第二十八話 偽りの姿


『では、こちらをお使いくださいませ』


 そういって案内された一室。所在無さげにウロウロしていたラセルだったが、食事をとり、やっと落ち着きはじめていた。


 アーリシアンの父、ユーシュライの館。


 まさかここに身を置く事になろうとは、思ってもいなかったのだ。

 あの精霊たちはユーシュライの命でムシュウの行方を追っていた。忽然と姿を消したアーリシアンを探すにはムシュウに尋ねるのが一番と思った裏には、アーリシアンを攫ったのがムシュウであるという疑惑の上に成り立った答えだろう。そして見つけ出したムシュウはアーリシアンの名を口にしたのだ。今は傷の手当てと共に、厳しく事情を問い詰められている。ラセルは、拘束したムシュウを男たちに渡し、その場から立ち去るつもりでいた。……のだが、どうしても礼をしたいとのユーシュライの計らいで、この屋敷に上げられたのである。


 初めて見るユーシュライは、他の精霊たちよりも一段と強い光を放っているようだった。堂々たる物腰、威厳に満ちた態度、されど奢ることなくラセルに頭を下げ、礼を述べたのだ。夕餉を共にしたラセルの感想としては、


『どうしてアーリシアンにはあの落ち着きがないんだろう?』


 という、的外れのものであったのだが。


「……空間にひずみをつけて移動するってのは理論上ありえる話で可能だが、さすがの俺も天上界からじゃ地上に戻る方法わかんねぇよ」

 呟いてみる。

「あいつら、心配してんだろうなぁ」

 そう口にした瞬間、気配を感じる。


(なんだ、これはっ?)


 辺りに目を配るが、広い部屋の中に誰がいるわけでもない。ただ、感じられるのだ。

(……セイ・ルーか?)

 白の術を使っているのかもしれない。

 よし、上手くすればここにいることを伝えられるぞ! と思ったそのとき、


「へ?」

「きやっ、」


 ドスンッ


 ……落ちてきた。


「ぐえっ」


 潰される。


「……いたた、」


 そして、落ちてきた主は、相変わらずマイベースだったのである。

「……へ? あり?」

 辺りを見渡し、自分の下に誰かがいることに気付く。

「ああっ、やだっ。あなた誰っ?」


 そして立ち上がると、


「……やだーっ、ここどこよぉ?」

 叫んだ。

「騒ぐなよっ、」

 半身を起こしたラセルを見下ろし、首を傾げる。記憶を辿る。この人、誰だっけ?

「ったく、一体どうやってここに来たんだ、アーリシアン」

 名を呼ばれ、はっとする。


「……ラ…セル?」


 角がない。

 髪の色が違う。

 けれど、耳に心地よいこの声は、間違いなくラセルのものだった。


「ったく、」

 ラセルは大きく息をつくと立ち上がり、元の姿に戻った。

「わからんかね、普通」

 おおよその姿形は変わっていないのだ。声だってそのままなのだし、気付いてもよさそうなものを『誰?』ときたもんだ。

 仕方なく、術を解き元の姿に戻って見せる。


「……ラセ…ル?」

「お騒がせ娘だな、まったく」

「ラセルーッ!」


 がば、と抱きつく。勢いよく飛びついたせいで、そのままもつれて床に倒れこんでしまう。アーリシアンを上に乗せたまま、だ。

「ぐえっ」

 アーリシアンに潰されながらも、なんとか後頭部強打は避けた。

「お前には限度というものがないのかっ」

 アーリシアンを抱いたまま、叱る。

「なによっ。ラセルのバカ! どんだけ心配かけたら気が済むのよーっ」

 ラセルをバシバシ叩きながら、叫ぶ。

「わかった、わかったから叩くな、アーリシアン」

「わかってなんかないっ。ラセルはちっともわかってなんかないよっ」


 ポタポタと顔に落ちてくる水滴。馬乗りのままアーリシアンは半身を起こし、ラセルの胸倉を掴んでいる。流れ落ちる涙は雨粒のごとくラセルに降りかかる。温かい、涙。


「うわっ」

 ラセルがバッと半身を起こした。

「鼻水出てるぞ、アーリシアンっ」

 鼻水はかけられたくないラセルなのである。


 アーリシアンはラセルの膝の上に乗ったまま、ラセルの胸に顔を埋めた。

「……俺で拭くのかよ」

 ごしごしと顔をこすりつけ、鼻水を拭いてから顔を上げる。

「ひと時だって離れたくないのっ。ずっと、ずっと一緒がいいのっ」

 必死の形相で訴えかけるアーリシアンを、ラセルは正直愛しく思った。だから素直に言ったのである。


「……そうだな。俺も一緒がいいよ」

 そして両手でアーリシアンの顔を包み込み、唇を重ねる。


「セルマージ様、いかがなされま…、」

 カチャリ、とドアが開き、メイドが一人、部屋の中を覗きこんだ。アーリシアンが騒いだせいで何事かと駆けつけたのだろう。が、


「ひっ!」

 部屋の中を覗くなり、メイドは息を呑んだ。そして……、


「きゃああああああっ!」


 大声を上げて、そのまま卒倒してしまったのである。


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