第二十五話 大混乱

 森の一軒家が視界に入る。

 上から見た限りでは特に変わった様子はない。セイ・ルーは少し遠くにメイシアを降ろした。

 扉に手をかけた、正にその瞬間、


 バン!


「はぅっ」


 突然ドアが開いたのだ。しかも、力いっぱい。したたか頭を打ちつけたセイ・ルーはその場にひっくり返ってしまう。中からひょいと顔を出したのはアーリシアン。


「あら、セイ・ルー。んもぅっ、そんなとこで何してるのよぉっ?」


 人に危害を加えておいて、なのに切れ気味の態度。彼女は間違いなく、本物であると確信する。まったく、どういう躾をしていたんだ、親は!

(……って、ラセルか)

 自分で自分に突っ込みを入れつつ、立ち上がり頭を押さえた。


「アーリシアン、無事だったんですね」

 涙目でそう言うと、アーリシアンはキョトン、とした顔で首を傾げた。


「どうしました、アーリシアン」

 奥からマリムもやってくる。二人とも無事のようだ。と、いうことはやはり……、


「ラセルは?」

「一緒じゃないの? セイ・ルー」

 途端に怪しくなるアーリシアンの顔。

「戻っていないんですね?」


 やはりムシュウはラセルを……。さて、どうする? そんなことをアーリシアンに告げたらきっと……しかし誤魔化すための嘘も浮かんではこない。仕方ない、ここまできて、黙っているわけにも行くまい。


「実は今朝方、アーリシアンを見たんです」

「何を言ってるのかね? セイ・ルー。アーリシアンならここにいるんだから、見たっておかしくないですぞ?」


 事情のわかっていないマリムが茶々を入れた。セイ・ルーは軽くマリムを制し、言った。


「偽物だったんですよ」

「……どういう、こと?」

「つまり、ムシュウが罠を仕掛けてきたんです。ラセルをおびき寄せる為に」

 さっ、と二人の顔色が変わる。恐怖の表情を浮かべるマリムと、怒りの表情を浮かべるアーリシアン。


「……で、ラセルは? ラセルはどうしたのよっ?」

 掴みかからん勢いで迫るアーリシアン。セイ・ルーは心持ち引き気味で説明を続ける。

「えっ、ああ、その、実はですねぇ」

「……セイ・ルー?」

「わっ!」


 後ろから声を掛けられ、驚く。所在無さげに立っていたのはメイシアだった。


「メイシアちゃん!」

 声を上げたのはマリムである。

「……マリム?」

 今度はメイシアが驚く。

「……知り合い?」

 セイ・ルーがメイシアとマリムを交互に指し、尋ねる。

「幼馴染です」

 メイシアが答えた。


「じゃあ、あの村は、」

「村? セイ・ルー、もしかして私の村に行ったのでっ? というよりどうして二人が一緒にいるんだーっ!」

 パニックしているマリムである。

「落ち着いてくださいよ、マリム。ちゃんと説明しますから」

 セイ・ルーは全員を家の中へと促すと、はじめからきちんと説明を始めた。


「じゃあ、ラセルはムシュウに捕まっちゃったのっ?」

「じゃあ、村の皆はムシュウに魂を抜かれてるってことなのでっ?」


 捲くし立てる二人。


「やだやだーっ。ラセルどうなっちゃうのよーっ。どうしてセイ・ルー一人で戻ってきたのっ?」

「一刻も早く皆を救い出さねば! セイ・ルー、ムシュウはどこだーっ」

「落ち着いてくださいって、」

「落ち着いてなんかいられないじゃないっ」

「これが落ち着いてなどいられるかーっ」


 堂々巡りである。


「あの、」

 と、切りのいい所でメイシアが口を挟んだ。

「なにっ? メイシアちゃんっ」

 キラ、とマリムの目が輝く。

(もしかして、マリム、)

 セイ・ルーは気付いてしまった。マリムはメイシアのことが好きなのだ。対して、メイシアはあまりその気がなさそうだが……。


「あの、どっちにしろムシュウという精霊に会わなければ解決しないのでしょう?」

「……ええ、まぁ」

 一番いいのは、ムシュウに捕まっているであろうラセルが、そのままムシュウをやっつけて戻ってくることなのだが……。


「だったら、行きましょうよ。ムシュウの所へ!」

 グッ、と拳を高く突きつけ、ポーズを決めるメイシア。なんだかやる気満々である。

「しかし、どこにいるのか。もう少し様子を見た方がいいのでは?」

(ラセル! 早くムシュウを倒して戻ってきてくださいよぉぉっ)

