第50話 ルーチェ=ランディーニ

 僕は後悔していた。

「今日はあったかいご飯にしましょう…です!」

 ルーチェが元気に言う。飲まず食わずの潜入生活が2週間になろうかというのにそれ程やつれていない。

 山を越え、昔人の街であった廃墟まではそれ程苦労無く進んだのだが、その後は魔族と遭遇することが多く進みは遅くなり、気が休まる暇はなかった。魔族は昼は物陰にじっとしていることが多く夜は集団で移動していることが多かった。僕らは逆に夜は物陰に隠れてじっとして過ごし、日中に慎重に移動してきた。日中も迂闊に近づくと魔族は攻撃魔法を放ってくる、しかも見えなくても建物や木で遮られていても距離が近ければ攻撃されるため、何度も何度も必死で逃げ回る羽目になった。

「どうぞ…です!」

 ルーチェが良く分からない草が入ったスープを差し出してきてくれた。辛うじて持ってきた塩が残っておりそれで味は付いている。

 もう1つの問題は、魔族が闊歩する領域になって獣等の現地調達が難しくなったことだ。そもそも獣の数が目に見えて少なくなったし、ルーチェが魔法を使おうものならどこからか魔族が沸いてくるので、僕らの食糧事情は一気に悪化した。

「魔族の数が増えてきたね。」

「魔女さん、…大きくなってます。」

 魔国に入って間もないころは、帝国で出会ったような幼女の魔族しかいなかったが、進むにつれてやや成長したような魔族が見られるようになり、この辺りでは中学生くらいの外見をした者も見られるようになっていた。成長した外見の者は日中に単独で動き回っていることもあり、益々僕らの移動を制限することになっている。

「ルーチェは……その、こんなところまで来てしまって後悔してない?」

 僕はそろそろ引き返すべきかと思ってそう言ってみたのだが、ルーチェは一瞬キョトンとした顔をし、その後ふるふると首を可愛く横に振った。

「でも、美味しいものも、柔らかいベッドも無いのに?」

「ユーリさまと一緒に居れてうれしいです。」

「…どうして?」

 ルーチェのような可愛い子にそう言ってもらえて僕もうれしいが、僕と一緒に居ると訳のわからない状況に巻き込まれて、ダンジョンに潜ったり、魔族と戦わされたり、延々と馬車の旅を強いられたりと一般的に見てあまりいい思いをしたことがないように思われる。

「わたしはピッコローミニ子爵様に魔法の才を見出されました。子爵様のところではルフィーナちゃんとの出会いがありましたし、美味しい物も食べさせてもらえました。でも何もすることが無く居場所はありませんでした。」

 魔法使いはデル・マストロ伯爵が囲い込んでしまっていたため、ピッコローミニ子爵のところでは訓練するノウハウも無かったのだろう。

「もちろん子爵様は優しかったですが、周りの皆が優しかったわけではないです。だからユーリさまの元に贈られると聞いたときには、自分の居場所ができると思ったんです。」

 僕は思わずルーチェを優しく抱きしめた。

 この世界の人たちはみんな”いい人”だ。自分の幸せのために誰かを不幸にしようとした人を僕はほとんど知らない。それでも皆が幸せなわけではない。急に貴族に引き取られたルーチェを羨む、ひょっとしたら妬む人もいたかもしれない。この世界の人は人から悪意を向けられることに慣れておらず、誰かに当たることもせず、自分で抱え込んでしまっていたに違いない。

「ユーリさまと一緒に居て、役に立つレベルで魔法が使えるようになり、自分の居場所ができたように思えました。それにユーリさまは子爵様のことも助けてくれました。……でも、そんなことはどうでもいいと思えるくらいユーリさまは温かいです。一緒にいるとポカポカします。」

 んー、これはどうとればいいのだろう?好意を持ってくれているのは間違いない気はするのだが、異性として好かれているのとはちょっと違う気がする。

「…ユーリさまはロリコンさんですか?」

 えっ、ぼくは突拍子もないルーチェの発言にびっくりしてルーチェから体を離し、まじまじとルーチェの顔を見つめた。

「なぜ??」

「ユーリさまはデルフィーナ姫様や小さい皇女様と仲良しさんでした。ルシエンテスでも小さい魔女さんを抱きしめてうれしそうでした。クラウディア姫様やラウレッタ様からもユーリさまは小さい子がお好きだからルフィーナちゃんとわたしに頑張るようにと…」

「誤解だ!!」

 クラウディア姫様やジョコンダ様は、そういう役目で僕に近づいてきたはずなのに一向にそういうアプローチが無いのは変だと思っていたが、何かボタンの掛け違いがあったらしい。

 大きなため息をついて肩を落とす僕にルーチェは、

「ならユーリさまは大人の女性がお好きですか?」

 僕は大きく何回も、うんうんうんと頷いた。流石に女好きです!と声に出して言うのは恥ずかしい。

「わたしは大人に見えますか?」

 上目遣いで見つめてくるルーチェはやばいくらいに可愛い。これは間違いなく僕を異性として好きだ、ってことに間違いない。

「ルーチェは素敵な大人の女性だよ、僕はさっきからドキドキしっぱなしだ。」

「……うれしいです。」

 僕は再びルーチェを抱きしめた。

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