第49話 魔国に潜入しに行くようです?

 僕は夜明け前、雨が止むのを見計らって、館を抜け出した。普段使わない門を目指す。

 ジーナからの便りは召喚状だった。帝国ではいよいよ皇妃様の抑えが効かなくなって、新皇帝の選出が待ったなし、の状態らしい。

 先日のエッダさんの知らせでは王国もいよいよ教国が強硬な態度にでてきた…碌な条件提示も交渉もなかったはずだから何を要求されているのかも不明だが…そうで何故か僕に召喚状が近々でそうということだった。

 両方とも呼ばれても僕にできることは何もない。大体召喚されても魔法1つも使えず特別な力も何もない、元の世界でも単なる浪人生だった僕に皆何を期待しているのだろうか。

 ということで僕は逃げることにした。

 幸いこの世界で僕の顔も勇者という存在も知っている人は極少数だ。どこか田舎の街で冒険者になれば、生きていくことはできるだろう。10年経てば元の世界に帰れるかもしれない。


 人気のない、街の門を出た。馬には乗れないし、馬車の手配なんて目立つ真似もできなかったので徒歩だ。隣の街は馬車で3日、1週間も歩けば到着できるだろう。

 最後にエウスターキオの街を見ようと立ち止まった。思えばこの世界でこの街以外はほとんど知らない。…この街もダンジョン以外はほとんど知らないが。ちょっと感傷的な気持ちになったところで、背中の荷物が何かに引っ張られた。

「ルーチェ!」

 振り返ると背中の荷物に一生懸命よじ登ろうとして、しがみつくルーチェが…いた。

「ユーリさまは1人で魔国に行こうとしている。わたしたちには止められない。付いていきたいけど、2人は流石にユーリさまでも無理。ルフィーナちゃんはお姉ちゃんだからといってわたしに譲ってくれた。」

「えーっと、いつ気付いたのかなぁ?」

 僕は昨夜衝動的に逃げることを決めた。そのとき2人は既に夢の中だったはず、朝も2人がいつも起きるよりずっと早い時間に抜け出してきたのだ。

「ユーリさまはずっと、出発する機会を伺っていた。大きな荷物を用意しているのが分かった。」

 この荷物か!流石に飲まず食わずで地図も無く隣街まで行こうとは思わなかったので、食料と野宿の用意をしたのだが、その物音で気付かれてしまったのだろう。

 王国か帝国の監視が付いている可能性は考えないでもなかったが、まさかルーチェとルフィーナに監視されていたとは、全然考えもしなかった。

「えーと、危ないからルーチェを連れて行きたくはないかなぁ。」

 魔国に行くのではなく隣町に逃げようとしてました、とは言い出せない。

「平気、邪魔になったら捨てて貰って構わない…です。」


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 僕とルーチェはドラゴンが棲むというエウスターキオの山にやってきていた。街を出てから2週間、ルーチェはサバイバル能力にも長けていた。森では食べられる植物を採取し、動物を狩り、解体は僕の仕事だったが、料理をし、昼は移動する僕の背中で眠り、夜も移動する僕の背中で眠るという生活を続けここまでやってきた。食料が尽きたから引き返そうという言い訳はさせてもらえなかった。

 絶妙な火加減のファイヤーボールで鳥の丸焼きを撃ち落とした時のドヤ顔は今でも忘れられない。


「やっぱりドラゴンは避けるべきだったんじゃないかな。」

「無理…です。」

 ドラゴンは主として山の頂上に居るイメージがあったのだが、ここのドラゴンは谷にあった街道を通せんぼする形で居座っているらしい。ドラゴンを避けるためには山の尾根を越えればいいのだが、かなり標高が高く今の僕たちの軽装ではドラゴンに遇わなくても余裕で遭難しそうだ。

 岩陰から覗くと視界ギリギリにドラゴンが居た。”ドラゴンのダンジョン”で散々狩ったベビードラゴンでは無く、立派なドラゴンに見える。ピクリとも動かないので死んでいるように見えなくもない。

「眠っているみたいだね。こっそり通り抜けられないかな。」

「やってみる…です。」

 僕はルーチェを自分の前から抱き着かせる形で抱えなおし、そろそろと出来るだけ忍び足でドラゴンに近づいていった。ドラゴンのブレスの前では気休めに過ぎないがこの形が一番ルーチェを守りやすい。背中の荷物はダンジョンの魔物にも何回かやられてしまったことがあるのだ。

 ドラゴンの間近まで来た時に、死んだように見えていたドラゴンの眼が急に開かれ、僕と目があった。ルーチェは後ろ向きなので気付いていない。

 僕はひきつった笑いを浮かべながら、立ち止まってしまった足を無理やり動かし、ドラゴンの脇を進もうとした。

 ”ギャオーーーーーーー!!”

 ドラゴンの雄叫びが響き渡り、身を起こしたドラゴンの陰で辺りが暗くなった。

 でかい!伏せているときと比べ物にならない威圧感だ!

 ドラゴンの大きな口がこちらを向く!

 僕は反射的に剣を抜き、ドラゴンの足に切りつけた!相手が大きすぎて足にしか県が届かない!

 ”グギャー、ギャオーーーーーーー!!”

 再びドラゴンの雄叫びが辺りを支配する。ドラゴンが羽ばたき空中に浮かんだ。足への攻撃はダメージがあったようだ。

 僕は全力でドラゴンの下を駆け抜けた。ルーチェが後ろに向かってファイヤーボールを連射する。道の両側に聳えたっった崖がルーチェの魔法によって崩れる。一部はドラゴンにより崩されたものもあるかもしれない。

 しばらく後ろを見ずに全力で走り抜けて、道が狭くなった辺りで立ち止まり後ろを振り返ったが追ってくるものはいなかった。

 逃げ切れたかな。ドラゴン倒しちゃうと魔族がこの道からエウスターキオに溢れちゃうかもしれないからね。

 決して敵わない、と思ったわけじゃないから!

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