきらついている。

 西の空に馳せ参じた鴇の雲は空に散らばる晶玉の欠片を集め、身を螺旋に崩して珠の光を散らす。

 鴇色であった雲は何時しか稲穂のような黄金に彩めき、硝子仕立ての蕾を膨らませ、ひゅるりと美しい朝顔を咲かせた。

 黄金の花筒は渦巻く風に誘われて次々と咲き誇り、また巻かれて眠る。

 そして幾度目かの眠毬ねむまりがまた開いたその時に。

 花の内より一羽の鴇が朝焼けの色を取り戻して飛び立った。

 続けて隣の花の内より珠の晶を煌めかせた真白い疾羽鳥が、その鴇を追って身を翻す。

 西から風はいつの間にか明隠山あけがくしやままで辿り着いてしまい、硬い山肌に押し返されて向きを反転させていた。東から西へと向かうその風は元の風と勢力を交換していた。

 果たして。みつきの目論見通りに向き逆転させた風に押されて、鴇と真白の二羽は優雅に風に羽の端を溢しつつ、彩空へと向かっていく。

 そして鴇城を過ぎ去った二羽は風に飲まれて身を寄せ合い互いを崩して、黄金の晶へと彩めいて空の響乃ゆらのほどけて行った。

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