第43話 キンタニジャ王国

 キンタニジャの街の城門をミスリルの輝く鎧を纏った騎士達が堂々とくぐっていく。キンタニジャの独立を訴えていた者たちはアッサリと降伏したのだ、というか誰がそんなこと言っていたの?状態に近い。

 旧キンタニジャ王国は人口10万程、クレスターニ王国と比べても1/20にも満たない小国だった。帝国に下り併合されたあと、旧王族は公的には特別な地位は与えられていないが、まだ帝国に併合されて30年程しか経っておらず、旧王族を慕う人は多かったようだ。

 帝国は多数の王国を吸収しながら大きくなった国であり、旧王家がその土地を引き続き治めた時代もあったのだが、強兵のため中央集権化を進め現在は皇帝に権力を集中させ、建前上は皇帝以外は皆平等という身分制度になっている。

「ようこそ、お越しくださいました。ベリンダと申します。昔はベリンダ=キンタニジャと名乗っておりました。」

 中年の彼女は、キンタニジャ王国最後の王の第7王女で降伏時まだ2才だった。直系でも彼女以外にも何人かは生き残りが居るらしいが、今回の騒動では彼女が旗印に選ばれた。

「あたしはジーナ、クレスターニ王国人だが、ダミアーニ帝室の特使として、ここにやってきた。帝国の代官を追い出した意図を教えてもらおう。」

 ジーナははっきり言って交渉に向いていない。といって交渉に長けた人材もいない。なので、多少高圧的にでて、余計な言葉遊びを排除する作戦である。

「あいつは勝手に居なくなったんだ!」

「あなたは?」

「キンタニジャ王国の忠義の士だ!」

「はあー、ベリンダ殿、この場での発言は誰のものであれ、旧キンタニジャ王国の総意と受け取りますがよろしいのでしょうか。」

「お、脅しには屈しないぞ!」

 男はそういうが、青い顔をしてぶるぶると震えている。騎士の戦闘力は圧倒的なのだ。ジーナが連れてきた騎士50と帝国従士その他1000の戦力があれば人口10000程度のこの街など、その気になれば1日で蹂躙可能だ。ちなみに帝国の国策で騎士の才能がありそうな者は残らず国が集め教育しているため、旧キンタニジャ王国に従って反乱に加担するような騎士あるいは騎士見習いはほとんどいないだろう。

「すいません、こちらの者が失礼しました。しかし帝国の代官殿の行動に関してはわたくしどもは関知しておりません。」

「では、代官が街に戻れば元通り、ということでよろしいか?」

「…代官殿はキンタニジャの民の信頼を失いました。戻ることは難しいかと存じます。」

「では、別の人物を代官として送る、で良いですか。」

「…代官という制度に対する信頼が揺らいでいます。」

「あなたたちは、何を望んでいる?」

「…わたくしどもは自治を望みます。」

 独立ではなく、自治と言ってきた。なかなかベリンダさんは交渉上手かもしれない。

「その中身は?」

「独自の軍、独自の代表府を持つことです。」

「んーーー。」

 ジーナは考えるフリをする。ここまでは一応想定内だ。

「まず、帝国の中にあるためには、魔族との戦いにおいて帝国民は等しくその責を負う必要があります。次に独自に代表府を持つということは、政は独自に行うという意味でよろしいでしょうか。」

 ジーナは意図的に丁寧な言葉遣いで噛んで含めるように確認した。帝国はほぼ限界まで兵を集め対魔族戦に投入している。対魔族戦の負担が変わらないのであれば騎士は全員国に召集され、独自の軍は形だけのものにならざるを得ない。行政のトップを独自に持ちたいなら、行政組織全体に責任を持てよ、ということだが帝国の官僚が手を引けば国の運営が難しいことは子供でもわかる。

「我々は一方的に帝国に併合されたんだ!帝国は我々の尊厳を尊重すべきだ!」

 先程の自称キンタニジャ王国の忠義の士が喚く。彼の言い分も分からなくもない。現代日本の常識からすれば、帝国が一方的な侵略者で悪者だ。

「魔族との戦いはキンタニジャの戦いではない!勝手にやってくれればいいんだ!我々を巻き込まないでくれ!帝国への併合の盟も武力で無理やり飲まされたもので無効だ!」

 こいつはバカではないが空気は読めないようだ。同等の相手にならいざ知らず、首根っこを押えられた状況で格上の相手に対しての約束を一方的に破棄するような発言をするとは。

「大体なんでクレスターニ王国人がここに居るんだ!?帝国の犬に成り下がったのか!」

 ベリンダさんは男を止めようとはしない。

「クレスターニ王国はダミアーニ帝国と対等あるいは王国が主導的な立場で盟約を結ぼうとしている。」

「なんだと!」

 ジーナの言葉に男が立ち上がり、椅子が音を立てて倒れた。ベリンダさんもびっくりした顔をしている。帝国が王国に敗戦したことはキンタニジャまでは知られていないようだ。

 しかし、キンタニジャとの交渉の上では帝国は絶対的な強者であった方が有利なので、ジーナの発言は不用意であったと言わざるを得ない。

「キンタニジャ王国は何を取り戻したいのか、はっきり言わないと分からないですわ。王家ですの?貴族ですの?それともキンタニジャ王国の名前ですの?」

 僕の合図でルフィーナが、発言する。

「ベリンダ=キンタニジャ殿、キンタニジャ王国を代表してこちらの質問に答えて頂きたい。」

 すかさず僕が追い打ちをかけた。男の発言を許してはいけない。

「な、な、な。」

 男は真っ赤な顔をしてプルプルと震えている。が、ここで怒鳴り散らさないだけの自制心はあるようだ…。

「ベリンダ=キンタニジャ殿、キンタニジャ王国を代表しない方々にはご退室を願ってもよろしいでしょうか。」

「何を言う!お前こそ誰だ!なんの資格があってそんな大きな顔をしている!」

 僕の煽りで男の自制心は呆気なく限界を越えたようだ。僕の合図でベリンダさん以外のキンタニジャ王国の関係者は王国騎士によって排除されることとなった。

「さて、ベリンダ=キンタニジャ殿、念のために確認しますが、我々は交渉に来たのではありません。帝国に反抗的な者が居ると聞いて調査にやってきました。この地の名士として、調査にご協力頂けますね。」

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