第二十四話 小人(ピグル)の村

 そして、朝が来る。

 どんなに寝ぼすけでも、朝が来れば自然と目が覚めるものである。


「ふぁ~、」

 まず目を覚ましたのはアーリシアンだった。つまり、本物の、だ。

「……あり? ラセルぅ?」

 目をごしごししながら辺りを見渡す。隣のベッドではマリムがまだグースカ寝入っていた。アーリシアンはベッドから起き出すと、部屋の中を一周する。ベッドの下、台所、居間、しかしラセルの姿はない。


「いない……、」


 と、寝室に戻りマリムを揺さぶる。

「ねぇっ、ねえマリム、起きてよっ」

 しかしこの程度の振動で起きるマリムではない。アーリシアンは眉根を寄せると台所へと向かい、フライパンを片手に戻ってきた。


「マリム!」


 がしょ~んっ。


「うぎゃああああっ」


 ……いい音が鳴る。


 ちなみにこれは出した音ではない。だ。よく死なないものだ。

「なっ、なっ、何をするんですかぁぁっ」

 涙目になりながら飛び起きるマリム。頭にはポッコリ、赤い山……こぶが出来ていた。


「ラセルは?」

「知りませんよっ、そんなことっ」

 切れている。当然である。

「ラセルがいないーっ」

「そんなのっ、食料の調達にでも行ったんでしょうっ。もぅっ、私を殺す気ですかアーリシアンっ」

「……あら、だってピグルは石頭だから少々のことでは頭に傷はつかないんだ、ってラセルが言ってたもん」

「限度がありますっ」

「あは、ゴメンネ」


 ペロ、と舌を出しておどけるアーリシアン。反省の色は感じられない。


「ったく……。で、セイ・ルーもいないんですか?」

 辺りを見渡し、マリム。

「あ、そういえばいないねぇ」

 すっかりその存在を忘れているアーリシアンなのである。

「どれどれ。外で見張り、なんて言ってたけども、眠ってるんじゃないですかぁ?」

 叩き起こしてやろう、的な怪しい微笑みを携えて、外へ出る。雲ひとつない青空と、小鳥のさえずり。爽やかな風がマリムの頬を撫で、過ぎていく。


「……セイ・ルー!」


 呼んでみる。が、返事はない。

「いないみたいですなぁ」

 後ろからアーリシアンも続いた。

「ラーセールーっ!」

 森に木霊する、アーリシアンの声。しかしやはり返事はない。

「やっぱりいないよぉ」

 急に涙声になるアーリシアン。マリムが慌てた。


「まっ、ほらっ、あれですよっ。セイ・ルーもいないということは、二人で食料の調達に行っているということですなっ。アーリシアンに美味しい食事を作るために出掛けたのでしょう!」

