第二十七話 捜索

「困りましたねぇ」


 頬杖をついて遠い目をしているのはセイ・ルー。彼は、深刻な問題を二つ抱えていた。

 一つは、要としてラセルの所在がつかめないこと。

 そして、もう一つは……、


「セイ・ルー、食事が出来ましたわ」

 語尾にハートマークをつけそうな勢いで駆け込んで来たのはメイシア。引きつった笑顔で礼を述べるセイ・ルーをマリムが冷たい視線で睨みつける。

「マリムっ、その視線やめてくださいよっ。仕方ないでしょう? 私はピグルの作法など知らなかったのですからっ」

 小声で、訴える。

「まさか手の甲にキスするのが正式なプロポーズ法だったなんて……、」


 そう精霊の間では当たり前の行動が、ピグルにとっては一生に一度の大切な儀式だったのだ。自分の取った軽はずみな行動に、セイ・ルーは反省しきりなのであった。


「メイシアちゃんはすっかりその気ですぞっ。一体どうするんですかっ」

 マリムが返す。

「撤回するいい方法はないんですか? マリム、」

 溜息交じりに言うと、マリムはふんっと鼻で笑い腕を組んだ。

「ないこともないですがね」

「……何を喋ってるの?」


 メイシアが皿を片手に尋ねる。

 慌てる二人。

「あっ、何でもないですよメイシアっ」

「いい匂いがするなー、って言ってたんですぞ、メイシアちゃん!」

「そう?」

 メイシアは鼻歌など歌いながら、食事の支度をしていたのだ。アーリシアンは、というと、布団の中である。


「アーリシアンはまだ寝てるんですか?」

「そうみたいですな。『果報は寝て待て』を忠実に再現しているようで」

 うむ、とマリムが唸った。


 このままでは少しも前には進まない。なんとかして打開策を見つけなければならない。セイ・ルーはメイシアの作った手料理を食べながら、頭をフル回転させていた。


(ラセルと連絡をとる方法はないもんだろうか? ……白の術にはそんなものないし、それならラセルの方から連絡をとる手段はないのか? ……って、あればとっくに連絡が来てる頃だしなぁ)


 ラセルが姿を消してから、もう丸一日が過ぎている。ムシュウも姿を現さないし、万が一相打ちだった、なんて事だったら一体これからどうすればいい?


「って、そうか!」

 カツン、とスプーンをテーブルに置くと、驚いているマリムとメイシアをそのままに寝室へと飛び込む。ベッドでゴロゴロしているアーリシアンに声を掛けた。


「アーリシアン、ちょっといいですかっ?」

「なぁにぃ?」

 だるそうに声を上げるアーリシアン。本当なら、女性の眠っている部屋に転がり込むなど失礼極まりない行動だったが、思い立ったが吉日だ。セイ・ルーは無礼と知りつつアーリシアンの額に自らの手を置いた。


「私、別に病気じゃないよ? セイ・ルー」

 アーリシアンが不思議そうに声を掛けてくる。

「わかってますよ。ちょっとの間、じっとしててくださいね」

 意識を研ぎ澄ます。アーリシアンとラセルは契約を結んでいるのだ。今、ラセルがどこにいるかまで読み取れずとも、安否の確認くらいは出来る筈。アーリシアンの体を通じてラセルの気配を追おうというのである。


「……まさか、」


 研ぎ澄まされた意識の向こう側、ぼんやりと浮かぶラセルの気配。追って、追って、そして捕まえようと手を伸ばす。


「遠い、」


 思った以上に大変な作業だった。セイ・ルーは一度手を退けると、アーリシアンに向かって言った。ドアの向こうからはマリムとメイシアが何事かとばかりにこちらを覗き込んでいる。


「アーリシアン、少しの間、ラセルのことだけを考えてくれませんか?」

「私はいつだってラセルのことばっかり考えてるよっ?」

「いえ、そうではなく、集中して欲しいのです。出来る限りでいいですから」

「集中?」


 アーリシアンにとっては一番難しい注文かもしれない。なにしろ今まで、ひとつのことに集中などしたことないのだから。

 しかしラセルの名を聞いた途端、アーリシアンはガバッと布団を跳ねのけ言ったのだ。

「ラセルに集中するっ!」

「では、やってみましょう。もしかしたら居場所がわかるかもしれない」

「うんっ」


 俄然、やる気である。

 アーリシアンは「集中」の意味などよくわからなかったが、とにかくラセルの事を考えた。ラセルの怒った顔、ラセルの笑った顔、ラセルの困った顔、ラセルの……、

(どこに行っちゃったのよ、ラセル。私を一人にしないでよっ。私、ラセルがいないと不安で仕方ないよっ)

 思い出すにつけ、寂しさや心細さががこみ上げてくる。会いたい。今、すぐに。

(ラセル!)

 そして、その想いはセイ・ルーと見事に同調した。


「いた!」

 セイ・ルーがそう叫んだ瞬間、アーリシアンの体が発光する。キラキラと青白い光を纏い、そしてパッと消えた。

 消えたのだ。


「……アー…リシ…アン?」


 今の今までそこにいたはずのアーリシアンの名を呼んでみる。が、当然返事はない。


「ええっ?」

 頭を抱えるセイ・ルー。

「なんですっ、これは一体どういうことですかっ、セイ・ルー!」

「消えてしまった……?」

 マリムとメイシアとが寝室に入り込み、辺りをキョロキョロ伺った。

「なんでアーリシアンが消えたんですかっ」

「どうしたんですのっ?」

 矢継ぎ早に言葉を発する二人を制し、呼吸を整える。


「今、アーリシアンの意識を通じてラセルの居場所を突き止めようとしたんです。で、」

「でっ?」

「なんですのっ?」

「で、ラセルの気配が感じ取れたので、なんとか捕まえようと手を伸ばしたんです。ラセルは無事で、どうしてか、天上界にいるみたいで……」

「天上界にっ?」

「そんなっ」

「……で、パッとラセルの意識を捕まえた瞬間、その……アーリシアンを飛ばしてしまったような、」

「アーリシアンさんだけ移動させたってことですの?」

「はぁ……まぁ、そんなつもりはなかったんですが、アーリシアンの意思が伝わってきたのは確かです。ラセルに会いたい、と。それで、私の力を通じて勝手に飛んで行ったようでして……、」


 そんなことが可能なのか、セイ・ルーにはわからなかった。ただ、あの瞬間に感じたのはアーリシアンの、強い思念。そうだ、天上界でも似たような事があった。アーリシアンに命ぜられ、地上への道を開いたとき。あのときも逆らえない強い力に動かされてしまったのだ。あの力は一体なんなのだろう?


「じゃあ、二人は天上界にっ? そうと知ったらこうしちゃおれん! セイ・ルー、行きますぞ!」

「……行くって?」

「天上界に決まってるでしょうっ」

 マリムが拳を突き上げた。


「ええっ?」

「そうですわね。ラセルさんが天上界にいるということは、ムシュウもそこにいるはず。さぁ、参りましょうか、セイ・ルー!」

 メイシアもその気である。

「……天上界に……ですかぁ?」


 一人、憂鬱なセイ・ルーであった。

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