『遠き宇宙(そら) 遠き故郷(ふるさと) 遠き床(ゆか)』について
執筆から一年の間を空けて、掲題作を振り返ることにする。
二回目の挑戦となる『こむら川小説大賞』の応募作だ。テーマは「逆境」。当時、気になっていたネタを書いてみることにした。
「広い宇宙船の中で、中途半端に跳んでしまったら、どうなるんだろう」というポイントだ。
たぶん、着想元は執筆の少し前に放送していた『水星の魔女』。ヒロイン?のミオリネさんが広い宇宙船内をぴょんぴょん跳ねていて、それを見てヒヤヒヤしている自分に気付いていた。変なところで止まったら、動けなくなるじゃん! という、今作まんまの懸念だ。
古い宇宙世紀作品では、宇宙船内の通路がそもそも狭かったし、通路を移動する際に掴まって移動できるようなハンドルが設定されていたりもした。「広い無重力空間」が、そこまで心配には感じなかったのだ。広い無重力空間で、ハンドルも乗り物も命綱もジェット噴射機構も持たずに生身で動き回るのが不安だった視聴者は、あまりいなかったのだろうか。
地味に迷ったのは、固有名詞をどの程度登場させるかだ。
宇宙空間で複数の宇宙船・宇宙施設を渡り歩いている人たちの会話を想像すると、個別の乗り物や施設は固有名詞で呼ぶのではないかと考えた。しかし、短編の中で、読者にそれらを「覚えろ」と期待するのは、かなりの困難であると感じた。
苦肉の策として、宇宙船や宇宙施設は、極力役割とリンクするように名付けたのだが、読者のストレスはいかほどのものだったろうか。
メインの舞台となる、広い倉庫を持つ宇宙ステーションが「かがりび」。篝火。
広い空間を煌々と照らし、皆の拠り所に(将来的に)なっていく施設、のイメージ。
旅の起点となる、笹倉達が駐留していた宇宙ステーションが「はしだて」。橋立。
「橋立」という言葉は主に地名として存在するだけのようで、「橋」の意味は特にないようでもあったが、地球と「かがりび」を「橋渡し」するイメージで捉えてほしかった。
両者をつなぐ宇宙船が「おおたか」。大鷹。
作中で唯一、「宇宙船」「乗り物」感が強いやつ。作中でも「宇宙の鳥」という表現を使ってみたりした。
読者が、固有名詞を確認するのに手前を読み返す必要がなかったことを祈る。
各章のタイトルは、一つを除き、基本的に元ネタがある。講評でもふれてもらうことができた。
知っている作品のこともあるし、タイトルしか知らない作品から引いているものもある。
うごけない宇宙(そら) → ガンダム。『めぐりあい宇宙』から。見た。
船の中のクルーな面々 → 『塀の中の懲りない面々』から。見てない。
私は如何にして心配に支配され大地を愛するようになったか → 『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』から。中学時代、友人宅でレーザーディスクを見た。結構面白かったし、タイトルはとても印象に残ってる。
このあまりに不自由な自由からの脱出 → 明確なネタ元はない。脱出ゲームによくあるタイトリング「~~からの脱出」をイメージした。「あまりに不自由な自由」というフレーズはお気に入り。
空気(かぜ)と共に去りぬ → 『風と共に去りぬ』から。見てない。
オチについて、「大ですか? 小ですか?」という問いを多数受けた。
設定としては、小である。正解者に拍手。
私が脳内でざくっと実施した計算内容を、ここで披露してみるとしよう。
静止している物体が、分離(一部質量の射出)によって加速するとする。
笹倉の体に当たる質量をm1、射出物体の質量をm2とする。
笹倉の体が得る速度をv1、射出物体の速度をv2とする。v1とv2は同一方向の逆向きだ。
m1を、きりよく 50kg と置いてみたとする。
m2を、やはりきりよく 0.5kg と置こう。
m1はそれなりに妥当な線だが、m2は相場に比べて結構な量である。一撃で500gもの「なにか」を排出できる女性は少ないだろう。つまり、上記は通常よりもかなり「加速しやすい」仮定を置いている。
エネルギー保存則の方で考えると面倒そうなので、運動量保存則が、空気抵抗もなくm1m2の2物体間で理想的に成立するものと仮定する。この場合、v2の絶対値は、v1の絶対値の100倍だ。
言い換えよう。笹倉は、移動したいスピードの100倍のスピードで、射出物を打ち出さなければならない。打ち出した物体の1/100のスピードでしか、笹倉は動けない。
これを考えたとき、大や、あるいは放屁では用をなさないのがお分かりいただけるだろうか。
我々が用を足す際、大の得る加速は、基本的に自然落下である。筋力による対外への加速は、そこまで行われないのではないか。
笹倉があの状況で大を執行したとしても、体外への排出で話が終わってしまい、充分な加速が得られたとは考えられない。……今思えば、排出したあと「掴んで投げる」覚悟が笹倉にあれば、小よりも有力な候補だったかもしれない。腹具合的に、モノが「掴める」コンディションであることが大前提だが。
一方で、放屁であるとすると、「射出物0.5kg」を達成できない。0.5kgもあったら、それは放屁ではない。実が出ている。
出したものに引火させることで爆発させ、追加の加速度を得られるならば別だが、笹倉は火気を持ってはいなかった。
小であれば、「まとまった質量を排出」できて、かろうじて「射出」と呼べなくもないかもしれない速度を与えることができる。小の射出速度の1/100でを得たところで、壁に取り付けたかは甚だ疑問だが、ここまでの三択では、小しかあり得ない、というのが、執筆時点の私の判断だ。
真面目な疑問に、物語的な意義あるオチをつけようと模索した結果、すっかりヨゴレになってしまった笹倉には同情を禁じ得ない。なお、あいつの名前はしばらく「笹原」と誤植していた。前編通して「笹原」なら誤植でも何でもないが、初回「笹倉」と記述してからの「笹原」連発なのだから、あぶないったらありゃしない。完結フラグ設定直前に気付いた。
SF考証のほぼすべては、一通り読んでいるだけの『宇宙兄弟』を参考にした。有識者からどう見えるかはわからないが、私と同じく素人の読者の皆様には納得してもらえたようで、うまいことハッタリが効いたようだとホッとしている。
オチは下ネタになってしまったが、真面目にプロットを組んでストーリーラインを考えて、真面目に「面白い話」を書こうとした作品である。
酷評厳禁、褒めましょうの会に出したとは言え、何人もの読者に楽しんでもらえて、嬉しい限りだ。
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