第十七話 白の術
「……アーリシアン、禁じられた力、というのをご存知ですか?」
重たい口をやっと開き、セイ・ルー。しかしアーリシアンはキョトン、としたままである。代わりに反応してくれたのはまたしてもマリムだった。
「やっぱり『禁断の白い術』なのかっ」
「そんなことまで知っているのですかっ?」
「俺は勤勉なんでね」
フフ、とクールを気取って見せるマリム。アーリシアンだけが首を傾げていた。
「白い術って、何?」
「つまり、こういうことですよ、アーリシアン。遥かなる
「その力を用いれば月食に関係なく地上へ降りたり、ここへ戻ったりもできる」
「便利ね」
能天気な返答。
「ですがアーリシアン、その力を持つものは同時に黒い心を持つ、といわれてましてね。長い歴史の中で、その力を持つものたちはたびたび世を混乱に陥れているんです。昔は同族同士で殺し合う『魔術者狩り』なんてのもあったんですよ」
「同属で殺し合い?」
「ええ。今でも白の術を使える精霊はいるかも知れない。けれど、自分からそのことを公表したりはしません。歴史上から消された種ですからね。公になったらどんな目に合うかわかりませんし、力を使うには必要なものもありますしね」
「……でもっ、でもあの人は平気で使ってたわよっ? 私の父親から頼まれた、って」
「お父様?」
セイ・ルーが首を傾げた。マリムがズイ、と身を乗り出し、答える。
「ああ、つまりこういうことです。彼女の父親が、死んだと思っていたアーリシアンが生きていることに気付き、取り戻そうと刺客を放った」
「マリム、刺客を放っちゃ駄目じゃないですか。迎えでしょう?」
「……そうとも言う」
間違いを指摘され、赤面するマリムであった。が、気を取り直し更に続けた。
「ユーシュライってのは有名人か?」
「ええっ?」
セイ・ルーが立ち上がる。
「アーリシアンっ、あなた…ユーシュライ様の御息女なんですかっ?」
「知ってるの?」
「知ってるも何もっ。……言われてみれば確かにフィヤーナ様に似ておいでだ……そうか、そうだったのか」
結構ショックだったらしい。
「しかし、ユーシュライ様が白の術を使う家臣を囲っていたとは……」
顎に手を当て、考え込んでしまうセイ・ルー。アーリシアンはマリムと目を配らせた。
「アーリシアン、あなたは戻った方がいい」
溜息交じりに、セイ・ルー。
「戻る?」
「ええ、お父上様の所に戻った方がいい」
「なんでよっ?」
父親の名を知った途端戻れと言い始めるセイ・ルーに、マリムはアーリシアンの父親が持つ絶対的な力を感じた。白の術を使う者を囲い、力ずくでアーリシアンを手に入れようとするあたり、ただの父子愛だけでは済まされない何かがあるのかもしれない。
「……セイ・ルー、ユーシュライって男はそんなに凄い力を持つ人物なのか?」
マリムが尋ねる。セイ・ルーはひょい、と片方の眉だけを上げて見せ、そして笑った。
「ああ、そういう意味で言ったんじゃないんですよ、マリム」
「そういう意味じゃない?」
わからないアーリシアンはただ首を傾げるばかりである。
「あなたの父君と母君は、大恋愛の末に結ばれたんです。ですが、フィヤーナ様はお体が弱かった。子を成す為に地上へ降りられたのだが、汚れた空気の中では長く生きられなかった。そのことを知ったユーシュライ様の嘆きといったら……」
「……、」
アーリシアンは唇を噛み締めた。
「あなたが生きていると知ったとき、ユーシュライ様はさぞやお喜びだっただろう。アーリシアン、伴侶と一緒にユーシュライ様の所にお行きなさい。皆で一緒に暮らせばよいのです」
「それは無理ですな」
話を聞いていたマリムが口を挟む。
「何故です?」
