でも晶姫様も
みつきはまたちらりと
でも本人は自分の想いも遂げて、家と藩の未来も開いて行くのだと言っている。溢しているものはないんじゃないかとも思う。
考えても見ていても、答えは分からないまま。
「でも晶姫様も何か納得がいかなったり、もっとこうだったらいいなって思ってたりすることがあるんじゃないですか?」
だから本人に聞いてしまおうと素直で考え無しなのがみつきであり、それは幼さの残る少女の特権なのである。
みつきの零した問いによって、大人三人はぴしりと凍り付く。
晶姫からすれば自覚はありながらも目を背けて、そんなものは存在しないと振る舞っていたものだ。
けれど、みつきは
晶姫にはそんな事では苦しめないと思っている苦しみがあるのだ。だから魔溢すの言霊である未言巫女は彼女の上に居座っている。
和やかな空気が氷のように砕け散って、みつきはどうしたのか分からず大人の顔を見回して落ち着きなく体を揺らす。
「女の身では己が価値を示すにも限りがあります」
ぽそりと晶姫の
「あの人の役に立つにも、家に益を齎すにも、男子と比べて女人に出せる手も口もなんと少ないのでしょうか」
晶姫は薄っすらと刀を抜くように鋭く瞳を覗かせた。
「適うならば先の災厄でわたくしも刀と弓を持ち元凶を討ちとうございました。許されるならば行恒様の務めを共に果たしご助言を差し上げとうございます」
鬼気迫る晶姫のゆったりとした物言いに、みつきは打ち首に処される覚悟を強いられて背筋を伸ばした。
戦うのは男の役目。政治を執り行うのは男の務め。
女の居場所はそこにはない、というのが昨今の風潮だ。
そんな分を弁えない考えを口に出してしまった晶姫は扇で口許を隠して長く息を吐いた。
姫の吐息と共に空気が緩むと、みつきはやっと彩雲と織彩の二人の服に手を伸ばしてぎゅっと掴んで縋る寄る辺を得る。
「うちの若様と姫様が、男女逆ならとんとん拍子に話が進む気がします……」
ふるふると震えながらも思った事を言葉に出来る辺り、やはりみつきも随分と肝が太い。
「あー。確かに。うちの若様ののほほんとしたところも、女性だったら夫を和ませるのに良さそうだね」
「そうじゃないからこの世の中って残念なのよねー」
行恒の
そんな二人の合間から、みつきは晶姫に瞳を覗かせる。
「でも、刀と弓は兎も角、行恒様のお仕事の手伝いは側におられたら出来るんじゃないですか」
そして無頓着に、人の常識など見向きもしないで、みつきはただそれが出来ると告げる。
他人に白い目を向けられようが、陰口を叩かれようが、それは出来る事だと。
可か不可か。単純な二通りの区別でしか、この師弟は物を語らない。
やりたくなきゃやらんでいいし、やりてぇならやりゃあいい。
晶姫はみつきの背中に控える誰かがそう嘯くのを垣間見た気分になる。
それで晶姫は呆気に取られて手から扇を落としてしまった。
「あ、はは。あははははは。そう、そうですか。それが一念三千ですか。なるほど。あははははは。そんなことは貴方達にしか言えませんよ、
晶姫は顔を隠す術も持たずに腹を抱えて大笑いする。
その手に潰されるのを嫌がって、魔溢すという未言巫女はころりと畳に滑り落ちて、物言いたげに姫を睨んでから、とことことみつきの所まで歩いて来た。
「もういい?」
みつきがその言霊を
「えと、後はうちの若様に度胸を見せろって言いに行けばいいのかなぁ?」
まだ笑いの止まらない晶姫は一旦置いておく事にして、みつきは次にすべき事を彩雲の顔を見上げて伺った。
「みつき、仮にも藩の跡取りにそれ言えるのかい?」
彩雲に確認を取られて、みつきは、はたと止まり、それから首をふるふると振った。
幾らここ半月程で女々しい姿ばかり見せられたと言っても、立場ある人にずけずけと言ってやろうという心持ちで会う勇気はない。
「んじゃあ、俺が行ってぶん殴って来るわ」
機を見計らったかのように――いや、実際に話を廊下で立ち聞きしていたのだが――
「親方?」
みつきは何言ってるんだろうこの人と目を丸くする。そもそもいきなり出て来られても思考が付いて来ない。
「おう」
彩光はぶっきらぼうにみつきの頭に手を置いて雑に撫でる。
「みつき、よくやった。俺じゃこうも上手く姫様笑わせられんかったわ」
織彩の口から咳をするように笑いが一つ払われた。
失笑を受けて彩光は年上の女門下を睨むが、その姐さんは姫様の前で笑い声を立てないように我慢するのに必死で身を痙攣させている。
「だからあっちは俺がやってやる。なに、若様だったら幾らでも叱り飛ばしてやれるからな」
「いや、あの、親方? 相手、若様。藩の跡取り様ですけど」
「このバカ娘が、俺を誰だと思ってやがる。こちとら正三位だ、
彩光はみつきの口を塞ぐついでに手を付いたその小さい頭を支えにして立ち上がる。
大人の体重を掛けられて、みつきの首がかくんと折れて喉から潰れた声が漏れる。
「そんな訳だからよ。姫様、いい返事寄越させるからもちっとばかし待っててくれるかね」
ひぃ、ひぃ、とやっと笑いを切らした晶姫は体の震えるままに小さく頷いた。
それをしかと見届けて頷き返すと、彩光は身を翻した。
「彩雲、お前は俺と来い。織彩、みつきにあの案の事伝えておけ。そいつなら幾らでも実現させんだろ。あと
「はいはい。有言即実行ですね」
「はーい。任されましてよ」
言うが否や動き出す親方に慣れたもので、彩雲はその背中にするっと張り付いて、織彩はひらひらと手を振った。
一人、みつきだけが展開の早さについて行けずに唖然としている。
「ああ、そうだ。みつき、いいか。空染師の仕事は染めた空を見届けて終えるもんだ。それ以外はどんなに綺麗に話が纏まろうが、俺らにとっては尻切れ蜻蛉だ。分かるか?」
「はぇ、ふぁ、はい」
それはそうだと、みつきは理解するよりも早く肯きを彩光に返した。
その戸惑う様に彩光は意地悪い笑みを見せる。
「だから、きっちり仕事を果たすぞ。俺とお前でな」
彩光はそう言い捨てて部屋から出て行った。
みつきはぼんやりとその背中に付いていった彩雲を見送って。
それからやっと、親方に何を任されたのかが腑に落ちた。
「あ! はい!」
みつきが襖を乱暴に開けて廊下に声を響かせた頃には、もう二人の背中は見えなくなっていた。
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