第47話 再びのエウスターキオの街です

「それではユーリ様、わたくしと一緒にドラゴン退治ということですわね!」

 クラウディア姫様が何故か上機嫌でお付きの者を呼んで部屋を後にした。残されたのはジョコンダ様、ルーチェ、ルフィーナ、僕。


 ここはエウスターキオのクラウディア姫様の館。

 国王陛下は結局方針を決めてくれなかった。僕は、というと逃げ場を求めてエウスターキオに戻ってきていた。あのまま王都に居れば枢機卿様の前に引っ張り出されただろうし、帝都に戻れば皇妃様に捕まって皇帝にならされるのが目に見えている。他にこの世界で多少なりとも知り合いが居る場所はここしかなかった。

「それで、ユーリ様は”本当の魔族”は本当に居るとお考えですの?」

 ジョコンダ様が優雅な仕草でお茶を頂いている。ルーチェとルフィーナは借りてきた猫のようにお行儀が良い。カブリーニ伯とは帝都でそれなり一緒に居たため緊張しなくなったようなのだが、クラウディア姫様とジョコンダ様はエウスターキオでそれなりに一緒に過ごした時間はあるはずなのに、未だ慣れないようだ。

「いえ、恐れ多いですが先の教皇様の言葉と言えど信じ難いことではありますね。ただ、魔族については分からないことが多すぎるので、簡単に否定することもできないかと。」

「はっきりしませんのね。男らしくない答えですわよ。」

 あたりさわりの無い無難な答えだと思ったのですが、ジョコンダ様のお気に召さなかったようだ。

「まあ、よろしいですわよ。姫様はすっかりユーリ様と魔国に行かれるつもりですわよ。どうなさるおつもりですか?」

「僕がこの街に戻ってきたのは、ミスリルの入手を皇妃様から頼まれたからです。魔国に行くつもりはなかったですね。」

「では、ミスリル入手後に魔国に向かわれるということですわね。」

 それでもいいが、ミスリル装備は半年で100人分程度しか揃えられなかったのだ。ミスリルゴーレム狩りに全ての時間を費やしたとしても帝国騎士数万人分を揃えるのに何年かかるか分からない。それを口実にして、この街でノンビリしてもいいかと考えてもいる。

「そうですね。ただ、ミスリル採取にはかなりに時間がかかりそうなので、いつ出発できるかは何とも言えませんけど。」

 ジョコンダ様は姿勢を正して、僕の目を真っ直ぐに見つめた…いや睨まれてる?

「ユーリ様、今、姫様は嬉々としてユーリ様とお出かけする準備を始めていることでしょう。しかし、姫様に行かれてしまってはこの街、ひいてはこの国が危ないのです。魔国に行かれるのはお止めください。もしどうしてもと言われるのであればすぐにお出かけください。」

「…理由をお聞きしても。」

「ユーリ様は、姫様が遠出なさることがどれだけ大変か認識なさっておいででしょうか。」

 クラウディア姫様とはこの館かダンジョンぐらいでしか会わないので、言われてみれば遠出と言われても、この街に最初にやってきた時ぐらい…だが、そのときのことなんてほとんど覚えていない。

「いえ、恥ずかしながら。」

 ジョコンダ様は少し力を抜いて…大きなため息をついている姿を思わせなくもないが、高貴な育ちではそういう下品なことはしないのだろう…続けた。

「姫様がお出かけになる際には、街中でも護衛の騎士が10人以上は必要になります。危険が予想される場合には50人程度が求められます。泊まりになれば身の回りのお世話に最低10人、宿舎が確保できず野営など以ての外ですが、そのような場合で更に連泊となればお世話係で50人程度、となればその侍女達の護衛が数十人、それら100人以上のための物資を運ぶ者たち、物資の護衛……姫様が魔国に…いえ途中のドラゴンが棲むという山に行くには1000人規模の遠征隊が必要なのです。」

「えーと、侍女50人は流石に多すぎではないでしょうか。」

「いえ、それでも少ないくらいです。ユーリ様、姫様はわたくしは1人では何もできません。身だしなみを整えることも、服を着ることも、食事もカトラリーが万全に用意されていなければならず、入浴はもちろん、寝具を整えてもらう侍女も必要です。姫様は剣を振うことはできますが、普通の王女はダンスとお茶会はできても生活無能者なのですわ。」

 僕の知識では王女様は、勇者の魔王討伐の旅に同行して、冒険者も真っ青なサバイバル生活に耐えるイメージがあったのだが、この世界ではその常識は通用しないようだ。

「わたくしたちは、何もできないように躾けられているのですわ。何故かお判りでしょうか?」

 そういえば、マグダレナ様も何もできなかった。1人で食べることもできなかったのは衰弱していたから、あるいは甘えているだけかと思っていたのだが、あれも皇女としての教育の結果だったのかもしれない。

「いえ、分かりません。」

「女は嫁ぐものですわ。特に王族や王家に近しい者は他国あるいは敵対しているところに嫁がされることが多いですわ。お判りですわね。」

「はい。」

 この世界は基本男が家を継ぐことが多いため、結婚により女性は嫁ぎ先の家に入ることが多い。政略結婚の犠牲となるのは女性の方が多いのだろう。

「では、嫁ぎ先での女性の役割もお判りですわね。」

 ちょっとこのあたりから僕の知識では怪しい。先ずは世継ぎを生むことだろう。単純に嫁ぎ先の家のためでもあるし、世継ぎのおじいちゃんとして生家の影響力を広げるという意味もある。もう1つ良くあるのは生家のスパイとして嫁ぎ先の情報を入手することだ。

「まあ、なんとなくですが…」

 自信なさげな僕の答えにもジョコンダ様は笑みを崩さなかった。

「嫁ぎ先に、多くの者を連れて行くには侍女としてしかありませんわ。護衛は論外ですわ。侍女を連れていくためにわたくしたちは侍女が必要不可欠でいなければいけないのですわ。」

「わかりました。侍女は必要で遠征隊は大人数になり過ぎるということですね。」

 僕の言葉にジョコンダ様は安心した様子を見せた。

「おわかり頂けて何よりですわよ。この街の騎士はほとんどエッダさんとジーナさんが連れて行ってしまいましたわよ。更に姫様の遠征隊を組むとこの街の治安を維持する騎士も居なくなってしまいますわよ。そうなれば姫様に補給を送ることもできなくなりますわよ。」

 それはマズい。補給のことまでは考えてなかった。そうするとクラウディア姫様と一緒は論外としても、クラウディア姫様抜きでもやっぱり魔国潜入は無謀だな。うんやっぱり止めよう、というか最初から真面目に考えていたわけではなく、クラウディア姫様が早とちりしただけだ。

「クラウディア姫様には、ドラゴン退治には行かない、ミスリルのダンジョンに籠るので機会があればご一緒しましょう、とお伝えください。」

「わかりましたですわよ。」

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