第3話 学院生活、ここに始まる
開放的なポーチを抜けて校舎に入ると、天井は吹き抜けになっていた。四方にステンドグラスがはめ込まれていて、朝の神々しい光が生徒を出迎えている。
龍哉とは校舎が違うため、途中で別れた。
「まずは職員室へ行きなさい。玄関を入って左です」
フィオナの誘導に従って進んだ。
「彩那の担任は、
職員室のドアをノックして中に入った。
突然、特殊眼鏡がすさまじい勢いで仕事を始めた。レンズの中に、オレンジ色の四角い枠が現れて、縦横無尽に動いている。どうやら人物の顔と連動しているのだった。よく見ると枠の下に細かいローマ字が追随していた。
「彩那は初めてでしたね。これは顔認識プログラムです。予め顔写真を登録しておけば、最大十五人まで同時に識別します。まだ日本語化されていないソフトなので、名前はローマ字で表示されます。槇坂宏一という人物を探しなさい」
目的の人物はすぐに見つけることができた。一番奥の窓際の席だった。真っすぐ近づくと、笑顔で迎えてくれた。
「初めまして、転校生の倉沢彩那です」
そう言って会釈をした。
「2年1組、担任の槇坂です。事情は聞いております」
どこか神経質そうな教師は、周りに目を遣ってから言った。
「SHR(ショートホームルーム)までには少し時間がありますから、ここにお掛けください」
槇坂は椅子を勧めてきた。彩那は一礼して腰掛けた。
「お茶でも淹れましょうか?」
担任は随分と気を遣ってくれる。警視庁からの派遣と聞いて、緊張しているのかもしれない。
「見たところ、倉沢さんはお若いようですが、おいくつですか?」
興味津々といった視線の理由はどうやらそこにあった。
「十六歳、現役の高校1年生です」
「へえ」
槇坂は驚いた表情を見せた。女性警察官とでも思っていたのだろうか。
「彩那、
フィオナの指示。
「先生、南美丘さんってどんな方なんでしょうか?」
「ああ、南美丘さんね。うん、まあ個性的な生徒ですよ」
「はあ」
「正直に、詳しく話してもらいなさい」
またフィオナの指示。
「ええっと、個性的というのは、つまり……」
「担任から聞いたというのは内緒ですよ。つまり、ちょっと取っつきにくい感じの生徒だということです」
「具体的に言うと?」
「ですからね、ちょっとわがままなところがあって、気に入らないことがあると授業を抜け出したり、友達がいなくていつも一人でいたり、そんな感じの子です」
槇坂はつっかえ気味に白状した。
「彩那、ここひと月の間に、学院で何か不審なことが起きてないか、訊きなさい」
言われた通りに質問すると、
「南美丘さんとは関係ないかもしれませんが、実は放課後、生徒が下校する際に、正門付近でバイク数台が空ぶかしをして集まっていたことがありました」
彩那は目を輝かせた。
「いつのことですか?」
「先週の金曜です」
「それは一度きりですか?」
「はい。その時は派出所に連絡をしたら、すぐに警官が駆けつけてくれて、連中は慌てて逃げていきました」
「誰かを待ち伏せしていたということですか?」
「どうでしょう? そこまでは分かりません。いずれにしても、時間にしてほんの数分の出来事だったので、学院内でも知る者はほとんどいないと思います」
「なるほど」
彩那は考えた。
その連中が里沙を誘拐しようとしていたのだろうか。それにしてもバイクで正門に乗り付けるというのはいかにも素人っぽい。とすれば、それは誘拐とは無関係なのかもしれない。
修学旅行前にもう一度現れたら、とっ捕まえて白状させればいいことである。
「彩那、何を考えているのです? まさか、とっ捕まえて白状させればいいなんて考えてないでしょうね」
フィオナが釘を刺した。
先生の前なので、黙ったままでいると、
「いいですか。今回、それは彩那の任務ではありません。私の指示に従ってください」
「分かっているわよ、フィオ」
彩那は小声で応えた。
チャイムが鳴って、職員室は騒がしくなった。一斉に教師が席を立ったからである。
「それでは、我々も行きましょう」
彩那と槇坂は、並んで2階の廊下を歩いていた。
窓からはよく手入れされた中庭が望めた。
そんなのどかな雰囲気とは裏腹に、彩那の緊張は高まっていた。おとり捜査とはいえ、初めての環境ではいつもこうである。龍哉の方はうまくやっているだろうか。
1組の扉の前に立って、槇坂先生と教室に入った。いよいよ里沙との対面である。
予期せぬ訪問者に女子ばかりのクラスはざわめいた。
「今日はまず、転校生の紹介から始めるよ」
黒板を背にして立った。すると、特殊眼鏡が怒濤の勢いで顔認識を始めた。レンズ全体がオレンジ色の枠で埋められて前が見えない。
「ウップス(しまった)!」
フィオナの英語を初めて聞いた。
「彩那、ちょっと待って。設定を変更します」
すぐにオレンジ枠が整理された。今は5人程度に絞られて、最前列の生徒の顔だけが切り取られている。
「すみません、初期設定のままでした。もう大丈夫です」
そんなやり取りにまるで気づかない担任に促されて、名前を告げると簡単な自己紹介をした。
「倉沢さんの席はあそこですよ」
クラス全員の視線を一身に浴びて、空いた席に向かった。眼鏡のオレンジ枠が次々と生徒の顔を捉え直していくうち、ついに真っ赤な枠が出現した。
どうやらターゲットには、違う色が与えられているらしい。この人物が、南美丘里沙ということか。
彼女の隣に腰を下ろした。
「倉沢彩那です。どうぞよろしく」
笑顔で声を掛けた。
里沙は一瞥をくれただけで、ぷいと横を向いてしまった。
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