くだらない動機

 気付いた時には復活地点にいました。


「女神様!」


 私は心から感謝と祈りの言葉を唱えます。


 永遠に死に続け、魂がすりへって消滅なんて冗談ではありませんよ?

 覚醒した私は怒りに満ちていた。


 私が為すべきことは死んで覚えるしかないのです。ヒールはダメ。敵意をかきあつめてしまう。


「【アクセラレーション】!」


 ここでの正解はヒールではなく、加速。疾走速度を上げることです。自己強化魔法一択。死ななければHP1でもかまいません。

 逃げる方角は――


 ゴブリン? 捕まって拷問されて死んでしまいます。

 キメラ? 食い殺されて胃の中へ直通です。

 アンデッド軍団? 神性魔法で倒せる数ではありませんね。

 生き残れる方角は一方向のみ!


「サイクロプス!」


 私は叫んで、サイクロプスの股ぐらをくぐり抜ける。

 第一関門は突破した。次は――


「私は。――私は。聖女や騎士団、王国に復讐します。お父様までも……」


 私の意識も冴え渡りました。女神は幻覚だとは思っておりません。

 

「私は逃げることしか無理。――ならばモンスターを釣って、逃げてあいつらに押しつけてやりましょう」


 癒やし手の力を悪用するべきではないと、若干良心の呵責が生じます。

 しかし今の私は女神公認です。 


「逃げることしかできないヒーラーにも、できることはあるんですよ?」


 私は自信を取り戻します。

 ロールバック付きの無限蘇生ですもの。考える時間は無限にあります。


「実際に死んで学習しているのですよ、私は」


 女神の言葉を思い出し、態勢を立て直すために回復魔法を使用します。


「女神様の言う通り。私悪党Villainではなく悪役heelになりましょう。癒やし手healerから追跡者heelerへと転身いたします」


 これから彼らが逃げ惑うことになりましてよ。逃走して追い立てて鏖殺して差し上げます。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 死に覚えというものでしょうか。

 正直にいいましょう。


 辛ッ!


 激痛はそのままですもの。痛覚耐性でも生えないかな。

 弓もったスケルトンとかなんなんですのあれ。一発で即死です!

 そんなに強いなら生前に力を発揮すれば良かったじゃない! 死んでからクリティカル連発なんて。あなたもう死んでいるのよ?


 即死って慈悲だと思い知りました。


 今52回目の蘇生です。

 モンスターの包囲網は抜けられたものの、どのモンスターを、どうやって連れていけばいいかを考えます。

 

 判断に迷います。

 前回なんて、先走りすぎて期間中のミックマンに斬り殺されましたし。


 やはり王都方面は戦力が整ってから、ということですね。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 蘇生258回目。

 理解しました。

 私の武器は本当に癒やし手の魔法のみ。武器も防具も必要ありません。いえ。嘘です。多少防御力は欲しいです。

 ただ、攻撃手段はありません。モンスターを連れまわすのみ。

 できるだけ大量に。そうでなければ王国を滅ぼすことなどできませんもの。

 魔物の群れを暴走させる――スタンピートを意図的に起こすことも考えましたが、とてもではないですが一日では無理です。

 ここは一発逆転を狙って、魔王の迷宮に行くしかありませんね。

 

 以前勇者に倒されたという魔王の城。その玉座は空だと伝わりますわ。

 しかし強大な力を持つグレーターデーモンがわんさかといて、彼らが持つ魔法の武具は冒険者の憧れです。


 とはいえ最下層に辿り着いた者など皆無です。

 私が、ろくな防具ももたない癒やし手一人で最下層など無謀というものです。


 ――戦うなら。


 モンスターの視線を逃れ、ひたすら逃げ回り、最下層へ向かってグレーターデーモンを一人でも連れてくることができれば?

 もし不可能でも、モンスターの群れだけでも王国を滅ぼせないかな?


 試してみる価値は大いにあります。私の人生なんどだってやり直せますからね!

 強制的に、だけど! 



