第44話 キンタニジャ王国元王女
この世界では普通の人に”自分の国を護るために戦う”という意識はない。自分の村あるいは街を護る、自分の知己を護る、領主様に言われたから、と云う者も居るが、戦場に赴く殆どの者は戦争を職業としており自分の生活のために戦うのである。
なのでキンタニジャの独立運動は成功する見込みは最初から無かった。
ベリンダさんはそれを分からなかったほど暗愚ではないように思われる。どのような理由でこのような行動に至ったのだろうか。
「貴族ですわ。併合により没落した貴族の救済を望みます。」
観念したのか、しかしベリンダさんは毅然とした態度は崩さず、話を始めた。
「皇帝と皇太子が死去したとの話はこちらにも知らされてきました。皇室に跡取りはいません。どこの誰とも知れない男が急に皇太子になったこともあり大将軍の間で後継争いが起きると思ったのですが、実際は御覧の通りです。」
大将軍たちも情勢を伺っている間にマクシミリアノ将軍が戦死し、ヒスペルト将軍の戦場で劣勢となりそちらの対応に忙しく、後継争いどころではないというのが実情だろう。
「平民は帝国の庇護を受けることができています。しかし貴族は貴族としての全てを取り上げられてしまいました。」
王にとって直接主従関係なのは貴族なのだ。王にとって守るべき国民は先ず貴族というのは自然な感覚なのだろう。
「王家を支えた貴族を護りたい気持ちは分かります。しかし失礼ながら王国を支えた者達は既にこの世の者ではないのではないでしょうか。今、その末裔に庇護を与える価値があるのでしょうか。」
僕の言葉にベリンダさんは苦笑いを浮かべた…ように見えた。末裔と言うほど王国が滅んでから時間は経っていない。現在の不満分子は新しい環境に順応することができなかった、プライドは高いが能力は今一つと云った人々…というのは厳しいかもしれない。急に新しい環境に放り込まれて順応できる方が少ないはずだ。
…あれ、僕ってこの世界に結構順応してるよね?実は僕って凄くない?
「彼らは先祖代々、我が王家に仕えてくれました。彼らが裏切らない限り王家は彼らの奉公に報いる義務があります。」
「それは例え彼らが無能であってもですか?」
「ほほほ、騎士様は手厳しいのですわね。ええ、そうですわ。本来一族、家臣が揃いも揃って無能なんてことはあり得ませんわ。」
それはそうだろう。没落して本来当主を諫める一族や家臣と切り離されてしまったため、当主の能力が悪目立ちしてしまっているということだ。
「王家は如何なのですか?王家の救済も望みますか?」
クレスターニ王家は召喚の儀を行うという使命がある。クレスターニ王国の場合なら王家の血筋の存続こそが最重要かもしれない。
しかし僕の問いにベリンダさんは弱々しく首を横に振った。
「いいえ、王家は守護する者であって護られる者ではありません。王国亡き今、消え去るべき存在です。わたくしの代でキンタニジャ王家は終わりです。元々100年程の歴史しかない家ですわ。何も珍しいことではありません。」
「…分かりました。救済が必要な貴族のリストをお願いします。ただし当代のみだと考えてください。」
ベリンダさんは深く頭を下げて、部屋を後にした。
名乗ってもいないけど、完全に僕がこちらの代表者って見抜かれてたよね。
しかし、人の上に立つ者の覚悟を教えてもらったような気がする。ベリンダさんは物心ついたときには既に亡国の王女だったわけだから、王族として権力を揮ったことがあるわけでもないだろうに、王族の義務だけを全うしようとしている。
「はあーーー」
ジーナが大きなため息をついた。控室に移動し、部屋の中にはジーナ、ルーチェ、ルフィーナ、僕しか居ない。
「ねえジーナ、何故クレスターニ王国は帝国と戦っていたのかな?」
「えー、それは帝国が攻めてきたからでしょ。」
「共に魔国と戦うということで休戦はできなかったのかなぁ?」
少なくとも表向きには、帝国が併合した国に求めるのは魔国と戦うことだけだ。既に魔国と戦っているクレスターニ王国は帝国と手を携えることは出来たんじゃないかと思われて仕方がない。正式な国交は無くとも商人の往来は普通に行われていたから話し合いが出来なかったわけではないだろう。
「えー、知らない。攻められたら守るしかないんじゃないの?」
戦争は、双方の正義のぶつかり合いだ。王国側は国を守る、帝国は魔族と戦うために人の力を結集する、という大義名分があるが、この世界では両方とも説得力に欠ける気がしてきた。平民に自分の国という意識は無いし、実際帝国に併合されても平民の暮らしが劇的に変わったわけではない。魔族との戦いも大多数の人々にとっては他人事でしかなく、実際に教国は積極的に関与しようとしていない。
「クレスターニ王国は帝国に攻められていた他の国を助けようとはしなかったんだよね?」
「えー、知らない。そんな余裕無かったんじゃないの?」
クレスターニ王国としては帝国が強い同盟者であることが望ましいため、今更キンタニジャ王国を復活させようとかいう気はないが、クレスターニ王国が帝国に併合されていてもおかしくなかったわけで、何故かその面では頼りにならないジーナと共に外交官の真似事をさせられている今、この世界の指導者の考えをもうちょっと勉強しなければいけないな、と思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます