天国に行けず地獄にも行けず――即ち煉獄

 六回ほど即死して、私は奇妙な空間で目が覚めました。


「時間がないから手短に聞いてねー」

「はい?」


 目の前に大きな山羊の角をつけた、褐色肌の美女がいて微笑んでいます。


「このままではあなたは無限に死に続けて、魂が摩耗して消滅しちゃうんだ」


 突然何をいいだすんですか! このお方は!


「ひぃ。いやです!」

「天国にも行けず、地獄にも行けず――即ち煉獄そのものだよ。ただひたすら死に続け、復活し続けるんだよねー。普通の人間がそんな環境に耐えられるはずもない。なら消滅するしかないじゃない?」

「私は何をして罪を背負ったとでも……」

「いいや。これはシステムを悪用したトラップだね。これって大昔は禁止事項だったんだけどねー。でも私には直接貴女を助ける権限もないんだ。ごめんね」

「そんな……」

「もう神々も去ったし、今も残っている酔狂な女神は私ぐらい。悪魔とも言われているね。だけど助かる方法を一つだけ教えてあげる。貴女にとっては辛く、苦しい人生になる。それでも良ければ、だけど」

「教えてください!」


 私も必死です。

 魂が摩耗して死ぬなどまっぴらごめんです。


「確定した歴史から見よっか。これが貴女の父親の死。そして貴女が行方不明になったことで、婚約した聖女の妹さんだねー。建国王の妻も聖女だから、まあありっちゃありだけど」


 まさか聖騎士に闇討ちされるとは思わず、背後から剣を差された父。 

 王子の隣で幸せそうな妹女フロレンティアがいました。

 私はあなたをサポートするために癒やし手になったというのに……


「……許せない」

「これはもう確定した歴史。あなたはあの場所で祈りを捧げてしまった。何度も何度もあの場所で蘇生してモンスターに殺され続けるの。誰にも知られずに、一人で。リスキルは禁止事項だったんだけどねー」


 リスキルとは何の略だったのでしょうか。とても邪悪な響きがします。

 彼女の瞳が邪悪につり上がる。


「どう? 復讐したい?」

「……したい!」


 魂から迸る絶叫。どんな手を使ってでも、殺してやりたい! いやずっと殺し続けたい。私は心からそう願った。


「いいわ。手助けはできないけれど、教えてあげる。大昔、禁断だった手法だけど、もう監視者もいないし、神々といっても私だけだしねー。私は善良な女神とは言い難いけど、それでもいいかな?」

「教えてください!」

「いい目ね。気に入ったわ」


 邪悪な女神なのでしょうね。悪魔ともいわれているらしい。しかし私にとってはたった一人の救いの手です。

 私はあのまま永久に死に続ける。

 そんな私に救いの手を差し伸べてくれた、唯一のお方です。


癒やしヒールから、悪役ヴィランならぬ《ヒール》になる覚悟をしてね。あなたはどこまでも王国の民を追跡ヒールする猟犬となりなさいな。それが貴女がループから抜け出る唯一の手段にして、救い」

「猟犬ですか? 具体的に何をすればいいのでしょうか」

「大きな出来事。一日で王国を滅亡させるのです。あなたは神の怒りを体現する者となる。魔王の手先とも言われるかもね」

「王国を滅亡させることはやぶさかではないのですが、あの場所で死に続けています」


 死んでも死んでもあのほこらで蘇ってしまうのです。


「死んで覚えていきなさい。助かる道を。そして――24時間以内に王国を滅亡させなさい。さすれば『一日で滅んだ王国』として歴史に名が残り、この糞いループから抜け出せるわ」

「そんな。私は無力な癒やし手ヒーラーで……」

「ヒーラーだからこそできることもある。回復魔法を使ったりMPを譲渡した時、モンスターが突進してきたことは?」

「冒険中は毎日のようにありました」

「そういうモンスターを宥める魔法もあるよね」

「あります。数十秒程度ですが…… あります!」

「古の言葉で敵意――ヘイトというの。みんなが無意識に対応しているのはヘイト管理と呼ばれていたわ。あなたはモンスターの敵意を意図的にコントロールできるの」

「モンスターのヘイトをコントロールする……?」

「それらを駆使してモンスターを誘導しなさいな。そしてあなたをあの無間地獄に陥れた王国をモンスターたちを使って滅亡させるの。癒やしの力ではなく、モンスターヒールってヤツね。違うか」


 女神様は先ほどから言葉遊びに興じてらっしゃいます。


「というわけで!王国滅亡リアルタイムアタック。いってみよー!」


 女神が朗らかに宣しました。

 リアルタイムアタック……?


