第二十一話 いちゃいちゃ

「結局どうするんですっ?」


 夕暮れ時、一行はラセルの住んでいた森の奥にある山小屋に集まり暢気に果物など食べていた。嫌なことは早く忘れる、というラセル、マリムとは違い、セイ・ルーだけが一人焦りを募らせている。


「んもぅっ、何で皆さんそんなに落ち着いていられるんですっ?」

「何でって言われましても、ねぇ?」

 両手に赤い実を持ったまま、マリム。

 話を振られたラセルもまた、カリリ、と赤い実をかじったまま頷いた。


「ムシュウがここに攻めてきたら、どうするんですっ?」

「どうするって言われましても、ねぇ?」

「あにょおりはん、まはふるの?」

 口の中いっぱいに頬張ったまま、アーリシアン。

「そうだな、また来るかもしれん」


(俺を殺しに、な)

 気付かれないよう小さく息を吐き出す。まったく、面倒なことこの上ない。


「れも、んぐっ。でも、今度は大丈夫よ!」

「アーリシアン、何を根拠にっ、」

 セイ・ルーが尋ねる。

「だって、ラセルがいるもんっ」

 ぴとっ、と腕に絡み付く。


「アーリシアン! その手でくっ付くなっ。服がベタベタになるだろうっ」

「やーん、ラセルぅっ」

 (……ダメだ、こりゃ)

 心の中で某番組の誰かのような台詞を吐きつつ、セイ・ルー。


「……ま、お前の言うことも尤もだ、セイ・ルー」

 アーリシアンの手を拭いてやりながら、ラセル。この光景を目の当たりにしてから、セイ・ルーはラセルに対して『恐怖』というものを感じなくなっていた。彼は……ただの父親だ。しかも、かなり親馬鹿な部類に入ると思っている。


「で、だ」

「何か考えがあるのですね? ラセル!」

「……ああ、ある程度シュミレーションしておいた方がいいと思うんだ」

 飄々とした口調で言ってのける。

「はいっ!」

 目をキラキラさせて、セイ・ルー。今となってはムシュウの逆襲の方が恐ろしい、セイ・ルーなのである。


「しかしラセル殿、一体どうすると?」

「まあ聞け、マリム。ムシュウは遠くない期日に必ず俺の所に来るだろう。俺を殺しに」

「ラセルっ!」

 不安がるアーリシアンをなだめながら、続ける。

「そこで、だ。役割分担をしようと思う」

「おおっ、」


 セイ・ルーが歓喜の声を上げた。彼にはなにか秘策があるのだ。なるほど、だからこんなにも落ち着いていられたということか!


「まず、俺はアーリシアンを安全な場所へ連れていくから、マリムはアーリシアンに化けてムシュウの気を引け。アーリシアンが地上に戻ったことをやつが知ってるかどうかわからんが、どっちにしろアーリシアンの姿を見れば慌てて後を追うだろうよ」

「ええっ! なんで私がそんなことをっ」

「で、あとはセイ・ルーが留目止めを刺す、と」

「ええっ! わっ、私ですかぁ?」


 二人揃って抗議の声。しかしラセルは知らん振りで頷いた。


「完璧だな」

「完璧だーっ」


 アーリシアンまでが悪乗り気味である。


「ちょ、待ってくださいよ、ラセル! 私は本気でどうにかしようと、」

「なんだよ、セイ・ルー。俺だって本気なんだぜ? お前、白の術使えるんだろ? ムシュウの相手するにはもってこいだよなぁ。あははー」

 などとお気楽に笑うラセルを見、

(やっぱり魔物だ。性悪だっ)

 と心の中で呟く。


「大体、俺が精霊と一戦交えたら問題になるだろ? その点お前が相手なら内輪揉め程度で話は片付くというものだ」

「片付きませんっ!」

 反撃。

「異種同士よりはいい」

 きっぱり。

「そんなぁ……、」

 撃沈。


「……って! 二人とも、私の存在をお忘れかっ?」

 下の方からマリムが噛み付いた。

「ああ、マリム。お前試しにアーリシアンに化けてみろよ」

「そっ、そんなっ。私は囮になるのなんか真っ平御免ですぞっ!」

「いいから、化けてみろって」

「うう、」


 ラセルに言われるがまま、変化の術でアーリシアンの姿をとるマリム。一同、絶句。


「……ひどいな」

「あんまりですね」

「全然似てないーっ!」

「……そう…かにゃ?」


 気恥ずかしくなったカムリはピグル大のアーリシアンのまま、顔を赤らめ、身をくねらせた。その仕草が返って気持ち悪さを増大させる。

「うっ、嫌なものを見てしまった」

 セイ・ルーが顔を背けた。

「ひどいっ! なんです、セイ・ルー! 私だってちょっと本気を出せばっ、」

 突っ掛かるマリムを足蹴し、ラセル。


「まあいい。マリムの変化は使えないということが判明した。ということは、セイ・ルー」

「えっ? わっ、私は変化の術なんて使えませんよおっ?」

「だろうな。よって、筋書きはこうだ。俺はアーリシアンを安全な場所へ。マリムは自分の身を守れ。そしてセイ・ルーが全てを片付ける、と」

「なんですかそれはっ!」


 泣き出しそうな顔で、セイ・ルー。


「私は確かに白の術を使えますけどっ、実際に使ったことがあるのは簡単な術だけなんです! 相手に傷を負わせるような大きな術は使ったことなんてないし、使えないわけで、」

「でも、やろうと思えばやれるだろ?」

「無理です! 出来ませんよぉ~」

「セイ・ルー!」

 突然、ラセルが大声をあげる。ヨナヨナしていたセイ・ルーの背筋がピッ、と伸びた。


「はいっ」

「……お前は、やれば出来る男だ。そうだろう? 今まで機会がなくて力を発揮することもなかったが、俺はお前を一目見てわかった。お前には強大な力が眠っているということに、だ……。わかるか?」

「……私に…強大な力が?」

「ああ、そうだ。白の術を使う者には野心があると聞くが、お前にはそれが感じられない。そのピュアな心なればこそ使える、白の術奥義が!」

「奥義!」

「おうぎぃ?」


 アーリシアンも真似をする。マリムはそっぽを向いている。参加する気はないらしい。


「……と、いうわけだ。よろしくな」

 ポン、とセイ・ルーの肩を叩く。

「はい! わかりましたっ!」

 ……やる気である。

「また、被害者が……、」


 ゴンッ


 呟くマリムを叩いて静める。


「さて、と。じゃあ今日はもう休むか。セイ・ルー、見張り頼むな~」

「はい!」

 拳を握り締め、やる気満々のキラキラお目目で外へ出ていくセイ・ルーであった。

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