第45話 帝国の過去の英雄たちの話

「では、失礼致します。」

 音もなくドアが開き、男が退出していく。僕は大きなため息を漏らしながらソファの背もたれに全体重を預けた。

「お前たちは下がりなさい。」

 皇妃様の言葉で、お付きや護衛の方々も部屋から退出する。ドアの前で控えているとは思うが、小声で話せば聞こえることはないだろう。

「勇者様、何か得るところはありましたか?」

 ここは帝都宮殿の皇妃様のプライベートルームだ。引退した先の宰相を呼び出して頂いて、クレスターニ王国との戦争について話を聞いたのだが、…思った以上に得る物が無かった。

「皇妃様は意地悪ですね。」

 皇妃様は悪戯っ子のような笑みを浮かべて、言葉を続けた。

「それでわたくしに聞きたいことがあるのでしょう。他の者は居ませんから安心してお話ください。」

「では遠慮なく、先程の宰相様の”クレスターニ王国とは戦をしていたとは思ってない”発言は本当ですか?」

 王国は長年帝国の進攻に抗い続けてきたと思っていたが、帝国からすれば辺境の軍が隣国と小競り合いをしていた、という認識でしかなかったらしい。なんてこったい!

「ええ、前宰相の言うことは本当よ。王国近辺は魔族戦で傷ついた部隊が再編と訓練をする場所でしかなかったわ。」

 確かに騎士10000を大きく超えた戦力で魔族と戦う帝国にとって、100や200の騎士の行動は小競り合いでしかないのかもしれない。

「それでも、小競り合いが起きそうな所に軍を配置するのはあまりに不用意過ぎたのではないでしょうか?」

「舐められたら負け、ですわ。」

「は?」

 何か皇妃様に相応しくない言葉がでてきたように聞こえ、思わず間の抜けた声がでてしまった。

 皇妃様は姿勢を正して、過去の召喚者に関する話を教えてくれた。

「勇者様、これは帝国皇家に伝わる話です。これまで召喚の儀にお応え下さった英雄様は3人いらっしゃいました。」

 えー、そうなんだ!帝国ができて確か200年以上は経っているはずだから多いのか少ないのか、微妙な感じか!

「1人目の英雄様は剣の達人、いえ、人の範疇を超えた強者であり初代ダミアーニ1世陛下と共に魔族と戦ったと伝えられています。英雄様は善戦したものの、英雄様の居ない戦場で敗戦が続き、ダミアーニ王国は滅びることとなりました。この英雄様の教えが、数の暴力に立ち向かうには数で対抗するしかない!人の力を結集せねば魔族には対抗できない!というものです。」

 ”人の力を結集する”って召喚された人の考えだったんだね。この世界で全人類って発想が出てくるのには違和感があったんだけど、召喚された人からでてきたのなら納得できる気がする。

「2人目の英雄様は魔法の達人であったそうです。ダミアーニ4世と共に帝国の版図を一気に拡大なさいました。この方の教えが、舐められたら負け、ですわ。」

「…一体どういう?」

「わたくしももちろんその場に居たわけではありませんが、何でも英雄様は強硬に周辺諸国を併合し、皇帝に権力を集中させようとなさったそうです。各地の王族、貴族とは事あるごとに衝突し、未だ中堅国家でしかなかった帝国は何度も危機に陥ったそうです。そんな中、協力を求めに行った教国で薄汚れた鎧姿の皇帝と英雄様は門前払いにあったそうです。後年、この地に帝都と宮殿を建設し、国境に兵を配置できるようになって初めて教国と交渉ができたそうです。」

「…3人目は?」

「シンヤータダ様ですわ。」

「…1人目と2人目の英雄は元の世界に帰ったのでしょうか?」

「……最初の英雄様は、自らの理念がこの世界に広まらず失意の内に亡くなられたそうです。2人目は召喚から10年後に突然いなくなり、元の世界に戻られたのでは、と伝えられております。」

 僕も召喚されてから1年以上経つから、もし10年で帰れるとしたら、後9年か。

 帰るか留まれるか選べるとしたら、僕はどちらを選ぶのだろう?

「帝国以外で召喚された人は居たのでしょうか。」

「わかりませんわ。我が国でも皇家のみに伝わる書以外には召喚の儀のことは触れられておりません。過去の英雄様も対外的には皇兄、皇弟ということになっております。他国で召喚の儀が成功したとしても、知られていない可能性が高いですわ。」

「そうなんですね。」

「ただ、召喚の儀を行えるような血統を守り続けている家は、ほとんど無いと思われますわ。クレスターニ王家が召喚の儀を守り伝えていたことが驚きでしたわ。」

「教国はどうなんですか?」

「教国には歴史の古い家はほとんどありませんわ。可能性は低いと思います。それなら帝国内の旧王国の誰かが継いでいるほうが、あり得るのではないでしょうか。」

 今まで召喚された人はあまり多くはないようだ。しかし教国に聞く機会があれば確認しておくべきだろう。

「わかりました。過去の英雄の話はまとめると、1人目の英雄が”人が皆で力を合わせて魔族と戦おう”と言ったけど、あまり賛同が得られなかった。2人目の英雄は”無理やりにでも力を合わせさせてやるぜ”と頑張ったが教国を屈服させるには至らなかった。3人目は教国を屈服させようとしたが、眼中になかった王国に足元を掬われた。ということでしょうか。」

「まあ、そう言われると身も蓋も無い感じですが、概ねそれで正しいと思いますわ。」

「それで、帝国としては今後どう教国に対していくおつもりですか?」

「それは4人目の英雄たる勇者様がお決めになることですわ。」

 丸投げされても……、国王陛下が今教国と何か交渉しているはずだから、それ次第になるのかなぁ。

「現在、帝国と教国の交渉は行われていないのですか?」

「交渉の場はありますわ。ただし建設的な話が行われているとは言い難いですわね。」

 やっぱり国王陛下に期待するしかないか。

 僕が考え込んでいると、皇妃様が白々しくさも今思い出したかのように手を打って、とんでもないことを言いだした。

「そういえば、皇帝不在の期間が長くなり過ぎました。勇者様の即位の儀をそろそろ執り行いたいと思います。皇妃はデイフィリアとマグダレナのどちらがお好みでしょうか、ご希望なら両方でも、なんならわたくしも一緒に、」

 聞いてないよ~。

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