お手並み拝見と行こうじゃねぇか

 彩光あやみつ近関藩このぜきはんの屋敷の庭を一つ借り受けて弟子と共に空染玉そらぞめだまの製作を励んでいた。

 彩緋あやあけが資材を運ぶのに連れてきた若者二人は親方の指示を受けててきぱきと作業に取り組んでいる。別段、手元を見てやる必要もないので、彩光も彩緋も支持を飛ばした後は自分達でも手を動かしていた。

 若者の片方、筋肉で肩幅が盛り上がった青年がせっせと塵剤を星に詰める手を止めて、手にした星をまじまじと眺めた。

「なぁ、助八すけはち、なんであの親方、こっちで鴇満ときみつの仕上げしてた筈なのに新しい塵剤の調合まで済ませてるんだ?」

「親方は実は他化自在天の衆生で人間の千六百歳を一日一夜としてるからね、吉郎よしろう

 話し掛けられた方、傍らの細身ながら縄のように盛り上がった二の腕に腕まくりした袖を乗せる若者は、筋骨隆々の若者が塵剤を詰めた星を釜で転がして火薬と糊を混ぜた薬泥をまぶす手を止めずに相方へ実の無い返事をする。

「まじか!」

 しかし、それを真実と思って驚く筋肉の塊は、みつきと同じかそれ以上に素直で単純なんじゃないかと心配になって、優男は冷たい眼差しを向ける。

「お前達、工房の外ではよびなを使えといつも言っておるだろう」

 そこに彩緋あやあけからぴしゃりと叱責を浴びせられて、若者二人はびくりと背筋を震わせた。

 二人はお互いに目を合わせ、体格の大きい方が先に口を開く。

「なぁ、彩縹あやはな、なんであの親方、こっちで鴇満の仕上げやってたのに新しい塵剤の調合まで終わらせてるんだ?」

「それはな、彩秋あやとき、親方は他化自在天の衆生だから人間の千六百歳が一日一夜なんだよ」

「まじか!」

 筋肉が膨れ上がった体付きの彩秋がまるで初めて聞いたかのように驚いてみせたところで、細身に引き締まった筋肉を仕舞った彩縹と一緒に彩緋を振り返った。

 壮年の気難しい兄弟子は仏頂面で頷いた。

 二人の若者は長老からお咎め無しを勝ち取って、ほっと胸を撫で下ろした。

「彩秋! 口だけじゃなくて、手ぇ動かせ、このウスンダラぁ! それと彩縹! 誰が第六天の魔王だ、このボケナスがぁ!」

 しかし気を緩めた瞬間に親方の怒号が背中にぶつけられて、二人揃ってぎゃっと悲鳴を上げた。

「親方、他所の藩の屋敷で余りに口汚い言葉を使うのはお辞めください」

「彩緋、お前ぇもどっちの味方だ、こんの石頭がよぉ」

 彩光が半眼になって隣の壮年をめ付けるが、彩緋は涼しい顔をして受け流し作業の手を止める気配が無い。

「なぁに、工房みたいな小咄してんのよ、あんたら。恥ずかしいじゃないの」

 そこにふらりと戻ってきた織彩おりあやが男共を纏めて貶して白い目を向けた。

 実年齢は兎も角、色気がまだ香る姉弟子の登場に、若者二人が途端に手を動かすのを速めた。

「お前ぇらなぁ」

 工房にいれば風が吹くよりも頻繁に小言と怒号を飛ばす彩光も呆れて続く言葉を失っている。

「あらあら」

 織彩はくすりと笑って彩光の隣に腰掛けて足を組んだ。

 彩光は姫との茶飲みしてきた織彩に瞬きの隙間だけ流し目を送り、話を促した。

「ただいま帰りて羽を広げる織彩姐さんよ、親方」

「茶化さなくていいから要件だけ教えてくれよ、姐さん」

「んー。笑えることが起きてる」

 織彩の感想に何が起こっているのかと彩光は聞くのがそれだけで嫌になったが、そういう訳にもいかない。それでは態々織彩を呼んだ甲斐がないからだ。

「なんかね、うちの若様から一日に三通も四通も文が来てるって。中身はもう平謝りの泣きべその詫状みたいな?」

「うちの藩の跡継ぎは暇なのか、仕事しろよ」

 彩光は聞いただけで疲れ切った溜め息を吐き出した。

「あ、でも、今日来た文はちょっと違くてね」

 織彩の声音が漣のように低くなり彩光は耳控みみひかえられた。

 彩光の目が夕忍ゆうしのび傾いた陽射しにえる織彩の瞳を捉える。

「今晩、また空を見て欲しい、って書いてあったんですって」

 けして大きくはない織彩の声をその場にいた空染師そらぞめし全員が聴き止めて一瞬手を止めた。

「へぇ。バカ娘のお手並み拝見と行こうじゃねぇか」

 彩光は楽しげにほくそ笑む。

 現世で随一の空染を見せる彩光が得意とする鴇満を突き付けられて、それでも尚空染で返す。そんな生意気な意気込みと傲慢な勇猛心に対して、彩光の胸の内が悦びの炎でざわめく。

 その闇の深い笑みを見て、四人の弟子は言葉も無く、大人げないと心を一つにした。

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