第十三話 セイ・ルー

「……おや?」


 セイ・ルーは空を見上げて首をかしげた。見慣れない物体が空を飛んでいる。そして、そいつらはこちらに向かってきているのだ。


「あ、目が合った」

 やっほー、などと手を振っていると、相手も気付いたとみえどんどん高度を下げてくる。


「これは珍しい!」

 それが近付くにつれ、セイ・ルーの好奇心は駆り立てられる。この場所で、精霊以外の者と出会うことなどないに等しいのだから。


「あの~」

 ファサッと羽根が閉じられ、それが地上に降りた。小さくて、なんと可愛いことか。


「ああっ! いらっしゃい、ピグル!!」

 セイ・ルーはそう言うとまっすぐ駆けて行き、マリムに抱きついたのだ。

「うわーっ。助けて、アーリシアンっ!」


 大きな木は、近くで見ると更に大きく天に向かって聳え立っていた。ここから来た、とマリムは言った。では、ここから帰ろう。


「あの、あなたは誰?」

 おずおずとアーリシアンが尋ねる。セイ・ルーはやっと正気に戻ったとばかり、初めてアーリシアンに目をやった。

「あっ、失礼。……あの~、これはあなたのですか?」

 マリムを指し、言う。質問の答えなど、すっかりどこかへ忘れている感じだった。

「これとはなんだっ。これとはっ」

 マリムはカンカンである。


「あ、私の、っていうか、友人です」

 アーリシアンの言葉を聞き、セイ・ルーは目を丸くした。

「友人! 素晴らしいっ! 是非私も仲間に加えていただけませんかっ?」

 キラキラと目を輝かせながら、セイ・ルー。アーリシアンは戸惑いながらも答えた。

「別に……いいんじゃないかなぁ?」

「あっ、あーりしあんっ?」


 セイ・ルーの腕の中でマリムが抵抗を試みた。何とか腕をすり抜け、ピッとセイ・ルーを指すと、睨みながら、言った。

「お前っ、テキトーぶっこいてんじゃねーぞっ。もうちょっとで絞め殺されるかと思っただろっ。なにが仲間に加えろ、だ!」

「ああっ、怒る姿も可愛い―っ」

「っかーっ!!」


 マリムは『可愛い』を連発されて相当機嫌を損ねていた。アーリシアンのような美人に言われているのならまだしも……いや、確かに顔立ちは綺麗なのだが……とにかく綺麗な顔した男に可愛いと言われても誉められている気などしなかったのである。


「私の名前はセイ・ルーといいます、ピグル」

「俺の名前は『ピグル』じゃねぇよ! 精霊ヤローッ!」

 悪言吐きまくり。

「おおっ、そうか固有名詞!」

 ポン、と手を叩くとアーリシアンの方を向いて、訊ねた。


「あの、彼の名前は?」

「えっ? あ、マリム」

「マリム! いい名だ。マリム、どうぞよろしく」

「って、お前、俺がここにいるのにアーリシアンに聞くか? 普通っ」

「ああっ、あなたはアーリシアンというのですか。私、セイ・ルーです」

「聞きました」

「アーリシアン、うちでお茶でもいかがですか?」

「はぁ?」

「マリムも一緒に。ねっ? ねっ?」


 人懐こい笑顔で微笑むセイ・ルー。マリムはパッとアーリシアンの手を取ると、セイ・ルーからちょっと離れた場所でアーリシアンに耳打ちした。


「アーリシアン、あの男、ヤバイですぞ?」

「陽気な人よね」

「そういうことじゃなくてっ。関わってる暇などないでしょうっ」

「うん。わかってる」


 クルッとセイ・ルーを振り返り、言った。

「ごめんなさい、私たち、先を急ぐの」

 と、途端にセイ・ルーの顔が歪みはじめる。今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で、アーリシアンを見つめた。

「……そんなぁ、」

「俺たちは帰らなきゃいけないんでねっ。悪いがあんたと遊んでる暇はないよ」

「そこをなんとかっ、」

 ひざまずき、懇願するセイ・ルー。

「あの、あのね、セイ・ルー。私たち、地上に降りなきゃいけないの。だから……ごめんなさい」

「……地上に?」


 セイ・ルーが顔を上げ、首をかしげた。


「地上に、って、どうやってです?」

「どうやって、って、この木から」

 大木を指す。

「……無理ですよ」

 しれっと言ってのける。

「無理? 無理ってどういうことだっ? お前、俺たちを引きとめようと思って嘘つくなよなっ」

「嘘だなんてとんでもない!」

 セイ・ルーが慌てて否定する。


「確かに千命樹ガダフは地上への道を開きますが、それはあくまでも月の隠れる晩……月食の日だけです。次の月食までは五年。それまでは通れませんよ?」

「嘘っ」

 アーリシアンがマリムを見下ろす。マリムはそんなはずないとばかりに首を振り、言った。

「でも、あいつはここを通ってましたよ、アーリシアンっ。本当ですっ」

「あいつ?」

 と、セイ・ルー。


「俺たちはなぁ、ムシュウっていう精霊に、無理矢理連れて来られたんだよっ」

「……ムシュウ? 聞きませんね。無理矢理って、地上からですか?」

「だから、そーだっつーの!」

「だとしたら、それは……」

 セイ・ルーが口篭もる。眉間に皺を寄せ、厳しい表情。

「なに?」

 アーリシアンが身を乗り出す。


「教えて! セイ・ルーっ。私、どうしても帰りたいの。今すぐラセルのとこに帰りたいのよっ!」

「……とにかく、詳しく説明しますよ。やはり私の家に参りましょう。お二人とも、無理矢理連れて来られた、ということはつまりどこからか逃げてきたのでしょう? ここに長居するのはよくないと思います。そちらの事情も聞かないと、私もきちんとした説明出来ませんし。ね?」

 諭すように、優しく、セイ・ルー。

 アーリシアンは素直に頷いた。


「って、アーリシアンっ?」

「だって、マリム、私たちここでは右も左もわからないじゃない。彼の言う通り、ここに長居するのは危ないかもしれない。ラセルがよく言ってたの。『急ぐときほど道を選べ』って。だから、ね?」

「……ううむ、」


 マリムは腕を組み、チラ、とセイ・ルーを見上げた。セイ・ルーはにっこりと微笑む。危険な匂いは確かにしない。情報収集するには悪くない人材だろう。コクリ、と頷くと、言った。


「ま、仕方ありませんな、アーリシアン。ここはひとつ、こいつを利用して地上への帰り道を探すとしましょうか」

 悪意を込めて言い放つ。が、セイ・ルーは飛び上がらん勢いで喜びを露にしている。

「そうですかっ。では、参りましょう。私の家、あっちですよ」


 鼻歌まで歌いながら、セイ・ルーが嬉しそうに二人を先導した。


(こいつ、本当に使えるのか?)

 ちょっと心配なマリムであった。

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