「モンスターを癒やし手の魔法で操る……」

「まず最初に為すべきことを教えます。あの場所からは逃げなさい。状況を立て直して。あなたがあの場所で殺され、復活してから24時間だからね」

「どうして24時間なのでしょう? 理由はあるのでしょうか」

「あるの。あなたが祈りを捧げ復活した瞬間から一日、この世界の奇跡を停止します。それぐらいしかできないけれど」

「奇跡を停止?」

「ええ。冒険者は復活できなくなるわ。復活呪文を軒並み停止させるの。昔はねー。大トラブルだったんだけどね。掃除のおばちゃんがコードを引っかけたといえばだいたい納得してくれたわ」


 掃除のおばちゃんとは何者なんだろう……


「一日だけ、この世界の復活魔法を停止……」

「理解した? 一日だけ世界は絶望する。王国を滅亡させないと、あなたは王国の人間によって殺され、また蘇生する」


 ただ殺すだけなら復活施設で冒険者は蘇る。王族たちも。

 でもその奇跡が止まるなら!


「24時間を超えて王国を滅亡させても、結局私は復讐されて殺されると」

「そういうこと。お嬢様には荷が重いと思うけれど」


 女神は微笑みました。励ましてくださっているようです。


「私は永劫の如き苦痛を与えられたのです。――もはや相手にかける慈悲はありません。どれほど恨まれようとも、先に殺されたのは父と私ですから。」

「色んな人に恨まれる。悪役ヴィランならぬ悪役ヒールになっちゃうよ?」

「世人に疎まれ恨まれても我が魂に賭けて復讐を。ヒール上等です」

「自らの仲間だった者、妹である聖女を殺さないといけない。覚悟して。みんなから罵倒される悪役になるのは辛いものね。――でも期待しちゃう。上手にヒールアピールしてみせなさい!」

「女神様に褒められるぐらいの悪役となってみせましょう」

「そうそう。その意気よ。悪役なんて恨まれてこそ輝くもの。一世一代の大舞台。観客は私。もう一人いるかもしれないけれど。観ている人がいるんだからしっかりね」


 もう一人いるんだ? 誰か知りたいけれど、今は聞くべきではないと思う。

 女神は私の復讐を観ていてくださる。それだけで十分だ。


「聖女フロレンティアは禁忌に触れた。聖女とは去った神々の代わりにワールドシステムを管理する者。その力を私利私欲のために使うなどと許されるはずがない。神々の世界なら即刻懲戒よ」

「システム? 懲戒?」

「こちらの話。気にしないで。聖女は私が動くぐらいの禁忌を犯したということね」


 怒りのあまり言ってはいけないことを口走ったのだろう。女神様の顔にはやってしまったという表情が浮かんでいます。


「わかります」


 私も察したので流しました。女神は改めて、私を注視する。


「念押しするけど、滅亡とは復興も不可能なほどの荒廃をさせること。相手は生まれ育った故郷に婚約者、加えて実の妹だよ? 本当にいいの?」

「だから私に死に続けろと? 違いますよね女神様」

「ええ。あなただけ我慢すればいい。そんなことをいう権利は誰にもないわ。嫌がらせでは済まないレベルの悪行だもの」

「いまや婚約者などどうでもいいのです。そして実の妹だからこそ、父を謀殺するなど決して許されません」


 私だけなら、ここまで覚悟を決められなかったでしょう。しかしあの温和で優しい、貴族とは思えぬ父までも、謀殺した。

 自らの手さえ汚さず。


「そっか。良かった! じゃあ、話はこれでおしまいだね」

「待ってください! またお会いできますよね」


 この方はもしや、原初にして最後の――混沌の……


「王国滅亡という大願が成就した時に、またこの場所に呼んであげる。その時はお茶でもごちそうするわ」


 なんと女神はそういって優しく私を抱きしめたのです。

 裏切られて死に続ける私にとって、優しいぬくもり。それだけで王国を滅亡させるだけの気力が沸いてきます。


「これは本当に内緒なんだけど、あなたは可愛いから教えてあげる。行き詰まったら魔王の迷宮、最深部に行きなさい。そして王国を滅ぼすの。がんばろ?」

「わかりました! 必ずや王国を滅亡させてみせます。女神様とお茶するために!」


 女神様とティータイム! 

 再会できる日を誓いながら。

 微笑みの女神の姿がおぼろげになる。違うのだ。きっと女神の空間から、私が消えているのだろう。

 女神が発した独り言は聞き取れなかったが、私は目撃しました。


「あーあ。リスキルなんてありえない。むかつくわー。規約違反なのになあ。なんでやっちゃうかな。もう世界に関与できないし。だから私もあの子にとびっきりの禁忌を――迷惑行為の存在抹消ものの技術を伝えてあげた。神々も残りは私一人だから黙認するよ。あの子が祈りを捧げた神々にちゃんと私もいたしさー。聖女なんかよりもよっぽどお気に入りだったのよね。後悔しなさい。王国の民よ。愚かなお前たちは彼女以上に苦しみ、死に続けるわ」


 天上に唯一残っていた女神の目は、怒りに満ちて王国に向けられていたのです。



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