「アーリシアンの伴侶であるラセルは精霊じゃありませんのでね」
「……別の種と結婚を?」
それは、精霊にとっては異例のこと。どの種よりもプライドの高い精霊は自らの種を最高の生き物だと信じて疑わない。だから別の種と契りを結ぶことは、滅多にないのだ。
「お相手は一体、」
「
「……なんですってっ?」
セイ・ルーが飛び退いた。アーリシアンを見遣る。と、アーリシアンは黙って頷く。今度はマリムを見遣った。マリムもまた、黙って頷いた。
「なんてことだ!」
ムシュウがアーリシアンを力ずくで連れ戻した理由がやっとわかった。今頃彼は、地上でアーリシアンの伴侶である魔物を消し去っているだろう。地上に戻ったとしても、アーリシアンはもう伴侶に会うことはない。セイ・ルーはそのことをなんと伝えればいいのかわからなかった。
「……アーリシアン、あなたが地上に戻ることは不可能です」
「えっ?」
「なんですか、それはっ。さっきは方法があると、」
マリムが食って掛かる。が、セイ・ルーは黙って首を振ったのだ。
「伴侶のことは諦めた方がいい。早く父君の元にお帰りなさい。そして新しい伴侶を迎えて幸せを、」
「ちょっと待った!」
マリムが割り込む。
「セイ・ルー、あなたはどっちの味方なんですかっ? あの、力ずくで私達をここに連れ出した男と同じ考えかっ? 今の物言い、引っ掛かりますな。精霊は一度伴侶を得た場合その者が死ぬまで契約は解ける事がない。新しい伴侶を迎えろ、とは……それじゃまるでラセル殿が死ぬみたいじゃ、」
そこまで言って、はっとする。
「……まさか、まさかラセル殿はっ、」
「マリム? なに? ラセルがなによっ?」
アーリシアンが不安そうにマリムを見下ろした。
「あのムシュウという精霊は、また地上に戻ったと言うことか? ラセル殿を殺す為に」
「……なん…ですって?」
アーリシアンの言葉が震える。
「どうなんですか、セイ・ルー?」
マリムに詰め寄られ、セイ・ルーは眉を寄せたままうつむいた。長い沈黙の後、コクリと頷く。
「白の術を使えるムシュウが、アーリシアンの伴侶が魔物だと知り、そのまま黙って帰るわけありません。きっと、今頃はもう、」
「……いやぁぁぁぁっ!」
アーリシアンが、叫ぶ。ヘナヘナとその場に崩れ落ち、頭を抱えて震え出した。
「アーリシアン!」
「……嘘よ。そんなの嘘だわ。ラセルは死なないもん。ラセルは私を迎えに来るって、」
「アーリシアン、白の術というのはとても強い力です。いくら魔物が生命力の強い種であるとはいえ、到底……、」
「セイ・ルー!」
ぱっと顔を上げるアーリシアン。その目は、今までにない厳しく、強い眼差しだった。逆らうことを許さない絶対の力を放つ、瞳。セイ・ルーはその瞳に捕らえられ、完全に心を支配されていた。
「……は…い」
「私の質問に答えなさい。ここから地上へ降りる方法は? 白の術以外、方法はないの?」
「五年後の月食……もしくは白の術以外、地上への道は有り得ません」
「では、ムシュウの他に白の術を使う者に心辺りは?」
「……それは、」
言い淀む。
「あるのね、セイ・ルー」
キッ、とアーリシアンが瞳を細めた。
「…あり……ます…、」
まるで催眠術だ、とマリムは思った。アーリシアンにこんな力があったとは、今の今まで知らなかった。精霊というのは、誰しも力を所有しているものなのだろうか?
「言いなさい。それは、誰?」
「……それは、」
セイ・ルーがゴクリと息を飲んだ。
「それは?」
そして、彼の口からその者の名を聞いたアーリシアンは、ニッコリと極上の笑みを浮かべたのである。
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