「……ほんとにぃ?」

「アーリシアン、他に、彼らがいなくなる理由がありますか?」


 チッチッチ、と指を鳴らし、自身満々な顔で言う。アーリシアンはしばらく考え、首を振った。


「でしょう? 果報は寝て待て、と言いますからね。もうしばらく待ちましょう、アーリシアン。ねっ?」

 マリムも随分子供のあやし方を覚えたものである。アーリシアンはマリムの並べ立てる言葉に納得したのか、おとなしくなった。

「もう、一人にしないでほしいのに~」

 そう呟くとマリムの言葉に従い、再びベッドの中へと潜り込んだのである。




 その頃、セイ・ルーは驚いていた。

 案内された場所は、村だったのだ。

 ……ミニチュアの……。


「お願いです、みんなを助けて!」

 アーリシアンはそう言ってある一点を指す。そこには何十人ものピグル達が積み上げられていた。

「……なんだ、これはっ?」

「あの、ムシュウという精霊が皆の魂を捕らえてしまったのです!」

 切に、訴えるアーリシアン。

「ムシュウが……、しかし何のために」

「私を……利用するためです」

「アーリシアンを?」


 言われ、はっとする。


「あ、やだ私ったらまだこの姿を取っていたのね。ごめんなさい、」

 とはにかむと、ポン、と姿を変える。

「……って、ええっ?」

 そこに立っていたのは、ピグル。

 何度瞬きしても間違いなくピグルだった。しかもその服装と口調から判断するに、女なのである。


「私の名はメイシア。メイシアといいます」


 急に小さくなった元アーリシアンはそう告げた。そういえば、アーリシアンとは声が違っていたような……などと今になって気付き始めたセイ・ルーである。

「あ、申し送れました。私はセイ・ルーと申します。……あの、状況がよく把握できないのですが、一体何があったのですか?」

「実は、」

 メイシアが沈痛な面持ちで事の成り行きを話し始めた。全ては、ムシュウの仕組んだ罠だったのだ。


「じゃあ、ラセルは……、」

 アーリシアンの姿を取ったままいつの間にか姿を消していたラセル。ムシュウに見つかってしまったということか?

(アーリシアンが地上にいるってバレてるのか? ……だとしたらラセルは、いや、しかしそうじゃないとしたら、)

 あのまま、連れ去られてしまった?

「まさか、ね」

 はは、と乾いた笑い声。


「まさか、って、何がです?」

 メイシアが不安そうにセイ・ルーを見上げる。セイ・ルーはメイシアの肩を掴むと、真剣な面持ちで、問うた。


「メイシア、ムシュウは何しに来たって言ってました?」

「え? あ、ラセルという魔物を殺す、と」

「……さっき君が化けていた精霊のことはなにも?」

「ええ、特に何も」

「……やっぱり」


 ガックリ、とうなだれる。


「あの、……?」

 ムシュウは知らなかったのだ。アーリシアンが地上にいることを。そんな状態でラセルの化けた完璧なアーリシアンを見たとしたら、

「ラセルが危ない!」

「え?」

「メイシア、この者達の捕らえられた魂はどこにっ?」

「……さぁ?」

「さぁ、って。それでは成す術がないっ」

「あの者が持っているのでは?」

「うう、困ったな。とりあえずアーリシアンの元へ戻らなければ、」

「戻る? 村の者を残してですかっ?」


 メイシアが声を荒げた。


「メイシア、この村に結界を張ります。外部からの進入が出来ないように。とりあえずはそれで納得してください。なんにせよ、ムシュウに問い質さねばわからない」

「……わかりました。では、私も連れて行ってください」

「へ?」

「お願いします!」

「……まぁ、仕方ありませんね。乗りかかった船だ」


 セイ・ルーはそう言うと腕を天高く掲げ、呪文を唱えた。指先に光が集まり、やがてそれは村を覆う大きな傘となった。


「すごい!」

 メイシアが素直な感想を口にする。


「さて、では戻りますよ」

 そう言うとセイ・ルーはメイシアをひょいと抱き上げ、羽ばたいた。

(……ああ、もしかしてさっきも、走る必要なかったんじゃないか、私……、)

 今更そんなことに気付いてしまうセイ・ルーなのである。


 自ら張った結界を抜ける。と同時にメイシアが「ひっ」と悲鳴をあげ、セイ・ルーにしがみついた。眼下に広がる光景はおぞましい地獄絵図。ピグル達の村をぐるりと魔物の群が囲んでいるのだ。魔物とは違い、人の形を取らない低級かつ獰猛な魔物の群。


「見た目悪いですけど、あれなら誰も近づかないでしょう?」

 セイ・ルーが説明した。

「……では、あれは……、」

「幻ですよ。本当に魔物がいるわけではありませんから、ご安心を」

 ニッコリ。

 その、人のよさそうな顔にメイシアはすっかり安心してしまった。そっとセイ・ルーの胸に顔埋め、呟く。


「一生あなたのお側に……、」

「……はっ? 今何か言いました?」

「いいえ、なんでも」


 メイシアは慌てて首を振るのであった。


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