第二十九話 作戦
「……ヤバいな」
ラセルはアーリシアンを持ち上げたまま立ち上がると、また、精霊の姿に変化した。
「うわっ、ラセルってば、変身出来るのっ?」
アーリシアンが、なくなった角の場所に手を伸ばし、言った。
「天上界に魔物が入り込んでるなんて事が知れたら、俺の命はないからな」
「……そうなの?」
不思議そうに首を傾げるアーリシアン。
「そうなのっ!」
まったく、緊張感の欠片もないのだから。
「……さて、と、困ったな」
アーリシアンを床に下ろすと、倒れたメイドに駆け寄る。と、騒ぎを聞きつけたのか、数人の足音がこちらに近付いてきているようだった。
「アーリシアン、俺はここではセルマージと名乗っている。ラセルとは呼ぶなよ」
「どうして?」
「どうしても、だ」
バタバタ、と足音が近付き、男が数人、駆け込んで来る。
「どうしましたっ?」
現れたのは三人。各自手には棒のようなものを持っている。警備隊、と言ったところだろうか?
「ああ、彼女が急に倒れてね」
気を失っているメイドを抱き起こし、ラセル。男達はラセルの手からメイドを譲り受けると、軽く頬を叩き、名を呼んだ。
「おい、おいマーサ、大丈夫かっ?」
マーサ、と呼ばれたメイドはゆっくり目を開けると、はっと驚いたように目を見開き男に抱きついた。
「ああっ、ベルセル様っ! 部屋の中にっ、部屋の中にっ」
震える声でそう繰り返す。
「……何かあったんですか?」
ベルセルが顔をしかめ、ラセルに問うた。
「いえ、なにも」
あくまでもしらを切るラセル。
「さっき、部屋、部屋の中にっ、
「……魔物?」
ベルセルが首を捻る。
「ちょっと待ってくださいよ。そんなことあるわけないじゃないですか」
はは、と
「……そうですよね」
ベルセル達も一様に顔をほころばせた。
ここは天上界。しかも、屋敷の中だ。どう考えてもここに魔物が姿を見せることなど、ありようがない。
「マーサ、夢でも見たのか?」
男の一人がそう言ってからかう。
「そんなっ。私、確かに見ました! 魔物が女性を丸呑みしようと、大口を開けているのをっ」
(……おいおい、なんだそれは)
「女性を?」
ベルセルが部屋の中を覗きみる。
「ああ、彼女ですか」
ラセルはグッと表情を引き締めてアーリシアンを手招きした。アーリシアンは、キョトン、とした顔でそんなラセルを見ている。
「さぁ、こっちへ」
いつもとはまったく違うラセルの態度に、アーリシアンは困惑していた。
(ラセル、かっこいいっ!)
落ち着き払った態度のラセルに、惚れ惚れしているアーリシアンなのである。
「……あっ、あなた様はっ!」
男の一人が気付いたようだ。ラセルはゆっくりと振り返ると、男に告げた。
「ユーシュライ殿のご息女ですね」
「はっ。……しかし、何故セルマージ様の部屋に?」
「……ええ、ムシュウという男が彼女をある場所に拘束していたようでね。しかし彼女は眠ったままだったので、とりあえず私の家に運んでおいたのです。先ほど彼女の様子を見に行き話を聞いたところ、ユーシュライ殿のご息女だということがわかったので、お連れしたのですが、」
嘘八百並べ立てる。
「おおっ、そうでありましたかっ。このことをユーシュライ様が聞いたら、さぞやお喜びでしょう! 早く、報告を!」
命じると、脱兎のごとく走り出していく二人。残った一人はマーサを立たせると彼女に向かって言った。
「マーサ、お茶の支度をしてきてくれ」
「え? あ、あの、」
「きっと幻を見たんだよ。ほらごらん、部屋の中に魔物なんかいないだろう?」
ベルセルは彼女を安心させるかのように部屋の中をぐるりと見せる。マーサは、半信半疑ながらも仕方なく頷くと、小走りに走り去った。
「まったく、どうしてそんな幻を見たのやら」
ベルセルが呆れたように、しかし温かい目でマーサの後ろ姿を見送っていた。
「さて、セルマージ様、ご案内いたしますので、こちらへ」
そう、手を差し伸べたところですかさずラセルはこう言った。
「すまないが、メイドを一人お借りできないか? ご息女は着の身着のままだ。髪もボサボサだし、これではせっかくの再会も喜び半減だろう。少しばかり綺麗な身なりに整え、再会を演出したいのだが」
「なるほど! では急いで誰か連れて参りましょう。なに、服など沢山ありますからね」
ベルセルは人のよさそうな笑顔を向けると一礼し、部屋を出ていった。
「……さて、時間がないな」
「なに? ラセル、私、父様になんかっ」
捨てられた子犬のような顔でラセルを見上げるアーリシアンの口元に指を立てると、言う。
「いいか、アーリシアン。俺の言う通りに事を進めることが出来たら、地上で元通りの生活が出来るようになる。わかるか?」
「……元通りの、生活?」
「そうだ。今から説明するから、俺の言う通りに動いてくれ。出来るか?」
「……ラセルの言う通りに?」
「ああ」
「……わかったっ。やるっ!」
「よし、いい子だ」
ポン、とアーリシアンの頭に手を置くと、ラセルは大急ぎで筋書きを説明しはじめた。
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