第十六話 帰る方法

 ムシュウは強く、唇を噛み締めていた。よりによって魔物になどとは。魔物という種が持つ力を、ムシュウは知っているつもりだ。やつらにが出来る筈がないということも。つまり、あの魔物はということ。それはムシュウにとって、思ってもいなかった厄介事だった。


「くそっ、なんてことだ」


 あの力は……間違いない。魔物ごときが手に入れられるような技ではない。一体どうやって……? なんにしろ、油断できぬ相手であることだけははっきりした。簡単に首をひねれるとばかり思っていたのに。


「このままではアーリシアン様を自由にすることが出来ぬ。それでは私の計画が……、」


 狙っているのだ。あの、誇り高き精霊王ユーシュライの座を。そのためにはアーリシアンを手に入れるのが絶対的に有利。しかもアーリシアンは、かつて密かに思いを寄せていたに瓜二つともいえる容姿! 苦い水ばかり飲まされてきたムシュウにしてみれば、やっと訪れた転機なのである。


「なんとしてでもあの男の息の根を……」

 ぐっと拳を握る。その双眸には、光の種族とは思えぬほどの邪悪な黒い影が渦巻いていたのだった。





「では、変化の術が出来るのですね、マリムは。小さいのに、偉いですねー」

 グリグリ、と頭をこなくり回される。

「だーっ! 俺は大人だーっ!」

 撫でつけるセイ・ルーの手を叩き落とし、椅子から飛び上がる。

「マリム、ちゃんと座りなさい!」

 アーリシアンが椅子を指し、言った。

 こんな会話がもう六度も繰り返されているのだ。いいかげんマリムはウンザリだった。


「アーリシアン、こんなことしてても意味がありませんっ。早く地上に帰る方法聞いてくださいよっ」

「あ、そだ」

 ポン、と手を叩きアーリシアン。……まったく、緊張感がないというか、ボケてるというか。こんな所にいつまでもいたら、マリムの頭は撫でられすぎて禿げてしまいそうだったのだ。


「セイ・ルー、私一刻も早くラセルに会いたいのっ。どうしたら帰れるの?」

「……ラセル?」

「私の伴侶よ。とっても優しいのっ」

 自慢気に微笑む。

「地上で暮らしていたのですか、アーリシアンは」

「そうよ。ずっとラセルと一緒だったの。だけど、ラセルったら私を置いてどっか行っちゃってさっ。あ、ううんっ、でもすぐに迎えに来るって! だから早くマリムのお家に戻らなくちゃ。もしかしたら、もう迎えに来てるかも……ああーんっ、ラセルに会いたいよぉぉっ」


 泣き出してしまう。

(おやおや、子供ですね、まるで)

 セイ・ルーはふっと溜息をつき、言葉を選んだ。なんとかしてやりたいのは山々だが、マリムと一緒にいたいのも確かだ。いや、それ以前の問題か。


「……アーリシアン、君はムシュウという男に連れられて、気がついたらここにいたって言ってましたね」

 ひくっ、と喉を鳴らしながらも小さく頷く。

「きっつーい顔した精霊でしたな。精霊ってもっと穏やかな種族だと思っていたが」

 しゃくりあげているアーリシアンの代わりに、マリムが答えた。

「そこなんです、マリム!」


 ピッ、と指を立て、顔を近付けて迫るセイ・ルー。マリムが慌てて椅子を降りようとすると、アーリシアンの手が伸び頭を押さえつける。『座ってなさい』のしつけだ。

「あの樹は確かに地上とを結ぶ入口です。でもそれは月食の日……地上で生まれた精霊達が昇ってくるあの僅かな時間だけのこと。何でもないときに地上に降りることなど、本来は出来ないのですよ」

 含みのある言い方である。


「……例外がある、と?」

 マリムが鋭く突っ込んだ。と、セイ・ルーの顔が満面の笑みに変わる。

「ああっ、マリムは本当に素晴らしいですねっ。こんなに小さいのに、私の言い方一つにきちんと反応するだけの知恵をちゃんと持っているんだっ」

 目をキラキラさせるセイ・ルーを、マリムはどうしても好きになれないのであった。


「……んでっ、なんか別の方法があるんだろうがっ?」

 言葉が悪くなるのもそのせいだ。

「ええ、まぁないわけじゃないんですけど」

 と、また言葉を濁し始めるセイ・ルー。教えたくない、というよりは言い辛そうな感じでいるのだ。

「……どう…すればいいの?」

 潤んだ瞳でセイ・ルーを見上げるアーリシアン。この顔を見て口を割らない男がいるだろうか? いや、いないだろう。(逆接)


「うっ、」

 アーリシアンになどまったく興味を示さなかったセイ・ルーでさえ、固まってしまう。

「ねぇ、セイ・ルー?」 

 なおもキラキラ光線を放つアーリシアンに、セイ・ルーは催眠術に掛かったかのような感覚をおぼえた。このままでは呑まれる! そんな危機感。


「どわぁっ」


 不可思議な声を上げ視線を逸らす。大きく息を吐き出すと、落ち着こうとお茶を口にする。そして、むせた。

「なにしてんだか、」

 マリムが呆れ顔で呟いた。


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