彼女の話①

 (ずずっ、ゴクゴクゴクリ、と飲み物を飲む音)


 んっ、おいしい。やっぱり朝のコーヒーは格別だね。どうかな、君の口にも合うかな? ……えへへ、そっか。よかった、君に喜んでもらえて。なんだか夢みたいだな、君と並んでこうして過ごせるなんて。でも、全部現実。君がここにいるのも、君の家族がもういないのも……外がアイツらで溢れかえっているのも。


 アイツらが何なのか、私はよく知らない。あんなことが起こる前は、私も普通の高校生だったから。ただちょっと他の人と違うのは、私が一人暮らししてるってところ。うちにはちょっと複雑な事情があってね。金は出すから実家に寄り付くなっていう……まあ、体の良い厄介払いだよ。お金には不自由しないし、それはそれで構わないと思ってた。誰もいないガランとした部屋の雰囲気にも、そのうち慣れるだろう、って。だけど自覚出来てないだけで、限界だったのかな。私、意外と寂しがり屋だったみたい。気がつけば、フラフラと踏切に近づいていた。多分、本当に死ぬつもりはなかったと思う。だけど君に腕を引っ張られるまで、私は自分が何をしているのか、気がついてすらいなかった。だから、自分で思う以上に危ない状態だったんだと思う。そんなんだから私も驚いて、あの時はすぐ逃げちゃったけど……ごめんね。君が覚えてるかはわからないけど、あの時は本当にありがとう。ずっとそう伝えたかったんだけど……よかった、やっと言えた。


 あの時も少し経って冷静になったら、私は何をしているんだろうって思った。君にお礼を言わなきゃ、って。すぐに踏切に戻ったけど、その時にはもう君はいなかった。でもどうしても君にお礼を言いたくて、それから数日、踏切の近くをうろうろしていた。また君が通りかかるんじゃないか、って思って。やっと君を見つけた時には、すごく嬉しかった。早く君にお礼を言いたい、君と話したいって、そう思った。思ったのに……なぜか身体が動かなかった。突然話しかけたら変に思われないかなとか、今更お礼を言うなんて迷惑かなとか、私のことなんて覚えてないかもとか、そんな余計なことばかり考えちゃって。結局、物陰から君を見ていることしか出来なかった。

 それからも何度も君を探して。だんだんと君のがいつどこにいるのかとか、どの道を通るのかとか、そういうことがわかってきて。でもいつも、話しかけることは出来なくて。君の家も職場も生活パターンもすっかり把握出来た頃、やっと私は気づいた。ああ、これは恋なんだって。私は君を、ずっと見ていたいんだって。

 そう自覚すると、ますます私の欲望は膨れ上がった。ただ君を外で見かけるだけじゃ、物足りなくなっていたんだと思う。気がつけば、君の家に忍びこんで、盗聴器と隠しカメラを仕掛けていた。朝から晩まで君を見て、君の声を聞いて。それが私の生活になっていた。人から見たらおかしく見えるのかもしれない。だけど、私は幸せだった。君が生きていて、君が幸せそうにしてるのを見るだけで、それだけであの頃の私は満足だった。そのまま何も起きなければ、私は今も、あの生活を続けていたかもしれない。だけど歪つながらも幸せな日々は、あまり長くは続かなかった。


 そう、そんな時にあの事件が起きた。ある日、アイツらの――ソンビの大量発生が始まったんだ。

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