 もはや涙目のセイ・ルーである。こんな人数引き連れてムシュウを探しに出るなどということ、絶対にやりたくないのである。


「えーっ? 待つのは嫌だーっ。ラセルの所に行くもんっ」

「そんな悠長なこといっている場合ではありませんよ、セイ・ルー!」

「村の者たちを一刻も早く助けるのだーっ」


 しかし現場は思った通り、大合唱である。


「やっぱ納得しないか……、」

 頭を抱える、セイ・ルー。

 だがどうすればいい? こんな、感情だけで盛り上がっている輩をムシュウの所に行くのだといっても、肝心のムシュウがどこにいるのかわからないのだ。

(そうだ、あの手で行こう)

 心の中でポン、と手を叩く。


「勝手にここを離れては、ラセルが困りますよ、きっと」

「なんでぇっ?」

 アーリシアンがすがるような目で見上げてくる。

「だって、ラセルがここに戻ったとき誰もいなかったら、ラセルは私達を捜しようがないじゃないですか。それに、ムシュウがどこにいるかもわからないのに、どうするつもりなんです? どうやって探すんですか? ムシュウのことを」

 たたみ掛けるように言葉を紡ぐ。


「ラセル、戻ってくるの?」

 アーリシアンが尋ねる。

「アーリシアン、ラセルがムシュウに負けるとでも思っているのですか? とっととやっつけて、すぐに戻ってくるに決まってるじゃないですか!」

 あははー、と天高らかに笑ってみせるセイ・ルー。あくまでも内容は希望的観測なのだが。アーリシアンがしゅん、と肩を落とす中、メイシアがとんでもないことを言い出した。


「でも、それではムシュウに捕らえられた仲間たちの魂がどこにあるのかわからなくなってしまいます!」

「うっ、」

 そういえば、そうだ……。


「メイシアちゃんっ!」

 マリムがメイシアの手を握った。

「君の言う通りだ。もしラセル殿がムシュウをやっつけてしまったら、私たちの村は全滅してしまう! なんとしてでもラセル殿がムシュウを倒す前に、ムシュウを探さなければならないのだっ」

 セイ・ルーは頭を抱え、マリムはキラキラお目目でメイシアを見つめた。


「しかし、万が一にも我々の村が壊滅してしまったとしたら、メイシアちゃんと私が結ばれて子を成せばそれでいいですしな。ふはははは」

 腰に手を当て、笑う。そんなマリムに、メイシアは更に凄いことを告げたのである。

「残念だけどマリム、私はセイ・ルーと婚約したの」


 一瞬の、間。そして、


「うぇぇぇぇぇっ?」

「ごああああっ!」

「へぇぇ、」


 順番に、セイ・ルー、マリム、アーリシアンである。


「ちょっ、婚約って、一体どういうっ?」

「メイシアちゃん、変な冗談は、」

「おめでと、セイ・ルー」


 大混乱だ。


「ちょっと待てーっ! ちっともめでたくなんかあるもんかっ。セイ・ルー、一体お前はメイシアちゃんに何をしたーっ!」

 掴みかかる、マリム。

「私は何もしてませんっ。メイシア、一体何のことですか? 婚約って、」

「ねぇ、そんなことよりラセルはいつ戻ってくるのよぉー?」

「そんなっ! セイ・ルー、あなた私を好きだと言ったではありませんかっ」

「ええっ?」

「言ったのかーっ?」

「ラセルーっ」

「ちょ、そんなこと、いつ?」

「ひどいっ! あの愛の誓いは嘘だったと言うのですかっ?」

「誓いって、」

「うぬぬぬぬ、こやつ、許せーん!」

「ねぇってばぁっ!」

「契約は結ばれたのにっ」

「誓いましたかー? 私っ」

「どうなんだ、セイ・ルー!」

「ラセルはどうなったのよーっ」


 押し問答は、日が暮れるまで続いたのであった……。

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