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 蘇生444回目。

 はい。学習しました。

 魔王の迷宮からモンスタートレインなど無理です。

 みなさま、魔法攻撃が大変お上手です。よくあんな狭い迷宮に閉じ込められていますね。神様パワー恐るべしなのか、古代の法則なのかは不明です。

 遠距離から逃げたら魔法が雨あられ。ヒールすればヘイトもあがり、命も尽きるというものです。

 

 まだまだ先は長いですね。 



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 蘇生893回目。


 王国滅亡の片鱗が見えてきました。

 根性と視線回避でモンスターを連れ回すことができるように。経験値はたまらずレベルは上がりませんが、レベルとは関係ない経験だけは引き継がれます。


 一つ。帰還魔法を駆使し、他の騎士団に応じた敵をあてなければならない。

 二つ。ミックマンがいる騎士団は火力に乏しいけれど物理、魔法に強い。まさに最後の砦。

 三つ。強大な力を持つ存在を見つけた。でもあれはおそらく奥の手、最後の手段。


 騎士団を排除し、王都に攻め入るための準備も必要です。

 さて。ヘイト管理もこなれてきましたし、そろそろ攻略に入りましょうか。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 蘇生1111回目。


 王国滅亡がなりました!

 レコードタイムが何故か脳裏に浮かびます。

 

 75:23:42 


 75時間と23分。その後は復活した騎士団に殺されました。

 ダメダメですー! 

 やはり即席のスタンピート程度では無理ですね。なんどもモンスターを連れてくることになります。


 安全に各職を揃えた騎士団を育成するように配置したモンスターの群れ。

 聖女の役割。今なら良く理解できますよ。


 六回目あたり王国が滅亡した時でしょうか。面白い茶番――イベントが発生しました。

 モンスターたちが王宮を暴れています。騎士団や貴族は皆殺しにされて、王城は火の海に。


 火災で崩れゆく王城。王と王子は物言わぬ亡骸となっています。

 目の前には私を睨む聖女フロレンティア。


「アグリヴィナ! こんなことをして! ただでは済みませんよ!」

「そうでしょうとも。私はこの後騎士団に殺されます。そしてまた王国を滅亡させますよ。貴女が父と私を謀殺したことがいけないのです。聖女ともあろう者が」


 今となってはどうでもいいことです。言い訳など聞きたくもありません。


「誤解です! お姉様!」

「誤解も何も。ミックマンがしたり顔で解説してくれましたよ?」

「……使えない男……」


 聖女がしてはいけない顔でfフロレンティアが吐き捨てました。


「ねえ。教えて。どうしてお姉様はモンスターに襲われないの?」

「私は高レベルのヒーラーですから。モンスターを寄せ付けない魔法ぐらい使えますよ」


 聖女とはこの世の理を司るもの。冒険者が使うような魔法とは無縁です。


「お姉様ばっかり! ずるい! だから! 無限に苦しんで死に続けて欲しかったのに!」

「は?」


 思わぬ告白を受けて、私が間抜け面になります。


「お姉様はお父様に愛されていた。だからなんでも許されたし、王子とも婚約して将来は安泰。私は三女だから修道院入り。聖女と認められて王都に戻れたからいいものの、お父様をずっと恨んでいた」

「逆恨みもいいところですよ」

「お姉様は! あろうことか! 王子の婚約者にも拘わらず冒険者などにもなって。自由を満喫して! 修道院でも王都でも聖女である私にはこれっぽっちも自由がなかった! あなたたちが邪魔だった!」

「そうですか」


 長女は長女で大変なんですよ。好きでもない、頼りない王子と婚約されて。

 お父様は貴女を政争から遠ざけるために修道院に送ったのに、聖女と呼ばれるまで頑張ってしまって。お互い、言葉が足りなかったのでしょう。

 

 だからといってお父様と私を殺していいわけではありません。

 私はすぐに死んでしまいますから説明もしません。


「どうしてそんなに余裕があるのよ! 不公平です!」


 私は父に頼まれて、あなたをサポートし護るため、荒くれ者も多い冒険者に混じって修行を積んだのです。

 真実は話しません。どうせ何度も相対することになるのですから。

 聖女の力。貴女自身の手によって。


「フロレンティア。貴女がしたことですよ? 聖女の力によって死んでも復活し続けるんです。飽きるまで王国を滅ぼし、貴女を殺しますよ」

「……この悪魔!」


 そろそろですね。


「最高の賛辞、ありがとうフロレンティア」


 私は顎に手の甲をあて哄笑をあげました。練習する機会はありましたので慣れたものです。


 恨まれてこそ悪役令嬢!


「くはッ!」


 すぐに吐血しました。

 背後にはミックマンが怒りの形相で、背後から私の心臓を刺し貫いています。

 これで終わり。肺ならまだ会話できたのに残念です。


 いつものあの場所

 少しずつタイムを短縮していこうかな? 

 慌てない。慌てない。

 

 どうせ私は死に戻るのですから。

 何度でも王国を滅ぼして見せますよ。

 完走というものは、これはこれで大変気分が良いものです。

 

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